16 二人の戦い
「やああっ」
猫のような機敏な動きで相手を翻弄するレミィは、状況に合わせて手を変えているようだ。
長槍で攻撃し、魔法を放ち、中距離攻撃と遠距離攻撃を組み合わせて剣持ちのライトへ近づかないようにしている。
「……っ」
アスウェルはその動きを呼んで、ライトが近づかないように牽制。
そして、攻撃が通りやすい様に銃弾をばらまいていく。
ライトは、奴はどういう反射神経をしているのか、銃弾を剣で切り払うような芸当を仕出かしてくる。
当てに行くのはもうやめて、大人しく相手の気を引き、行動させる事だけに注意を注いでいった。
「女の子に戦わせて、後ろで呑気に観戦だなんて、恰好悪くないかい?」
わざわざ分かり切っている事を言うな。
見え透いた挑発の言葉に苛立つが、そこで我を失うほど単純でもない。
「アスウェルさんは恰好悪くなんかっ、ないですっ。ちょと。目つきとかお顔とか怖いかもですけど。私は好きですからっ」
「それ、答えになってないよね。まあ、君の好みの話なんてどうでもいいけど」
呆れた声を出すライトの様子を見てか、レミィが動きを変えた。
これが期と判断して、中庭に面している建物から、それらを風で無理矢理引き剥がしていく。
建物の近くは良い。部品が余るほどあるからな。
「いっけぇっ」
風で巻き上げた残骸がレミィの魔法で空に固定されたのを見て、アスウェルは普段使っているミスティックを上空めがけて右手で構え、そして予備として持っていた銃……カオティックを左手で構える。
今まで一人で旅をして禁忌の果実を追って来たんだ。装備が一つしかないわけがないし、利き腕が使い物にならなくなった場合の手を考えていないわけがないだろう。
アスウェルは銃弾をいくつも残骸へと叩き込んで、流星のごとき雨をライトへと降らした。
この巻き戻りで、使えるまでに磨き上げた技……ミーティアだ。
「レミィ。畳みかける」
「はいですっ!」
避けられる事は承知の上だ。
銃弾の嵐の中を踊る様に回避し、時に切り払っていくライトからの跳弾から身を護るために、レミィが風の魔法でのアスウェル達を囲う。
だが、その即席の防弾室には、一つだけ穴が開いていて……。
「くらえ、ですっ」
レミィはそこからライトめがけて、初心者用に調整された小さな銃……ルナティックを打った。
風の魔法と共に打ち出された銃弾が、周囲の空気を纏いながらうねりを上げて、竜巻の様にライトへと押し寄せる。
標準はつけられていない。使い方もぎこちなかった。
だが、撃ちたい方向へ撃つだけなら、それだけで問題はない。
「きゃぅっ!」
直後、魔法の力を纏わせた影響で、レミィの手の中で銃が真っ二つに割れる。
実戦でたった一度だけ使って壊れるのは、アスウェルが見た巻き戻りの中でも最速の記録だろう。
土を抉り、巻き上げ、煙すら発生させて猛然と襲い掛かった風の中心点では、さすがに無事ですまなかったらしいライトが立っていた。
「ふ、あは……。甘く見てたよここまでやるとはね」
今ので倒せればと思っていたが、そう甘くはないか。
「オーケイ、分かった。もう油断しないよ。君達は強敵だ。ここからは一切の甘さを排除して全力で叩きつぶす。害虫駆除は全力でかからなきゃ、生き残りがいたら面倒だしね」
悪いが全力なんて、出させない。
もう、上部はここに立つ前に俺たちがどれだけの手札を用意できるかで決まってしまっているのだから。
ライトの実力は他の誰でもないアスウェル達がよく分かっている。何も対策もしていないなどと思うなよ。
ここで、サイコロを振る。
「次なんてありませんからっ」
影。
頭上に会った日の光が遮られるのを見て、ライトは訝し気にする。
「何の為に、今まで苦戦してきたと思ってるんですか」
中庭を確認する、さすがに庭にはもうアイナの姿はなかった。
当然だろう。
アスウェル達は奴が逃げるまでずっとその手を打つのを我慢していたのだから。
こんな事なら、ラキリアかナトラのどちらかについてきてもらえばよかったと思うが、あの女性がいるなどと思わなかったのだから仕方がない。
「は……本気かい?」
頭上を見上げて、その存在に気がついたライトが声を上げる。
それはレミィがずっと訓練で苦労していた事だ。
これが終わったら思う存分誉めてやる。
本当に、戦闘中それを頭上の遥か刀に浮かしておくなんて芸当、よく出来るようになったものだ。
中庭に面した建物の一部をのこした屋敷を、空に浮かべさせる事など……。
「これで、終わりですっ」
面の攻撃。
軍人であるラッシュ達からヒントを得た。物量で押し切る戦い方。
どれくらいの総重量があるのか、考えたくないくらいの巨大な塊が、逃れるスペースのない屋敷へと落下してきた。
もちろん慣れてないので。仕掛けたアスウェル達も命がけだ。
降り注ぎ、音を立て、煙が満ちて、地面が揺れる。
風の障壁を張っていたが、それでは守り切れないほどの衝撃だった。
これなら、とそう思う。
「へぇぇぇ」
しかし、甘かった斬撃が吹き飛ばす。
抉るような剣閃が、落下物の嵐を切り裂いたのだ。
「凄いや。尊敬するよ……」
足りなかったのか、ここまでして、そう思うのだが……。
「あああああ、このくライトっ」
頭上からフィーアの叫び声がして、視線を上げる。
倒れていたはずの情報屋が、雷撃を降らして残骸を吹き飛ばしているのが分かった。
一つ、二つ。となっていたものを、十、二十と増やしていく。
秒速で打ち出すそれらは荒しと呼ぶのももはや生易しい代物。
あの情報屋は、魔人だったのか。
「人の事洗脳しくさってんじゃないわよっ」
劇場の嵐は強くなる一方だ。
耐えきれない。
風の檻が揺らいだのを見て、その衝撃から逃れるアスウェル達は、中庭の地下へと急いで降りていった。
水を抜く為の禊ぎ場につくられた水路、それを利用しての作戦だ。
「ライトさんはどうなったんでしょう」
「さてな。だが、骨もの残らないように後で、アレイスターたちに燃やしてもらうか」
「やりすぎ……とは言えないですね。お屋敷、跡形もなくなっちゃう……」
建物が空中に浮かんでいる、なんて事態に付近の住民が騒ぎ出してライトに途中で気取られないか懸念があったが、奴が例の結界とやらが張っていたようで。騒ぎになっていないようで、幸いだった。




