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儚き 鮮血の運命  作者: 透坂雨音
06 無限時空の反旗者達
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14 アンダー・ホール



 準備を整え、ナトラの救出へ向かう。

 だが予想外の出会いが果たされたのは、ラッシュ達の身分証を使って、帝国軍施設内部へと向かう途中の事だった。


 クルオやフィーアは屋敷で留守番で、その代わりにアレイスターが付いてきている。


「おかしいな、スコットさんどこに行っちゃったんだろう。アクセル君もいなくなっちゃってるし」


 何故か非常に既視感を覚える姿を、帝国の通りで見た。

 ショートカットの赤い髪をした女性が、周囲を見回しながら、困り果てている様子だった。


 それを見たレミィが話しかけに行く。


「あの、どうかしたんですか」


 記憶の底を探ろうとしたのだが、答えが出る前に、気が付いたらレミィが言っていたのだ。

 困ってる人間などに構ってる余裕などないし、余計な厄介事に首を突っ込むなと言いたかったが、そんな注意をする暇もなかった。


 話しかけられた女性はレミィの姿を見て戸惑う。


「え? 貴方……こんな所で一人で歩いてて大丈夫? いま帝国ってとっても大変みたいなんだよ。こんな所で貴方みたいな子が一人で歩いてたら、事件とかに巻き込まれちゃうかもしれない」

「え、あの私は大丈夫です。アスウェルさんが……えっと、とっても頼もしい人がいますから」


 心配しにいった間抜けが逆に心配されて困っている。

 声をかけに言った意味がない。


「そう、本当に? あ、もしかして迷子かな。それなら一緒に探してあげるよ。……でもあれ? 貴方の顔見覚えがあるような、私とどこかで会った事ないかな……」

「えぇっ、な、無いと思いますけど。そのぅ……、ちょっと記憶に自信がないです」


 助けてくださいアスウェルさん、と視線を送られたので仕方なく割り込んで行く。

 会話を聞くに相手も抜けた感じがするので、放っておいたらいつまでも的はずれな事を言い合って話が終わらないだろう。


「こいつの保護者は俺だ。心配しなくても面倒は見てる」

「あ、良かった。迷子じゃなかったんですね」

「あぅ、私そんな風に思われちゃうんですか……」


 のほほんとした様子でほっと息をつき、胸を撫で下ろすのを見ていると、こっちこそこんな所で一人で歩いていて良いのかと問いたくなる。


 何というか、レミィやクルオ程でもないが、この女性からもお人よしの気配が感じられた。 

 そんな風に思っている時に、ラッシュが気になる事があったのか話しかけていた。


「失礼、ラッシュと言います。貴方はアクセルと知り合いなんですか」

「え? うん、私はアイラ。アクセル君、素直で良い子だよね。前にスコットさんのお店を一緒に手伝った事があるんだけど、すごく助かっちゃった」

「そ、そうなのですか、それであの。アクセルは今どちらに? 友人なので……こんな状況の帝国でどうしているのかと、気になって……」


 どこかずれた答えを聞きながらも、軌道修正を試みたラッシュの問いに、女性は今度はちゃんと答えるつもりだ。

 女性は浮世離れした雰囲気を引っ込ませて、質問に応答していく。


「そっか、それじゃあ心配だよね……。実は……」


 行方を教えてもらったラッシュは、不安そうな顔をしながらリズリィと何か話し始めている。知り合いの安否についてとやかく言うつもりはないが、そんな調子で大丈夫なのか。今から、戦いを挑む事になるかもしれないと言うのに。


「あの人、どこかで見覚えがあるような……」


 アイラと名乗った女性を見て、首をひねるレミィ。アスウェルはある一つの可能性が頭をよぎったが、今ここでそれを言う事は、これからしようとしている事を考えれば邪魔でしかないだろう。


 情報ならいくつか手に入ったので、後でフィーアに調べてもらう事にしようと思った。



 


 身分証を役立てて、ラッシュ達の案内の元に軍施設の内部へ。

 魔人であるレミィは表面上には人間にしか見えないので問題はなかったのだが、交じりとして顔が割れているアスウェルは、少しだけ苦労した。 


 二人が世話になっている部署とやらにまず向かって、ラキリアと合流してから帝国の深部、奴隷契約の為の装置や、おそらく毒の兵器の置いてあった深部……秘密階層シンク・カットへ足を向ける。


「地下の……大きい穴……? ですね」

「無駄に広さだけは立派だからな」


 部屋のあちこちには色々な機材がおいてあり、それなりに密度はあるのだが……。


「ふむ。暑苦しいな」


 ラキリアの言葉に同意だった。


 研究者でもない自分達にはそれらに感想を抱きようがない。

 むしろ並べられた機械の放つ熱で暑いとか、物体が邪魔臭そうとか、それくらいしか考える事はなかった。


「自分の職場でしょう? 何暑がってるのよ」

「いつもは言わないさ。でも今日は機械の調子が悪いらしいな。温度が二度ほど高いんだ」

「そんな事が分かるのか」


 リズリィに不審げに問われて返す彼女の言葉に、ラッシュが目を見張る。


「空気を読んで発言しろと人に怒られる事があるんだが、やはりそれくらい分からないようでは駄目なのか」


 そんな言葉に傍にいるリズリィは、特に訂正するでもなく、ラキリアに向けて肩をすくめてる。


 どうやらこの貴族軍人も真面目な馬鹿だったらしい。

 多すぎだろう。アスウェルの周りには。


「まあ、今は特に用はないしな。こっちだ、来てくれ」


 ラキリアに言われて部屋の奥へ。

 通常時なら誰かに身分を尋ねられたり、事情を聞かれたりするらしいが、やはり帝国の混乱が続いているせいか、アスウェル達に気を割く余裕は他の人間にはないようだった。


「えっと、ラキリアさんって、今も凄く偉い人なんですよね。だからなんじゃ……」


 レミィが何かつぶやいているようだったが、後半は小さすぎて聞き取れなかった。

 そういえば彼女の事は研究者としか聞いていないが、軍ではどれくらいの身分でいるのだろうか。


「ん? どうかしたかい」

「……」


 ちょうどその時、目の前を横切ろうとした研究者がはっとした顔でラキリアに気が付いて、慌てて退いた所だった。


「何でもない」

「そうか?」


 聞かない方が良い様な気がした。






 そんな風に、シンク・カットを移動していき、部屋の奥にある非常扉を潜り抜けた先……、更にその扉の途中にある、それと知らなければ分からないような壁の廃材の継ぎ目に指を引っかけて、地下道アンダー・ホールへの入り口に辿り着いた。


 暑苦しかった空気が急に冷えていく。

 薄暗い通路を、何分もかけて歩いていくと、その先に目的の人物がいた。


「ナトラさん、無事で良かったです!」


 白い髪の少女、ナトラと。

 クレファンはいないようだ。

 そして……


「本当に来たんだね、レミィ。まるで昔とそう変わりがないみたいで、好ましいと思うよ」


 禁忌の果実の人間、ヒョウリが姿を現した。


「お前が組織の頭なのか」

「さてね。そうだとしても応えてあげる必要性は感じられないな。僕がここで首を振ったところで、君はどうせ納得しないだろうし」


 ああ、そうだな。

 優秀な情報屋がいる。どうせお前が答えずとも、こっちで調べるしな。


「さて、ゼロ番。そのまま次も大人しく僕の言う事を聞いて、こちらに来てくれると助かるんだけどね」

「お断りです。悪い人達に貸す手なんて、私にはありませんから。私の手は大切な人と友達の為にあるんです」

「やれやれ、そう言う血気盛んな所は本当に昔からずっと変わらないね」


 肩をすくめそう言ったヒョウリは、笑みを浮かべたまま虚空から武器をとりだして剣を構えた。


 レミィと同じ事が出来るのか……。


「そう我が儘を言う子にはお仕置きだ、君は生まれた時から僕の所有物なんだから、それを分からせてあげる。覚悟すると良い。とてもとてもその道を究めるプロには到底及ばないけどさ、僕はそれなりに強いよ?」


 そう言ってヒョウリは剣をこちらにむけて振るう。瞬間、戦端が開かれた。


「ラキリア、ナトラを頼む」


 おびき出す以外に使い道はなかったのか、人質としていたナトラは放置でヒョウリはこちらへと突っ込んで来た。


 ラッシュの言葉に応じてラキリアが向かっていくのを確認して、銃を構える。

 戦えない人間が離れるまでには、下手に撃って見方を巻き込みたくはない。


 レミィとラッシュが前に出て、長槍と細剣を向ける。


「謝るなら今の内ですっ。私のつむじ風は斬れると痛いですよ」


 武器に変な名前をつけるな。


「……えいっ」


 かつて列車の中で敵同士として戦った顔ぶれが並んで共闘しているのも、おかしな絵面だ。あの時はこんな事になるんなど、まるで予想がつかなかったと言うのに。


「私達もいるわよ。忘れないで」

「ふん、まあヘマをした時の為に控えておくか」


 前衛で戦う二者をフォローするのは、リズリィとアレイスターの魔法。


 炎と、そして全ての属性を操るアレイスターの力が、前で動く二者の隙間を縫うようにして巧みに援護を入れていく。


「ごめんなさい、アスウェル」

「ふむ、すまないな。私達は後ろで下がっていよう」


 謝るくらいなら捕まるなと言いたいが、呑気に喋っている場合でもない。

 自分より背後に、彼女らが退避したのを見届けて、アスウェルはようやく銃を構えた。

 そして、手には雷撃の力を宿した黄色の魔石。

 付け焼刃だが、使い物にならないわけではない。


「アスウェルさん」

「――っ」


 レミィの要請を受けて、その一手を放つ。


 雷撃を纏った銃弾が閃光を纏って、空を割き相手へ向って行った。

 一瞬して、轟音が耳をつんざく。雲間から放たれる雷そのものだ。

 

 だが、まるで分かっていたかのよな動きで、ヒョウリはそれを避けて見せた。 


「なかなかやるようだ。だが、先ほど言った通りに簡単には僕は倒せない」


 ヒョウリは強かった。

 研究者だと名乗るよりもはるかに剣士だと名乗った方が、良いくらいには。

 こちらの攻撃は当たらないのに、向こうの攻撃は当ててくるのだから、転職してもやっていけるのではないだろうかと、本当にそう思わず考えてしまうくらいに。


「奴単体も脅威だが、気を付けろ。忘れたわけではないだろうな? 向こうには例の兵器がある」


 そうだ、猛毒の兵器。グラン・ロード。あれには気を付けなければならない。

 耐性のあるレミィはともかく、ただの魔人や人間が毒の影響を受けたらひとたまりもない。


「く、早い……っ」

「まだ、スピードが上がるの? 援護泣かせね、まったく」


 手加減していたのか、徐々に動きが良くなってくる相手を見ていると遊んでいるのかと、怒鳴りたくなってくる。


「グラン・ロード。まさか本気で気にしてるのかい? そんな物はないよ。ここにはね。君達はこの道は始めて通ったのかな? なら分からなくて当然だ」


 何が言いたい。


「この道はね、屋敷のすぐ近くまで繋がってるんだよ。いや、こういうと語弊があるかな。帝国中の主要な施設の各所に繋がっているのだから、当然と言えば当然なんだ」

「それって……」


 絶句するレミィが動きを鈍らせたところにヒョウリが追撃を仕掛けてくるが……。

 それをアレイスターが分かっていたかのようにフォローする。


「今まで姿を現さなかった彼が向かっているかもしれないね。どうする? 屋敷の者達は切り捨てるかい」

「まさか、ライトさんが……っ、そんなどうすれば」


 狼狽えるレミィの行動が目に見えて乱れ始めた所で、アレイスターが前に出てその方を乱暴に掴み、後ろへ突き飛ばした。


「ひゃん」

「気になるならお前達で様子を見てこい。こいつの相手は僕たちで足りる」

「で、でも……っ、アレイス君達だけだと」


 起き上がったレミィに視線を向けることなく、アレイスターは日頃は滅多に見せない最古の魔人としての態度をとって、言葉を重ねていく。


「最古の魔人であるこの僕が事足りると言ったんだ。勘違いするな。今までお前達の援護に徹してきたのは、お前達自身異けじめを付けさせてやろうと言う単なる計らいだ。こんな若造に敗北するなどあり得ない」


 それに、とアレイスターは少ない期間であるものの、物を教え込んだ自らの弟子に向けて一瞬だけ視線を向けて、目を細めて見せた。


「弟子なら師匠の期待に応えるものだろう。僕は期待している。戦うべき相手とケジメを付けてこい」

「アレイス君……はいっ。待っててください、けちょんけちょんにやっつけてきますから」


 そう言ってレミィは、こちらへと下がって来て、アスウェルの手を取る。


「行きましょう、アスウェルさん」

「ああ」


 そう言って、戦線から離脱していく前に、一言だけ恩人に向かって小さく呟いた。


「死ぬなよ」

「誰に向かって言っている」


 聞こえる距離でもないのに、聞くな。そう言うのは。聞かなかったフリをするものだろう。






「足手まといが行ったか、僕の魔法は力が強すぎて、愚鈍な人間が多いと巻き込みかねないからな」


 気配が消えるのを見て、アレイスターは意識を集中させる。


 発した言葉は半分本気だ。

 職業柄、面の攻撃に慣れているラッシュ達ならともかくレミィ達では巻き込みかねない。だから今までは、ある程度力を振るう事を自重していた。


「帝国軍人、そちらの方も何か策があるのだろう」

「ああ、まあ……。彼は指名手配されているから、アスウェル達は信用しているが、なるべく人目のある所で行動してほしくはなかった。心遣い、感謝する」


 部屋の隅に新たに増えた気配を探れば、そこには確かにここに来た時にはいなかった人物が一人立っていた。


「アクセルね……。まったく軍に関わるなんて、私達が死にかけた子供の頃の事で懲りなかったのかしら」

「そう言うな。それが彼の優しさなんだ」

「まったく……」


 ガントレットをつけて戦線に加わろうとする人物は、ラッシュ達軍人と何やら長い縁があるらしい。


「きっと、全てが終わって、君の心を元に戻して、魔人との平和な世界を築けたら。また子供の頃のように彼と三人で話が出来る様になるはずだ……」


 彼らにも彼らの事情があるのだろう。だがアレイスターには、知った事ではないし、関係などない。面倒の少ない隠遁生活が送れるならそれでいいのだ。だが……。


「敵は無視かい? お話しなんて余裕だね。それは僕に殺してくれと言っていると取っていいのかな?」

「そんなわけないだろう。青春してるんだ。お互い長い時を生きてるだろう、邪魔してやるなよ」


 背後に回り込まれた若者の背中を補ってやる。


「弟子の友人くらいは、手助けしてやりたいと思うのが師匠心というものだろう」 




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