01 帝国歴1498年 1月1日
巻き戻った。
成功した。
一度は、もう全て終わったと思っていた。
取り戻せなくなったのだと。
だが、目覚めと共に再びの機会を与えられていた。
過去に巻き戻ったそこは風の町、ウンディではない。
帝国にある、禁忌の果実の拠点。
アスウェルの肩に、どこからともなくやってきた白い鳥が留まる。
「ナトラ・フェノクラム……」
観測者。
自らの事をそう評した鳥だが、その姿は仮の姿だ。見た事はないが別の場所…帝国の軍建物に、奴隷契約に必要な契約システムの、生体パーツとして組み込まれた人間の体があるらしい。
彼女は、レミィが主人公として綴られる一連の悲劇の物語の観測者となっていて、始まりから起こった全ての出来事を観測してきたと言う。
だから、巻き戻りをする事なく物語の全容を把握する事が出来たし、気づく事が出来たのだ。前いた世界がライトによって書き換えられた歴史の世界だという事も。
彼女がこちらに手を貸してくれなければ、きっと始まる前に終わっていた……いや、始まりすら無かった事になっていただろう。
「改めて、礼を言っておく」
アスウェルの言葉少なな感謝に白い鳥はさえずって答える。
疑問なのは、なぜこちらに力を貸してくれるのかという事だが、会話が可能な人間の姿になるのは、そう滅多にできる事ではないらしく。今までそれについては聞けないでいた。
とりあえず、ここは敵地だ。
いつまでも悠長に立ち話をしているわけにもいかない。
周囲を見回し、確認する。
ちょうど元の時間から二年前、帝国にある禁忌の果実の拠点に侵入した事がある。
ここはおそらくその場所だろう。
時計を修理したおかげで、最大限の時を遡ってこれたようだ。
それがナトラの知る限りの巻き戻りの上限。
捜せば家族が殺された時まで巻き戻れる可能性はあるかもしれないが……。今は、考えないでおこう。
「……」
建物の中を歩いて行く。
当然のごとく、組織の人間がいたのでその度に排除しながら、だ。
奥へ向かって、研究室らしき部屋に辿り着き資料などを漁ってみるが、どれもアスウェルの記憶にある、見た事のあるものばかりだった。
しかし、その中で……。
前に訪れた時に役に立たない情報だと切り捨てた情報があった。
禁忌の果実が攫った人間のリストの一部だ。
その中には、ナトラや、レミィ、それにクレファンの情報もある。
目を止めたのは、写真に映る白い髪の少女。
そして、白い鳥の写真がその下に添付されていた。
ナトラ・フェノクラムは、奴隷契約に関する重要な装置の一環として扱われ、代わりの効かない彼女のスペアをとある実験で作り上げる計画が帝国では行われているらしかった。
屋敷で見た異形の姿の図が、実験成果として記されている。
帝国の記録だというのにやけに詳しい。
いや、それより……。
まさか、これは屋敷での雷光現象の事、異形化の実験の事か。
あの実験はナトラのスペアを作り上げるものだったのか……。
思わぬ情報を手に入れた。
こんな所にオマケのように書かれていたなんて。
これで、禁忌の果実と帝国は協力している事の証拠が増えた。
「お前は帝国の軍建物深部、シンク・カットにいるんだったか」
限られた物しか知る事の出来ない秘密の地下空間。彼女はそこに軟禁されている。
そこで奴隷契約の装置の生体パーツとして扱われ、ラキリアの整備を受けて過ごすのだが、特殊な能力で鳥を作り出し、たまに外へと出かけていたらしい。
鳥でいる時間は、怪我や病気になっても本体には何の影響もないが、本物と同じように外に体を作ってしまうと、その影響が及んでしまうと言う。だから、彼女は必要な時以外、外で人の姿をとらないのだ。
ナトラはアスウェルの肩から資料が収まっている棚の近くへ移動し、その付近を滞空し始める。
何かある、とでも言いたいらしい。
喋れないのは不便そうだな、と思った。
近づいて行って調べてみる。
かすかに通る空気の流れを感じた。
適当な位置から棚を押すと移動して、隠された通路が現れる。
そう言えばボードウィンの屋敷もそうだった。
前へ進んで行く。
先にあるのは地下牢だ。
ボードウィンの屋敷にあったものと似ている。
いや、向こうがこちらに似ているのかもしれないが。
鳥が先へ誘導するように羽ばたいて飛んでいき、それにならって進んで行けば、一人の少女を見つけた。
まさか。
「レミィ?」
声をかけると牢屋の中にいる少女はぼんやりとした様子でこちらを見つめてくる。
檸檬色の髪の少女。
間違いない。
そこにるのはレミィ・ラビラトリだ。
アスウェルが近づくと、少女は怯えた様に後ずさった。
「……っ」
「レミィ、俺だ」
しかし、期待したような反応は返ってこない。
手を伸ばすが、少女はこちらには近づこうとしなかった。
本物なのか、この手で触れて確かめたかった。
檸檬色の髪を、頭を、その頬を、小さな手を。
けれど……。
「そうか、俺は……」
一度レミィを殺しているのだ。
自分の手で。
伸ばしていた手を降ろす。
一つ前とは状況が違う。
アスウェルと共に記憶があるというのなら、当然あの時の事も覚えているはずだ。
あの時、帝国兵に連れ去られようとするレミィと目が合った。
銃身の先で、アスウェルが何をしようとしているのか理解した様子で、悲しそうにする目と。
彼女が知らないはずはないのだ。
あの行動は、あいつの為だった。
苦しませたくなくて、そうしたのだ。
だがそれはアスウェルの勝手な事情だろう。
そんな身勝手な感情で銃を向けた人間の傍にいたいと思うだろうか。
魂に染み付いた副大罪、狂気の影響は前の歴史で、ラキリアの協力で全て戻した。
だがだからと言って、やった事を全てそんな物のせいにはできない。
アスウェルはあの時、きっと抗う余地があったはずなのだから。
「……」
触れようとした手を降ろそうとする。だが、その手にぬくもりが触れた。
レミィが、いつの間にか近づいてきていてアスウェルの手を小さな両手で握っていたのだ。
「……ぁ」
こちらを見て口を開こうとする。
伝えようとしているのか。何かを。
「……ぃ……し」
いし。
……石?
レミィは首を傾げる。
アスウェルを不思議そうに見ている。
何だ?
いや、それよりも……。
細い手が牢屋の向こうから伸びて来てアスウェルの頬に触れた。
髪の毛に触れて、耳に、あごに。
「だれ……?」
まさか、覚えていないのか。
記憶は引き継がれていない?
巻き戻りの効果範囲にはいたはずなのに。
牢の隙間から、鳥が少女の下へと舞い降りて、さえずり始める。
レミィは首を傾げて不思議そうに鳥を見つめるのみで、それ以上何かを話す気配はなかった。鳥の事も、覚えてない様子だ。
牢を閉ざす錠を壊したいが、音を立てては組織の人間に見つかってしまうだろう。
まだ拠点の全てを回って調べたわけではない。
先にそいつらを片付けるべきか……。
だが、目を離した隙にまた何かが起こるのではないか、不安があった。
最初の時、レミィが屋敷から連れ去られた時も、部屋を荒らされた時も、クルオやフィーアと一緒に殺されかけた時も全てはアスウェルの見ていない時に起こった事だ。
いっそここで危険を承知で錠を壊して、レミィを連れて逃げた方がいいのか。
そう、考えていると、背後から声がかかった。
「ふぅん、拠点の奴等が言っていた「いるかもしれない侵入者」とはお前の事か。もう少し注意を払って行動しろ。連中に気取られていたぞ」
振り返って銃を突きつけけるがそこにいたのは、小さな子供だった。おそらく十かそこらの年の。
貴族が着るような上等な服を身に着けた赤毛の子供。
だが、こんな場所を平然と歩く人間がただの子供でいていいはずがないだろう。
そんなアスウェルの心情が分かったかのように、子供は言葉を続ける。
「銃を降ろせ。僕はアレイスター。世界最古の魔人の血を引く魔術師、アレイスター・クローリーだ。おそらくお前の敵じゃない」
水晶屋敷が水晶屋敷となる前の屋敷の主人、アレイスター・クローリー。
見た目は十になるかそこら、だが中身はおそらくアスウェル以上に年を取っている人間。
最古の魔人とか言う仰々しいと通り名がつく腕は確かで、アレイスターは、拠点に残っていた禁忌の果実の人間全てを、さっさと無力化していった。
見た目だけは子供である奴が、所持している武器……仕込み杖を振り回して手慣れた扱いで、暗部の住人を倒していく。何も知らない者が見たら、おそらく開いた口が塞がらなくなるだろう。
レミィといいアレイスターといい、なぜ貧弱な見た目の人間に限ってそういう物騒な能力を備えているのか。
連中を殲滅して、軍へ連絡を付けた後、追手を気にすることなくレミィを連れて拠点から離れる。
帝国の駅へ向かい、列車に乗り、追加料金を払って個室に入る。
レミィはその際にも切符は理解していて、パネルの方は首を傾げていた。
「クレファンから妙な人間が保護対象の近くにいると聞いていたが、やはりいたか。お前だったのは驚いたが」
アレイスターは聖域でクレファンに会って、レミィの事を聞いていたらしい。
元の流れでもこいつは同じ行動をしてレミィを救ったのだろう。今までの事から分かっていた事だ。
「最初に浜辺で倒れていた所で見つけたかったが、連中の方が一足早かったようだな」
腰が重いのは。中身が老人だからか。
「ほう、言うようになったじゃないか。お子様が」
アレイスターの方は昔と変わらないようだ、高圧的な所など。
家族を殺されて助けられたあの頃のアスウェルは、今とは違って物分かりの悪いただの子供だった。そんな子供と口の悪い会話をこなすアレイスターは、ホントに大人なのかとよく疑問に思っていた。懐かしい事だ。
「で、アスウェル。お前はなぜあんな所にいた? 仇討ちか?」
「違う」
一度は行ったところだ、わざわざ同じ目的で行くような場所じゃない。
それに、復讐を優先に動く事はもうやめたんだ。
「俺は最初からあいつを助けるために来た」
荒唐無稽な話だが、信じてもらえるように手を尽くして話すしかない。
「俺からお前に話しておかねばならない事がある」
できるだけ詳しく、だ。
アスウェルが今まで通って来た一年分過去を遡った旅の話、そして忘れ去っていた遥か過去の巻き戻りの旅、さらに今また二年分過去へ遡ってきた事を。
目の前の相手が特に興味を示したのは、アレイスターが殺されその後屋敷の主人の座を禁忌の果実に取って代わられる事、屋敷が実験場と化してしまい使用人達が犠牲になる事だった。
「なるほど、それはありがたい情報だ、対策もとれる。だが、その話を証明する方法はあるのか? お前に」
大人しく耳を傾けていたアレイスターは、しかし聞き終わってから、射抜くような視線を向ける。こちらの魂の底の底まで見通そうとするような、そんな視線を。
証拠はない
どれだけ詳細に語ったところで、今の時点ではまだただの与太話に過ぎないのだから。
巻き戻り事に自称が変化していたので、身近な将来を予知して見せる事も叶わない。
長らく相手の信用を得る事に労力を費やした事のないアスウェルは困惑した。
どうすればいいのか。
視線を向ける。
隣で座った檸檬色の髪の少女。
ぼんやりと窓の外を眺めているレミィなら、どうするだろうかと……。
「証拠はない。だが、……信じてほしい」
なんとなくそうする気がした。
あいつは俺と違って素直な性格だからな。
「……まあ、いい。嘘にしては詳細すぎる話だからな」
アレイスターは、アスウェルの隣に座る少女を一瞥して表情を和らげた。
そうやら最初の関門は合格したようだ。
奴の先で、レミィは白い鳥……ナトラと見つめ合っている。
見た目からしてやはり波長が合いそうな一人と一羽だ。人の姿をとれれば、友達が欲しがっていたレミィの良い相手になれるだろうに。
そこまで見ていたら、アレイスターが面白がるような様子で、こちらにからかいの言葉を投げてきた。
「それに、何かを企んでいる人間がそんなにも出会ったばかりの少女の話を大切そうに語るわけがないしな。録音機があればここで再び聞かせてやりたいくらいだ。お前は、そいつに惚れているのか?」
馬鹿を言うな。
レミィは妹(予定)だ。
そう思いつつも何か余計な事まで話していないか、気になった。




