11 人質
演奏会を終えた後は、喫茶店で話しを消化させた後でラッシュ達が屋敷にやってきた。アレイスターと細かな話し合いをした後は、当然のようにそのまま屋敷に滞在する事になっていた。この屋敷は来るもの拒まずで、去る者逃さずの呪いでもかかっているのだろうか。
話し合いに応じたアスウェルが聞いた内容だが、奴らにも奴らなりの苦労がこれまでにあったようで、魔人排斥派を排除したり、融和派を保護したり、和平の死者を選びなおしたりと色々とあちこちに走り回ってで奮闘していたらしい。
金のかからない宿に喜ぶくらいなのだから、相当だろう。
軍人で帝国貴族でもある奴らは、珍しくも金に縁のない生活を送っていたらしい。どういう理由なのかは長くなりそうなので詳しくは聞かないでおいた。
アスウェルは別に自分達が世界で一番自分が不幸だとも、思った事はないが他人の苦労を聞いて改めて我が身を省みるぐらいには、今まで自己中心的に生きていた様だ。
唐突な客人の増員だったが、ラッシュ達が屋敷に慣れるのは早かった。
いや、奴らが早いと言うよりは使用人達が良くて寛容、悪くて馴れ馴れしかったからだろう。
「お二人は今まで苦労されてきたのですね」
懇親会という名の洗礼を受けた翌日、ラッシュとリズリィはすっかり屋敷連中に受け入れられているようになっていた。
特に女連中のまとめ役でもあるレンと個人的な話をするくらいには、打ち解けたようだった。
「ああ、なかなかうまくはゆかないものだな」
「人間なんてそんなものよ、容易に予想がつくようなら、監視社会に住む意思なき人間と大してとかわらないわ」
苦労を滲ませる声でレンの言葉に返答するラッシュだが、それに返すリズリィの言葉は辛辣だ。
毎度のレミィの勉強会に顔を出した二人は、帝国で得た知識をレミィに教える事になったのだが、休憩がてらした際で、愚痴が始まったのだ。
「俺の……上司の命令だと言っても部下は聞かないんだ。目の届かない所で勝手な行動に出るから本当に困る」
「まったく、ラッシュは甘いのよ。あいつらに魔人をイジメるななんて逆立ちしろって命令するより無理な話でしょう? 彼らには脳髄まで、差別感情や悪感情が刷り込まれてるんだから」
明確な言葉をさけて愚痴をこぼすラッシュだが、いちいち詳細な説明を入れるリズリィに渋い顔になる。
「だからって、自分の目で見て、聞きもしないのに」
「貴方だって昔はそうだったじゃない。フィーアやアクセルと出会う前なんかは偉そうで小生意気な子供で、魔人なんかって言って」
「そ、それはそうだが……」
そして愚痴はやむ気配はなく、話題が勉強へと戻ってくる様子はなさそうだった。
使用人達も使用人達で、話に興味を持っていかれているのだから、対処する人間がない。
そんなわけだから、自然な成り行きとして放置されて一人で勉強していたレミィが話しかけてくる。
いつも傍にいる例の猫は、教えられていた時は起きていたが、退屈になったのか今はレミィの手元のノートの傍で呑気そうに眠っていた。
「あの、ラッシュさんってまだフィーアさんの秘密知らないんでしょうか」
「秘密?」
ほぼアスウェルのは把握する範囲の記憶が戻ってきたレミィが、そちら二人の方を見ながら声をかけてくる。
何の事かと聞き返せば、レミィは首を傾げて小声になった。
「あれ、アスウェルさん思い出してないですか。リズリィさんは……奴隷契約してる……事になってるフリをしてるんです」
「……」
なんだその非常にややこしそうな事情は。
「ええと、ですね……」
レミィが説明する彼らの情報がこうだ。
子供の頃にスラムでフィーア含む魔人たちと知り合ったラッシュは、魔人への悪感情を早々に捨て去った稀な人間であるが、幼い頃に起きたとある事件で、その知り合いの多くを失う事になった
その事件の時に、リズリィは奴隷契約をさせられて意思を失くしてしまった。ラッシュはそう思い込んで、けれどそんな状態のリズリィを見るのが辛かったので、自分の前だけでは意思がある様に振舞えと命令して今まで過ごしているのだ。
「リズリィさんはそうやって命令されているフリをしたままでいたいみたいです。貴族が嫌いで、復讐したいから秘密にしてるって……」
「……」
自慢ではないがアスウェルは稀な人生を歩んできたと思っていた。が、復讐者なんて探せばどこにでもいるのだろうか?
「いつ仲直りしてくれるんでしょうね」
さてな。
求められれば助力に応じてやるぐらいはするが、呼ばれてもいないのに、大きなお世話とやらを焼く気はなかった。
憎しみに目が曇って何も見えていない状態だったなら、さすがにこちらも手の一つくらいは出しただろうが、見ている限りではそんな様子でもないし。
というより、非常に仲が良さそうだ。
勝手にやっててくれ、とそう思う。
レミィの勉強の後は、戦闘訓練をつけてもらう事が日課になった。アレイスターには前々から世話になっていたが、アスウェルとでは正直格が違い過ぎるので助かった。ラッシュはアスウェルの相手を、そしてレミィはリズリィにしてもらって、それぞれの力を伸ばしていく。
魔石とやらの使い方も慣れてきて、時間的に余裕のある今回で戦い方を広げられたのは後の大きな力となるだろう。
だが、長くあると思っていた時間は確実に流れていく。
もうじき巻き戻ってから一年だ。それだけの時間が過ぎた。
二年巻き戻れるはずのライトの介入が未だにないのがあやしい。
ああいう、プライドが高そうな輩は、自分の手で始末を付けたがるタイプかと思っていたのだが、まったく気配がないのが返って不気味だった。
そんな風に、いつまで経っても、行動の気配の見えない相手を窺っていると、状況に変化が起きた。
ナトラ・フェノクラムが奴隷契約から切り離され、帝国で混乱が起きた。
そして、不明だったアスウェルの妹クレファンが、敵に人質に取られたのだ。
アスウェル達……レミィと、そしてラッシュとリズリィ、アレイスターは、講堂に集まって今後の事について話し合う事になった。
「アスウェルさん、大丈夫ですか」
「自分の心配してろ」
不安そうなレミィを横に置いて、手紙を読み上げるラッシュの言葉を耳に入れていく。
「今、帝都では魔人の奴隷たちが機能停止して使い物にならなくなり、混乱が起きているらしい。ラキリアはその責任を追及されているようだ」
忙しい合間を縫って手紙を飛ばしてきた彼女に感謝しつつ、ラッシュの読み上げた文に表情が歪む。
「禁忌の果実は、帝国と協力関係にあるはずでしょう? 今回の事は独断よね。こんな帝国の不利益になるような事して……、何か考えがあるとでもいうのかしら」
「分からない。だが、あると考えたから行動を起こしたのだろう」
むしろ、とラッシュは言いにくそうに続ける。
「今回の事で、市民が……、スラムの魔人や、魔人排斥派が行動を起こして、結果的に帝国が封鎖措置を取ろうと動く事になった。それを見越していたんじゃないかと思う。おそらく帝国軍は、禁忌の果実の捜索に割く手がない。短くても数か月……騒ぎを収めるにはそれくらいの期間がかかるはずだ」
ナトラやクレファンが人質になる前に、帝国で狂人化が一斉に起こり、大規模な混乱が起きたとも手紙には書いてあった。
強大な組織であるから、敵対したら面倒。
やはりそう考えて、禁忌の果実も今回の行動を起こす前に帝国への手を打っていた様だ。
「グラン=ロードも組織に持ち出されてしまったようだな。相手の方が一枚も二枚も上手だ、状況は難しい事この上ない」
「でも、あいつら、上手く行った後はどうするつもりなのよ。レミィを捕まえた後に、帝国の混乱が収まったら、軍の目は確実に向くはずでしょう」
「……考えたくはないが、持ちだした兵器を使う事もあるかもしれないな、あくまでも予測だが」
ラッシュの言葉にその場面を想像したリズリィが顔を青くする。
そんな事になったら、いったいどれほどの人間が命を落とす事になるのか、関係ないと考えていたアスウェルとしても、できれば考えたくない光景だ。
「いずれにしても、俺達に打てる手は少ない。どうする……」
行くか、行かないか。
部屋にいる全員の視線がアスウェルに集中する。
始まりはただ、レミィを助けて仇を討てれば良かっただけだったのに、いつの間に、こんな大事になったのか。
そう思って、レミィへと視線を向ければ意見を求められたと解釈したらしい。
黙っていたとしても、どうせ喋っていたとは思うが。
「私は、どんなに危険でもお二人を助けに行きたいです、ナトラさんとは友達になったばかりですし、それに逃げるなんてしたくありません」
レミィならやはり、そう言うと思っていた。
「アスウェルさんだってそうですよね」
「……」
ああ、そうだ妹を見捨てるわけにはいかない。
もし、今回の機会を回避した場合。どうなるか。
想像してみる。
最悪、帝国は滅んで大勢の人間が死ぬ。奴隷契約が切れた状態のままなら、各地で魔人と人間との間に軋轢が生まれて、混乱の火種が広がり続けるだろう。そして、帝国が使い物にならない状態で、グラン・ロードを無力化する事など、不可能になってしまう。
状況が詰むな。
今でも十分状況は厳しい。先手を許してしまったからだ。
だが絶望的なまでではないのだ。
ならば、戦わねばならない。
「やるしかないだろう」
「賛成だ。ここで、出るべきだろう。退く事はしない。帝国へ出向く、俺達の意見はそれで変わらない」
前に進もうと思ったら、結局そう決断するしかない。




