04 引き金に指をそえて
煩くされたすぐ後。アスウェルが通されたのは水晶屋敷の最上階、三階の一番奥の部屋だ。
部屋で待っていたらしいボードウィンが、愛想笑いを浮かべながら、歓迎の言葉を口にして歩み寄ってくる。
「これはこれはようこそ、貴方が私の護衛をかって出てくださったとは。ひょっひょっひょっ」
許可が取れた後、レンに案内された部屋はおそらくこの屋敷の主の書斎だ。
忘れかけていた記憶を掘り起こして、覚えていた光景と同じだと言う事を確認する。
部屋を見まわすが、どこにでもある屋敷の主の内装でしかない。
幅の広い机とそしてイスが中央より少し奥に置いてあり、壁に並んでいる棚には大量の書物が収まっている。壁に固定された額に入れられ飾られているのは、鉱石か。入り口近くには、来客と話をする為の小さな簡易テーブルと、ソファーの一式。
禁忌の果実の構成員である事を滲ませるような者は、何一つなかった。
当然だろう。
表向きは、どこにでもいる貴族の一人。少々変わった趣味を持っているだけの屋敷の主なのだから。
目に見えた異常があれば、最初の時に気づいている。
「ひょっひょっひょ。どうぞ、かけて話をしましょう」
着席を促されて、入り口付近にあるソファーにかける。
特徴的な口調を頭につけて歓迎の言葉を話す人物、アスウェルを待っていた人物を観察する。
その男は、一言で言い表せば、達磨のような体型の人間だ。
でっぷりとした腹に丸々としたふくよかな体格で、平均的な男性のそれよりも身長は低い。血色の良い肌は白く肌もきめ細かそうで赤子のようだが、全体を見れば健康的とは世辞にも言えなく、重みに鈍重な身動きを見ればかえって不健康そうに見えた。
やはりこれも全く変わらない。記憶通りだ。
一年前は時に何も考えなかったが、今は嫌悪感を覚えざるをえない姿だ。
「……ご存知の通り、私には各地の鉱石を収集する趣味があってね。前の者が辞めてから、その代わりの護衛を募っていたところだったのですよ」
内心を悟られないように頷く。
そんな話が出ていた事はすでに知っている。
この後の話の流れも、どんなやりとりが続くのかも。
恐らくは記憶にある自分の行動をそのままなぞっていれば、アスウェルの採用に問題はないだろう。
それからは面接などは何もなく、問われた事を適当に返して見せれば、当たり前のようにアスウェルを歓迎して護衛に雇おうと言われた。
その後は、宿をとっていないなら屋敷の部屋を貸すとも。
ありがたいとは思うが、こうして情報を得て見ると怪しすぎる行動に見える。
素性のあまり知れない旅の人間に恵むには、好待遇すぎる。
一体どういうわけなのか。
探られてもどうにでもなると自信があるのか。
それとも自分達に不利な事を知られたら始末すればいいとでも、そう考えているのだろうか。
ここで、何日もかけて腹の探り合いをするのは疲れそうだ。
敵の懐と知りながら過ごすのであればそれなりの警戒が必要。身は持つだろうか。
いや、そこまで時間をかけずともいいのではないか?
簡単な事だ。暴力と言う分かりやすい手段を使って、今ここで口を割らせればいい。
相手の様子を窺いながら、武器……銃を握りしめる。
警戒心はまるでなく、戦闘ができるようにも見えない。
自慢の鉱石取集に饒舌になっている間抜けな男が一人。
適当に脅して必要な情報を吐き出させた後に、始末してしまおうか……。
「失礼します! レミィです、入ります!」
そう思った矢先、レミィが部屋の主人に許可ももらわず入ってきた。
タイミングがタイミングなだけに、少女の顔色を窺ってしまうのだが、見えるのは呑気な表情だけだ。
空気が読めないわけではない。実はこの少女、読んだ上であえて無視してくるから、遠慮のなさが筋金入りなのだ。毎朝無許可入室されて被害に遭っていたアスウェルが保証する。
ボードウィンはアスウェルの敵で、そして闇に通じている人間。それは確実な事だ
だが、ふと思う。
ならばここに働いていた使用人達はどうなのだろうか。
主人が敵なら、その下にいる彼らも敵であるのか。
あり得ない。
奴らと来たら、馴れ馴れしくて遠慮がなくて、揃ってレミィをマシにした程度の頭しかない、脳内に花畑ができているかのようなお人よし連中だ。アスウェルにそんな風に接して置いて、仮面をかぶって欺くようなそんな腹芸が出来るわけがない。
取りあえず可能性だけ頭の片隅においてくことにした。
「レン姉さんがそろそろお話が終わった頃だろう、って言ってたので来ました!」
「おお、ちょうどいい所に。気の利く使用人を拾えて私は幸せであるぞ、ひょっひょっ」
「ありがとうございます!」
小さな使用人に自慢げそうな表情でこちらを一瞥される。
だが、誉めない。
世辞だろう言葉に、単純そうに喜ぶレミィの性格は本当に単純だ。これほど分かりやすい人間をアスウェルはまだ見た事が無い。
人は多少なりとも生きていく上で、本心を偽って生活するものだが、この少女にはそのような偽りの気配があまり感じられない。アスウェルの視界の中に存在するレミィの姿は、大抵が幸福そうに見えた。悩みなどそんなに無いのだろう。あって、今日の夕飯が好物かどうかぐらいか。
「では、こちらの方を案内してあげなさい」
「はい! じゃあ、アスウェルさん! お部屋に案内しますね」
相変わらず使用人としてなっていないだろう言葉遣いを聞かされながら、アスウェルはレミィに部屋から引っ張り出されていく。
「お前、本当に使用人なのか?」
抱いた疑問を抱え込む必要はなかったので、そう尋ねれば一年同じような事を聞いた時と、全く変わらない答えが返ってきた。
「失礼です。私はお屋敷の中でも一番任される仕事が多いんですよ」
盛るな。
失敗して厄介払いされて盥回しにされているだけだろう。
頼りない案内人を先頭に歩いていると、まっすぐ部屋へと迎えるわけもなく、集まって来た使用人達にからまれた。話が終わるのを見計らっていたらしい。
レンと、この屋敷に努めている者達が数人。
「あら、レミィ。ちゃんとやってるのね、偉い偉い」
「当然です!」
当然の事をしたのなら、胸を張って威張るなとアスウェルは言いたい。
レンに褒められた後は、アレスに厳しいい言葉をかけられる。
「レミィ、昼間はこの人から助けてもらったんだってな、レンから聞いたぞ」
「アレス兄さん。うぅっ……レン姉さん、その事話しちゃったんですか。ひどいです」
「駄目だろ、何かあったら大変じゃないか」
「ごめんなさい」
もっとも厳しいのは文字面だけだったが。
心配するアレスを押しのけるのは、レミィと同じくらいの歳の少女、コニーだ。
三つ編みの茶髪の少女は、腰に手を当てて説教する。
「レミィさん、お客様の案内なんてずるいですよ。今日はお勉強の日だったんじゃないですか?」
「はっ、そうでした。ごめんなさい」
「全く、さぼらないでくださいよ。後で補修の刑です。本当に世話が焼けるんですから」
アスウェルは隠さずにため息をついた。
話の内容にもだが、客を置いて内輪で盛り上がる使用人がどこにいるというのか。ここにいたか。
「……部屋はどこだ」
「あ、すみません! 今、案内します。こっちですアスウェルさん」
嘆息しながらせっつけば慌てたようにレミィに袖を引っ張られた。初対面の相手にそれは馴れ馴れしすぎるだろう。それは、客に対する態度じゃない。
だが……。
さすがにこれは、最初に会った時はなかった行動だな、とふとそう思った。