01 書き換えられていく歴史
1498年1月1日
「さて、こうして巻き戻ってきたわけだけど、今度はどうしようかな」
帝国にある禁忌の果実の拠点。建物内。
ライトの視線の先には、運ばれてきたばかりの少女がいる。
檸檬色の髪の、今年で15歳になる少女が虚空へとぼうっとした視線を投げたままだ。
14歳の誕生日に攫われて、組織で組織で一年で過ごしてきた少女。
彼女は、実験の影響でなのか、見た目が変化しなくなってしまっているようだった。
帝国歴1499年には実年齢は16歳、1500年には17になるのだが、がどの世界でもレミィはあどけない顔をしたままだ。こうして保護された年からから見た目が全く変わっていない所を見ると成長が止まってしまっているように見られる。
精神年齢の方も記憶破壊の影響で実年齢にふさわしい成長が見られないし。
「まあ、だからどうだって話でもないんだけどね」
どうせ傍に置くなら、見た目が若いならそれに越した事はないくならし、精神年齢が子供っぽいなら簡単に言う事を聞かせられる。
目の前、海辺で倒れていたらしい少女は、目の前で組織に捕捉され再び牢屋に入れられている。
「不幸だね。せっかく逃げて来たのに、でもしょうがないよ。君の体には逃走防止の為のマーカーが仕組まれてるんだから。どこに逃げたって組織は追いかけていくよ」
つい先ほど、目の前にはクレファンと言う少女が入れられていたのだが、レミィがやって来たので彼女は別の所に移動されている。
彼女に手を打たれる前に、後でちゃんと殺しておかなければならい。
クレファンがこの後にしかるべき地位につくと、彼女からクルオに連絡が言って、お人よりの薬学士がアスウェルに付きまとってしまうからだ。邪見にされてばかりいるストーカーだが、あれで、あの復讐者の精神安定剤代わりになっている。後の展開を考えればここで手を打って起きたかった。
「アレイスターはまだ殺さずに泳がせておいた方がいいかな、屋敷で色々あって危機感を作った方が、僕が救ってあげた時に恩を売れるし。レミィは彼に助けさせてあげよう」
言ってる傍から、建物の外から轟音が聞こえてくる。
ライトは牢屋の前から離れる間に、そこにいる少女に一度だけ視線を投げた。
「また会おうね。レミィ」
そうだ、アスウェルは巻き戻ってくる前に殺しておかなければならない。
事情を知らない内に不意を突けば、簡単に始末できるだろうし。
帝国歴1499年 1月1日
「おい、通りで殺人事件が起きたらしいぞ」
「銃を持った若い兄ちゃんが鋭利な刃物でめった刺しにされていたらしい」
「怖いわね、一体誰がそんな事をしたのかしら」
風の町ウンディ。
風調べの祭りの準備で忙しい町中をライトは歩いていく。
クレファンはそのままで、クルオはアスウェルを補足できず、元の歴史よりもいっそう復讐だけに生きて来た彼は、巻き戻って来る前だったので、警戒される事なく簡単に始末できた。
アレイスターもふいをつかれてとっくの昔に死亡、屋敷は水晶屋敷になっているはずだ。
「さて、彼女はどこにいるかな」
最初に行く場所は決まっている。
今までの巻き戻りの中で判明した、可能性がそれなりに高い場所。
公園だ。
だが、たどり着くまでもなかった。その途中で少年は少女と出会う。
「ひゃあっ」
通りから出て来たその少女とぶつかりそうになり、ライトは少女の体が激突しないように支えてやった。
「あ……す、すみません……。ぶつかっちゃって」
頭を下げる少女は使用人服を着ている。髪の毛は檸檬色で頭には兎耳の様なリボンがついた、緑のヘアバンド。
数多の巻き戻りの中でも大人しい部類に入るだろう態度を見せる少女に、さも町に通りがかった旅人が喋る様にライトは尋ねる。
「路銀が底をついて困ってたんだ。君の屋敷の主人の護衛になりたいんだけど、取り次いでもらえないかな?」
「はい……、分かりました」
クレファンを殺してしまった関係で記憶を修復できなかったレミィだが、他人と会話が成り立つくらいにはどうにか持ちなおしているらしい。
そんな状態が影響してか前の世界からの巻き戻りの意識は、受け入れきれなかったようだ。
器が壊れかけでひび割れてるのだから、当然だろう。
気づかれないように笑みを深めながら、少女の案内に従ってライトは屋敷へと歩いていく。
町中で会話する二人を、上空から白い鳥が眺めていた。
水晶屋敷を尋ねたライトは、屋敷でボードウィンの護衛を引き受け、客人として屋敷で世話になる事になった。ボードウィンは、数年前に組織の手から生き残った少年が復讐しにやって来たのではないかと考えて泳がそうとしているようだが、アスウェルと勘違いされるのは癪なので後で誤解を解いておかねばならない。
同じ組織の人間ではあるが、皆が皆顔を知っていると言うわけではない。それと知らずに、いざこざが起きたりするのは仕方がないだろう。
柔らかな口調に、丁寧な物腰の好青年。
冗談にも寛容で、近寄りがたい所は一切ない。
屋敷に住まう者たちは少しの時間接しただけで、ライトを好ましく思うようになった。
当然だ。
そう思われるように演技しているのだから。
当然の様に、その夜開催されたれた歓迎パーティーにもライトは出席した。
ゲストをそっちのけで盛り上がる使用人達を、苦笑いしながら見つめる。
何やってるのか、と。
そこはアスウェルと全く同じ心境だろう。
開始から二時間も経てば部屋の中は、すでに出来上がった雰囲気になっていた。
ライトはその中の使用人の一人に声を掛ける。
「大変ではないですか?」
「ええ、人が来るたびにこうやって騒ぐ男性達には自重して欲しいものですわ。大忙しで困ってしまいます」
頬に手をあてて、おっとりと質問に答えるレンの腕の中には、酒の誤飲によって酔いつぶれてしまったレミィが眠っている。
「すぅ……」
起きる気配は、見る限りなさそうだ。
「子供はもう寝る時間だからな。俺が運んどく」
そこへ近づいてきた、比較的まともな状態の使用人アレス。
当然の成り行きとして、彼がレミィを部屋まで運ぶ役を申し出た。
「あらあら、可愛い妹に変な送り狼が付かないか心配だわ」
「そんな不埒な事するわけないだろ。妹分に」
「そうかしら、このあいだ盗み聞きがどうとか言っていたのは誰だったかしらね」
「あ、いやそれは言葉の綾で……」
にこやかに笑いながら牽制するレン、しどろもどろになるアレスに役目が回ってくることはおそらく永久にないだろう。
そういえば、レミィの両隣の部屋は壁が薄くなっていたのだった。
レミィの状態を観察しやすい様に、わざとそういう造りにボードウィンが改装したんだっけか。
記憶を取り戻されたら、やっかいだから警戒していたのだろう。
「なら、僕がその子を部屋へ運びますよ。任せていただけませんか? 屋敷のどこに何があるかは昼間にしっかり歩いて把握しましたから、部屋の場所を教えて頂けさえすればちゃんと送り届けましょう」
「そんな、お客様に運ばせるなんて」
遠慮の言葉を続けようとするレンをライトは遮る。
「いいんですよ、これくらい、宿とご飯のお世話のお礼ですしね、後は……理由としては、そうですね……しいて言えばこの子に一目ぼれした事くらいかな。なに、変な真似はしません、……なんてこんな事を言ったらそこの人と一緒に送り狼にされてしまうかな? とにかく、信用していただけませんか? 僕は小さな親切を働きたいだけなんです」
そんな風に言えば、近くにいた女性の使用人達が声を上げて盛り上がり始めた。
「そこまでおっしゃられるのなら。レミィをお願いしますね」
「はい、ありがとうございます」
「おい、レン。何で俺は駄目でライトは良いんだよ」
人が良いのも、度が過ぎれば愚か者だな。
小柄な少女を抱き上げて、部屋を後にする。
見送りのレンが扉を閉めれば賑やかだった部屋の音は掻き消え。屋敷の廊下には夜の静寂が満ちた。
レミィの私室へとたどり着いた後は、少女をそっとベッドへと寝かせる。
眠るレミィは、過去の夢でも見ているのかうなされているようだ。
この彼女には、巻き戻りの記憶ない。
記憶が壊れたまま修復されなかった影響だ。
今まで繰り返してきた巻き戻りの記憶を受け入れる器が、ボロボロ過ぎて使い物にならなかったのだ。
「くく……、こんな風に僕の前で無防備に眠っているなんて事知ったら、アスウェルはどんな顔をするかな? まあ、知るなんて永遠に無理だろうけれどね」
禁忌の果実に実験台にされた影響によって、色の変わってしまった髪の毛を一房、手にすくい持て遊ぶ。
「ネクトの遊びもそれなりに面白かったな」
禁忌の果実の一員として行動した際、わざと見逃した人間が他の組織に泣きく前に回収するという茶番劇の事だ。
彼等は皆、自分たちが踊らされている事も知らず、良く働いてくれた。
そうして潰した、禁忌の果実の拠点たちも元々は廃棄予定の場所だったし、向こうとしては片付ける手間がかからなくて助かった事だろう。
適当に掴ませた、構成員のリストも禁忌の果実として行動させるには邪魔になった人間ばかりだし。
だが、シナリオはそこそこ盛り上げてくれたと思う。
ヒロインの敵となる悪の組織、それに抵抗する正義の組織なんて定番だろうし。
そうそう、盛り上げと言えば、奴隷契約のタイミングはちょっと考えた。
いつだったかアスウェルとレミィが祭りに行った時、すごく良い感じになっていたから。
ああいうのは歓迎できない。
ただ偶然居合わせただけの、ちょっと悲しい過去を背負っただけの人間がこちらの所有物といい雰囲気になるなど、許せないのだ。
「浮気はいけないなぁ。君はヒロインで僕は主人公。君と言う全ては直に僕の物となるんだから」
手の中にある髪の毛を落として、眠っている少女の頬を撫でてやればわずかに身が震えたような感触が伝わって来た。




