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儚き 鮮血の運命  作者: 透坂雨音
06 無限時空の反旗者達
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05 両親



「明日もよろしくねー」

「はいです。明日も頑張ります」


 喫茶店「フェニックス」での業務を終えたレミィが店の中から出てくる。

 服は店のメイド服から屋敷の使用人服へ戻っていた。


「あ、アスウェルさん。お待たせしちゃいましたか?」

「大した時間じゃない」

「すみません。ちょっと後片付けが長引いてしまって……」


 日が暮れる中をアスウェルとレミィは並んで屋敷への道を歩く。


「ふんふんふーん、ふふふふーん。はっ、そうでした。大切なお知らせです!」


 しばらく歩いてからレミィは、今まで忘却していたらしい大切なお知らせとやらを口にした。


「実は一週間後にお店でちょっとした演奏会をするんです。町の人からピアノを借りて私が音楽を演奏するんですよ。それで、フィーアさんも傍で踊ってくださるんです」


 つまり、その演奏会とやらを見に来いと言っているのか。


「そうです! 頑張るのでぜひぜひ見に来てください!」

「時間が空いたら行ってやる」

「お待ちしてますっ」


 空いたら、と言ったのにもう行くのが確定したような様子でレミィははしゃいでいる。

 かと思えば周囲をキョロキョロと見まわして挙動不審となった。せわしない。落ち着きもない。


「あ、ちょっと寄り道していってもいいですか。すぐそこなんですけど、アスウェルさんに見せたいものがあるんです」


 別に急ぐ用事があるわけでもないので、アスウェルは足を向けてやる。


 路地を一本外れた場所にあるのは小さな小物屋だ。

 その店のショーウィンドウに、人形がいくつか飾られている。


 見覚えのある店だった。


 いつかの巻き戻しの時、レミィの誕生日プレゼントをこの店で買ったのだった。

 そして今回も、店で働く事になった時に購入している。


「見てください、このお人形アスウェルさんにそっくりなんですよ。ちょっと怖い感じの目つきがそっくりです」

「……」

「私、人形はあんまり好きじゃないんですけど。アスウェルさんは好きです」


 レミィはどこのレミィでも誤解を招きそうな言動をしなければ気が済まないのか。

 しかめつらで黙り込んだアスウェルに首を傾げていると、レミィはガラス越しに人形をつついた。


「誰かの言う通りにするとか、人に頼るとか好きじゃないんです。きっとこういう感情って、記憶をなくす前の私の考えが影響してるんでしょうか。昔の私は一体どんな人だったんでしょうね」


 昔のレミィ、か。


 昔のレミィと今のレミィが繋がっているというのなら、そんなに変わる物ではないだろう。


 犬のようにじゃれついてきて、ウサギのようにせわしなく動いて、猫のように眠る。そして時々鳥。

 きっとそんな具合であまり変わらないのだろう。


「悪い人だったって事はないでしょうか。アレイス君に助けられる前、私は禁忌の果実という組織にいたんですよね。もしかしたらそこで、その人達に何か協力してたんじゃ……、ひょっとしたら誰かを傷つけた事もあるんじゃ……」


 それはライトと対峙した時に、最もレミィが傷つく形で突き付けられた内容に触れるものだ。

 レミィはその時の事を思い出したら、自分がアスウェルの家族を奪った人間と同とじだと思ってしまうだろう。

 そうなる前に、レミィの本当の両親とやらの事を調べる必要がある。


 アスウェルは不安そうにするレミィの頭を乱暴にかき回した。


「わひゃ……」

「馬鹿を言うな。お前みたいなどこか抜けてる人間が務まるわけないだろう」

「うぅ……アスウェルさん、ひどいです」


 髪をなおしているレミィを見ながらしかしアスウェルは思う。

 狂想(バーサク)化した境人(きょうにん)にひけをとらないレミィの戦闘能力。

 レミィが荒事に関わって来たという証拠になるだろう。


 だがそれは、長い巻き戻りで身に着けた能力であり、道具として実験台にされてきたせいなのだ。

 気にするなと言ってやりたいが、言って聞くくらいなら悩みはしないだろう。

 だから今まで伝えてなかった事について、レミィがマツリだった時の事について述べる。


「覚えてないだろうが、お前は俺を救ってくれたんだ。昔どうだったか分からなくても、お前の優しさで人が救われた。それだけは真実だ。俺が保証する」

「え、私が……? アスウェルさんを……」


 気休めになれば、とかさねる一言にレミィは言葉を失う。

 アスウェルはその時、その一言が、後にレミィの不安をあおる事になろうとは思いもしなかった。






 そうしてあっという間に月日が経っていく。


 色々あったが問題はおおよそクリアできている。

 禁忌の果実はほぼ問題ないと言ってもいいだろう。屋敷も、水晶屋敷にはならなかった。主人がアレイスターのままなので、例の装置に関しては全く心配いらないだろう。


 とにかく、ここまで来たのなら後は帝国とライトの動向に注意するだけだ。

 レミィの能力を狙っている奴らがそう簡単なことで諦めるとは思えなかった。






 そして懸念していた通りにその日、屋敷の庭に脅威がやって来た。そいつらは、ある意味ライトや帝国よりもタチの悪い人間だった。


「ナトラさんは木の実とか食べないんですねー。やっぱり元は人間……じゃなくて魔人だからでしょうか。お手紙を運んで行ってもくれますけど、会えないのはさみしいです。一度お顔を見てみたいのに」


 アスウェルが話したナトラの正体を疑うことなく信じ切っているレミィは、残念そうに、肩の上に飛来してきた小動物と話し込んでいる。


 時刻は昼食後の午後。

 流れる風はゆったりとしていて、時折り思い出したように吹き抜ける。


 見るからに平和ボケしそうな光景だった。


 レミィは庭の掃除をしている最中だというのに、手を止めていて良いのか。


 後でレンやアレスに怒られるだろう事は確実だ、そろそろ注意した方が良いか。

 木陰で涼みながらその様子を眺めるアスウェルが、口を開こうとすが……。


「あれ? お客さんかな」


 来訪者のようだ。

 鳥の甲高い声とレミィの声がそれを告げる。

 視線を庭園の入口へと向けると、二つの人影がこちらに近づいてくるのが見えた。

 男と女、どちらも知った人間だ。


 レミィの精神の中、過去の回想で見たガラスケースの中にいた、レミィの両親かもしれないとそう思った人間……。


「何だろう。あの人達……どこかで」


 あつらは、禁忌の果実の人間……。


「アスウェルさん?」


 向かおうとしたレミィへ近寄り、肩を掴んで止める。

 銃の収まったホルスターに手をかけた。


 対策は順調なんじゃないのか、情報が洩れてるぞ。アレイスター、何をやっている。


「ようやく見つけたわ。手間をかけさせないで。早くこちらに来なさい」

「え……、え……?」


 女はレミィに向かってそう声を掛ける。

 渡すわけにはいかない。

 アスウェルは戸惑いの声を上げる少女の前に出る、だが……。


「思い出せ。誰がお前の親なのかを」


 男の声に、背後のレミィが息を呑む気配がした。


「……っ、まさか……お父さん? お母さん? でも、死んで……あれ……?」

「違う」


 違わない。だが、それをここで肯定しては駄目だ。

 こいつらについて行ったらまた、レミィは碌でもない目に合わされる。


「今までしてきたことは貴方に悪いと思っています。もうこれからは貴方を傷つけるような事はしないと約束しましょう」

「だからこちらに戻ってこい。俺達にはお前が必要なのだ」

「あ……」


 背後でレミィが動き出そうとする気配。

 鳥の羽ばたきが聞こえてくる。

 ナトラも気が付いているのか。


「行くな」

「でも……この人達は……」

「違う」

「私の……」

「お前の親なんかじゃない」


 アスウェルには分かる。

 これはずっと生き別れていた家族と対面した時の反応ではない。


 聖域で、妹とそっくりの女にあった時自分がどんな事を考えていたか、どういう行動に出たかったか。

 それを考えれば、そいつらの言動はおかしな所しかないのだ。


 だから、アスウェルには分かる。

 だが、レミィにはそれが分からない。


「どうして、……そんな事言うんですか。やっと私の過去が分かるかもしれないのに」

「こいつらについて行ってもお前が不幸になるだけだ」

「それを決めるのはアスウェルさんじゃありません。幸せか幸せじゃないかは、私が決める事です」


 正しかった。

 レミィが言っている事はとても正しい。

 今の事だけではなく、アスウェルがいつもやっている事も、隠している事もレミィが望んでいる事ではなかった。ただの自己満足なのだ。

 だが、それでも行かせるわけにはいかなかった。


 隣に並んでレミィがこちらを見つめる。

 悲しそうに、どうしてと問いかけてくる。


「何でですか? 私は、思い出したいんです。過去の事、知らない事、まだまだたくさんあります。少し前、アスウェルさんが思い出を話してくれた時、嬉しかったですけど、凄く悲しかったんです。どうして私はそんなに大切な事を覚えていないんだろうって」


 それは、レミィの心がまだ記憶を受け入れられない状態だったから……。


「大切な人の事、忘れたくないし、覚えていたいじゃないですか。ずっと今まで隣にいたのに、何一つ思い出せなくてっ、思い出してあげられなくてっ、アスウェルさんきっと寂しかったでしょうっ!? 私のせいですっ。だから……」


 あんな不用意な事言わなければ良かったのかもしれない。

 だが、不安そうにするレミィを放っておく事なんてできなかった。こうなるなんて想像する方が無理だろう。


 真っすぐにこちらに向けられていた視線が外れる。

 レミィはここから離れて行こうとしていた。


「駄目だ」


 腕を掴んで引き留める。


「行くな」


 もうお前があんな風になるところを見たくない。


「早く来なさい」

「お前が知りたいと思っている事は、ちゃんと説明する。だからこちらへ来るんだ」


 そんな奴らの言葉なんか聞くな。

 と、アスウェルは手に力を込めた。


「どうして……いじわるするんですか。離してください」


 あいつ等は偽物なんだ。本当の両親はここにはいないんだ。と、そう言ってやれたらどんなに楽だろう。


 だが、アスウェルはまだ真実を知らない。その情報が本当かどうかも分からない。

 こんなに必要なのに。


 知りたいと思っている事を、アスウェルはまだ何も言ってやる事が出来ないのだ。


「マツリ……」

「ぁ……」


 その言葉を呟いたのは、相手の男か女かどちらだったか。

 どっちでもいい。


 レミィは、俯いて頭を抱えだした。


「ぅ……、ぃ……いたい、いたいです」

「思い出しなさい、私達の言う事を聞きなさい。命令よ」

「あ、う……頭が、手が、……体が……」


 レミィはうわ言を呟きながら体を震わせていた。

 実験台にされている記憶を思い出しそうになっているのだ。


「……っ!」


 アスウェルがそのこいる者達へ銃を向けるより先に、屋敷からアレイスターが出てきた。


「ここは俺がやる、聖域に行け」


 入れ替わる様に、アスウェルはレミィを抱えて講堂を目指した。




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