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儚き 鮮血の運命  作者: 透坂雨音
05 終焉世界のバッドエンド
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02 再起の目覚め



 それから数日経った。

 ライトは、他の周回ではアスウェルに用意されていたその客室で、考え事をしていた。


 帝国の用意した装置の場所も把握した、ボードウィンを始末し禁忌の果実からレミィを守る算段も考えた。

 ただ毒の影響は残しておく。

 レミィは実験の影響で毒に耐性ができているので平気だし、使用人達も健康的でいられるよりは少しくらい不健康の方が恩を売りやすくなるからだ。

 たまにライズとしてレミィの前に現れ、薬と称して毒物を与えていたから、そこら辺で問題は起きないだろう


 全ての準備が整った。

 後はこなすだけ。起こる悲劇からさっそうと彼女を助けてやるだけだ。






 ……。






 帝国歴1499年2月

 帝国国内の病院。


「レン姉さん、アレス兄さん……」


 肉塊となりかけたまま、目を覚まさなくなった使用人達を前に、ライトはレミィの肩を抱いて立っていた。

 ベッドの上に横たわるかろうじて人間といえるそれらに、レミィは言葉をなくしてままだ。


 マーカーは外した。大罪の器も剥がした。禁忌の果実からの追手には手を打ったし、帝国にも同様の対策をした。


 問題は全て解決。

 けれど、寄る辺をなくした少女の居場所はなくなってしまった。


「悲しいけれど、前を向いて生きて行かなくちゃいけないよ。それが彼女達の為だ。きっと治す方法だっていつか見つかるさ……」

「……」

「それまでは僕が君を支えるよ」


 依存させるように環境は整えたが、衝撃を受けすぎて愛想がなくなったのは良くなかった。やはりこれから一緒に行動する人なのだから、明るくて元気な方がいいに決まってる。もう一度やり直そうか。


 だが、また何度も方法を模索して同じ事をするのは面倒だ。


 いっその事奴隷契約を交わして、無理矢理暗示でもかけようかと思った。

 君は明るく笑って頑張らなきゃ、誰にも必要としてもらえない。……とか、そう百回くらい囁けば、何とかなるかもしれない。

 

「帝国軍の中でも、ラキリア達がいる。彼女達だって、君がそんな風にしているのは望んでいないはずだよ」


 敵対関係にある組織なのは事実だが、帝国の中の研究者ラキリアやラッシュ達とだけは、協力関係を結んでいる。大罪の器や、レミィの背景に詳しい人間とコネクションが無いと、狂気やマーカーをどうにかできなかったからだ。


「笑ってよ、レミィ。僕は君の笑った顔がみたいな。君が笑って前を向いていてくれる限り、僕は君を守ってあげるし、君の居場所になってあげる。君が孤独に押しつぶされそうになっても、肩を抱いてあげるし、決して一人にはしないから」


 優しい言葉を吐き、善良で親切なにんげんとして、精一杯の慰めを口にする。

 僕がここまでやってるんだ。

 可愛げのある所の一つや、二つくらいみせてくれたっていいだろう?

 そうじゃないと、見捨ててしまうよ?

 ……と、そんな具合に。


 だから、ほら。


 笑え。


「……はい、そうですね」


 そうして、レミィはこんな状況に不釣り合いなくらいの笑顔を作って、笑ってみせた。

 その頬を、小さな水の雫が伝う。無機質な室内灯の光をうけて、一瞬輝いたそれは、流れ星の様に虚空を落下して、白い床へと墜落していった。


 物語は書き換えられた。

 ライトが書きなおしたその歴史が、正しい(オリジナルの)歴史となったのだ。









 ――アスウェル。アスウェル。


 何度も自分に呼びかける声が聞こえる。

 長い間淀んでいた意識が浮上して良き、浮き上がっていくのを感じた。


 幼さの残る声。

 アスウェルはその声に似た誰かの声を何度も聞いている。


「目を覚まして、アスウェル。お願い。私の友達を助けて。起きて。このままじゃ、駄目なの。アスウェル!」


 体を揺すられる感覚。


「ナトラ、気の毒だが。彼はもう目を覚まさないだろう。諦めるんだ」

「嫌よ、私は二度も友達を失いたくないわ。だから……、お願い。目を覚まして……」


 涙交じりの震えた声が耳を打つ。


「ずっと、貴方達の旅を観測し続けて来た。その結末がこんな物になるなんて私は嫌なの。レミィは幸せにならなきゃ絶対にダメなのに。アスェルも、絶対に。キリヤやマドカ達の思いを叶えなきゃ、だから……」


 言葉が途切れる。

 耳を刺激していたそれが、不意に止んだのは、その場にいるであろう二人の人物以外が不意に身動きをしたからだろう。


「……ぃ」


 騒々しい、うるさい。とかすれる様な声で言葉が紡がれたと言う事実に、呼びかけていた人物が大きく息を吸った気配。


「やるべき事はたくさんあるわ。アスウェル」


 準備する事があるとその声は言う。


「巻き戻りの発生装置の時計、年月と共に劣化してしまったそれを完全に修理して、不安定だった巻き戻りの力を制御できるようにしなくちゃいけないわ」


 何だ、それは。どういう意味なのだ。

 覚えてない。

 けれど、忘れてはならない物だと言う事は。なぜか分かった。


「アスウェル一人ではなく周囲を巻き込んで力が発揮され、記憶の継承が途切れたり年数がバラバラだたりするのは、修理が完全じゃなかったのが原因なんだもの。治すのは二つよ、あなたの時計……毒姫の時計と、レミィの時計……毒姫が娘に贈った時計を」


 目を開けると、白い髪の少女が笑っている。

 声の通りに幼い。

 その顔に一瞬、誰かの顔が重なって見えたような気がした。


『アスウェルさん、おはようございます! 今日もいい天気ですよ』


 その姿が光に包まれ白い鳥へと姿を変えていく。

 間際、少女は泣き笑いのような表情で言葉を綴った。 


「難しい事は後ね。おはよう、アスウェル」


 懐かしい声を記憶の底にもう一つ蘇られながら、生き残った復讐者は、書き換えられてしまった世界の中で、再び目を覚をました。




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