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儚き 鮮血の運命  作者: 透坂雨音
06 無限時空の反旗者達
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03 はちみつに漂う心



 心配になるような反応の薄さのレミィを保護して一か月、記憶はあいかわらず戻る気配はなかったがレミィは徐々に元気になっているようだ。


 それで、屋敷という場所に依存させるのは良くないというアレイスターの判断で、レミィは今までの様に使用人として屋敷にいるのではなく、客人として世話になる事になった。たまに屋敷の手伝いをさせたり任せたりもするらしいが、量が増えて仕事にならないように注意を払っているらしい。


 アスウェルの方は、クルオやフィーア達が町にいないか探したり、アレイスターが行っている禁忌の果実に対抗する組織……ネクトの下準備などをこなしたりと色々で、やるべき事に着々と手をつけていた。


 そんな風に日々を送るのだが、屋敷の中は平穏だった。


「よいしょ……です」


 廊下。

 やるべき事を終えて戻って来たアスウェルは小さな人影を見た。

 視線の先では、白いワンピースを来たレミィが左右へ蛇行しながら歩いている。


 何かの液体がなみなみと満ちたタライを運ぶレミィ。その姿は、非常に危なっかしかった。

 よろよろふらふらとどこかへと持って行こうとする様子に、おどろかせてその場でひっくり返すような事にならないように静かに声をかけた。


「何をしている」

「ひゃわっ!」


 気を使ってやったというのに、無駄にするな。


 驚いて落としそうになる物体。レミィの手に持つそれを背後から支えてやる。

 たらいの中には、黄金色の液体が入っていて、湖面がゆれて甘い匂いが漂ってきた。

 これははちみつだろう。


「……アスウェルさん?」


 振り向くよりやる事やれ。


「前向け」

「あ、ごめんなさいです」


 タライをしっかりと持ち直したレミィの、おぼつかない足取りを見守りながら話をする。


「お風呂用に、……運んでるんです。これを入れると、健康に良いって……皆さんが」


 話によると使用人達は、はちみつ以外に様々な物を試してみたいらしく、よく聞く物からおかしな物まで風呂に入れようと色々な意見を出しているらしい。あいつらは祭りか何かと勘違いしているのではいか。


 そんな事は屋敷の主がボードウィンだった頃にはなかったが、主人が変わる前にもアレイスターはしていたのだろうか。


 レミィの視線はなみなみと注がれているはちみつにある。


「……」


 ごくりと喉が動くのが見えた。

 何を考えているか丸わかりだ。


「食べるな」


 いくら美味そうでも風呂に入れる物を口に入れるなと、そう注意すると肩を落とす反応があった


「駄目ですか……」


 図星だったようだ。

 




 話は少し変わるが、

 屋敷の風呂は男女共用で時間ごとに区切られて使われている。

 どちらが先かは日付ごと変わって、入れ替わるのだが、たまに入りそびれる者が必ず出てくるからだ。


 そのための措置として入浴には男用でも女用でもない、三番目の時間がもうけられている。

 人ごみや、煩い人間にからまれるのが嫌いなアスウェルは、入りそびれなくともたまに利用していたことがあった。

 それは今も変わらずで、態度の全く変わらない使用人に煩わされまいと、三番目の時間を利用する癖がついてしまっていたのだが……。

 いつの事だったか、レミィが……。いや、これは思い出すのはよそう。忘れた。


 とにかく、無事にレミィが風呂場までタライを運搬したのを見届けた後、その場を離れようとしたアスウェルだが、甘く見ていた。

 せめてレミィがそれを床に下ろすところまで見届けるべきだった。


「あ、……アスウェルさん、ありが……ひゃんっ」


 おそらく礼を言いたかったのだろうが、言葉は最後まで紡がれなかった。

 レミィが足を滑らせたからだ。


 ぶちまけた場所が風呂場内だったのがせめてもの救いだたが、結果としては悲惨な事になった。

 レミィは頭からはちみつをかぶる惨状だ。

 近くにいたせいでこちらにも数滴飛んできた。


「うぅ……」


 檸檬色の髪から、幼さの残る顔や、顎先から、ぽたぽたと金色の雫が滴る。

 眉を下げたレミィの様子は、まるで雨の日に捨てられた子犬のようだ。


 上目づかいの視線と合う。


「ごめん……なさい。注意してくれたのに」


 黄金色に輝くはちみつの海に浮かんでいるその姿を見て……不覚にもアスウェルは何か考えたような気がする。が、忘れた。

 風呂場でそう言う間抜けな姿を男に見せるのは止めろ、とは言いたくなったが。


「うぅ……、べとべとします。服の着替え……どうしよう」


 風呂はそのまま湯を入れれば何とかなるだろうが、着替えは一人ではどうしようもできないだろう。

 渋々アスウェルがとってこようとするが、下手に立ち上がろうとしたレミィが背後でしぶきを立てて二度転んだ。


 まずこいつを風呂から出していくべきかもしれない。

 はちみつの海で、泣きそうになっている少女へ手を伸ばす。


「掴め」

「すみません……」


 どうにかして立ち上がらせるが、近づいてきた分はちみつの匂いが濃く漂って来た。

 そう言えば、今日はそれなりに忙しくて何も食べていなかった。

 誘われるままに取ったレミィの手を自然と引いていて、顎先に伝う雫を別の手ですくい取りなめてみた。


 忘れた意味がない。色々な意味で甘かった。


「あ、アスウェルさんずるい。……私には、食べるなって言ったのに。お返し、ですっ」


 レミィはこちらが掴んでいる手をとって、アスウェルに噛みついてきた。

 痛くはない。小動物に甘噛みされている気分になる。


「あむぅ。あまひ、れす……」


 離れろ。

 幸せそうな顔になるな。


「……」


 はちみつなら後で使用人共にたかればいいだろうに。


「アスウェルさんがはちみつだったらいいのに」

「……」


 それはあれか、アスウェルをなめたいとでも言っているつもりなのか。


「好きな物が二つ合わさったら最強だと思うんです」

「……はぁ」


 ただのお子様脳だった。


「アスウェルさん、何か……困った事とかないですか。私、アスウェルさんに……助けてもらってばかりで、お礼とか全然できてません。私もアレイス君みたいに、アスウェルさんの力に……なりたいです。何かやらなきゃいけない事が……あるんですよね」

「間に合っている」

「私、戦えます。この間町で悪い人捕まえましたから」

「必要ない」

「えっと、後は……魔法も使えます。魔人ですから」

「いらん」


 ばっさり断り続けるとレミィは、悲しげな表情になる。

 こちらはもうレミィに戦わせるつもりはないのだ。

 下手に一緒の場所にこられて、あの世界のように最後に撃つ事にだけはなりたくなかった。


「私の力……必要ないんですね」

「……ああ、そうだ」


 苦々しく肯定してやれば、それで会話は終わり。

 そう思ったのだが、レミィは違ったようだ。


「アスウェルさんは……馬鹿ですっ」


 こちらの懐に勢いののった頭突きをかましてきた。いや、飛び込んできたと言えばいいのか。


「私が……何にも知らないとでも、思ってるんですか。教えてくれるぐらいしたって……いいじゃないですか。アスウェルさんは……たまに、怪我して、帰って来てるじゃないですか。危ない事、してるって……私、ちゃんと分かってるんですから。……どうしてそれを、隠すんですかっ!」


 (ふところ)をぽすぽすと拳で叩かれる。痛くはない。物理的には。

 頼られない事より、何も知らされない事をレミィは憤っているようだった。


「ひどいですっ。教えてくれればいいのにっ、どうしてっ。……そうやってだんまりしてれば、全て丸く収まるとか、そんなの……ない、ですからっ。私、ひょっとしてアスウェルさんになめられてますっ!? ちょろいちょろい簡単騙せる、みたいに思われてるんですか!?」


 元気が出て来たと思ったらいきなりそんな風に喋られて少しばかり驚いた。

 手伝いをしている時はまだボンヤリしてることが多いのに、心の中では多くの物事を考えていたらしい。


 突っ込んできた状態のまま一気に喋ったレミィは、一度口を閉じた後。

 改めて開いてくる。


「話せ」


 いや、恫喝してきた。

 目がすわっている。


「アスウェル、は・な・せ」


 そして、さん付けが消滅した。


 何がどうしてこうなった。

 コートの端を皺になるほど強い力で掴まれ、見上げられる視線は真剣そのものだ。


 そういえばこんな状態のレミィを相手にしたことがある。あれは公園んのベンチで本を取り合っていた時の事だ。その後も、疑惑で問い詰めようとした時の事も……。思ったより結構あった。


 怒らせるとレミィ・ラビラトリは人格が変わるらしい。


 しかし。


「何も言ってくれないんですね」


 再び元の表情に戻ったレミィは、トボトボと形容するのが最もふさわしい様子で風呂場から出て行こうとする。

 その様子を見て、アスウェルは体から力を抜くのだが、その数秒後の事が分かっていればそうはしなかっただろう。


 それはフェイントだったのだ。


「……何て、私はそんなに諦め良くはないですっ。喋らないならお返しっ、です! えいっ!」


 次の瞬間、結構な速度を付けてアスウェルに突っ込んできたレミィ。足場が悪かったのか今度は支えきれなかった。

 アスウェルは琥珀色の液体の中へ尻持ちをついてしまう。


 そんなこちらの上に乗っかるような形で、慣性のままに倒れ込んだレミィが、泣きそうな顔をして見下ろしてくる。眦に浮かんだ涙が、少しづつ大きくなって、頬に一粒落ちてきた。温かい。


「大切な人が困ってたら、理由を話してほしいって思うのが……普通じゃないですか。何も話してくれないままで、もしアスウェルさんがいなくなっちゃうような事があったら……、そんなの、私は嫌です」

「俺は……」


 ただレミィに幸せに日々を過ごしてほしかっただけだ。

 それなのに、知らなくても黙っていても悲しませてしまうのだろうか。


 アスウェルの口から続く言葉は出なかった。


 何も言えない。

 だが、天が味方したのか知らないが直後に、部屋の外から物音。

 そして、やかましい声が聞こえてきた。使用人のアレスの声だ。


「大丈夫かレミィ。タライひっくり返してたりしてないか見に来たぞ!」

「ひゃっ」


 ひっくり返さないか心配なら、驚かせるような声量でしゃべるなと言いたい。

 アレスはレミィの態勢を見て、口を開けたの後、視線を体全体に向けて、無言になった。


「……。…………。……………………」


 妙な間の中でその顔が赤くなっていくのを見て、そういえば見慣れた使用人服ではなく、私服だった事に気が付いた。


 薄いシンプルな、私服のワンピース。

 はちみつが滴っている……。


 ……。


「出ろ」


 アレスを叩き出して、レミィを風呂場から運び出した後。

 アスウェルは廊下へ出て右往左往しているアレスの代わりに、通りがかった女使用人に事情を説明する事になった。



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