終章 邂逅
「ここは……」
目を覚ました男、エマは見覚えのない周囲を見回し首を傾げた。
途切れる直前までの記憶を思い起こす。
野を活動する獣に傷を負わされ逃げた。
薄暗い森を駆け抜けて、その先。
確か、迷い込んだ遺跡の中に入って、気を失ったのだ。
わずかに身動きしながら、そんな状況背景を思い出していると女性の声がかかった。
「大丈夫ですか?」
声の主の方へ視線を向ける。
「倒れてたから、アスカと手当しました。おかしな所が合ったら言ってください」
灰色の髪に灰色の服を着た地味な女性だった。
遺跡の内部が暗い(それもそのはず、地下なのだから)のも相まってよく姿が見えないのも理由だろう。
明りは、手近なところにある小さな光る石のみ。
「アスカ……?」
かけられた言葉に他に誰かがいるのだろうかと、見回すが人の気配はない。
女性はその言葉の意味に気が付いて、腕をわずかに掲げて見せた。
「おいで」
「ピィ!」
正体が分かった。鳥だ。
羽ばたきと共に上空から舞い降りて来た白い鳥が、女性の腕へとまったのだ。
「私の、友達です」
「……・そうか」
と、しかこちらは言いようがない。
「白衣を着ているという事は、どこかの研究院の方なのですか?」
「……」
この女性は喋りたがりなのかもしれない。
そういう利益を生まない会話は好きではないので、こちらに返す言葉は無かった。
怪我の手当ての恩など知らない。勝手にやった事だ。頼んわけでもあるまいし、付き合ってやる義理はないだろう。
「疲れている。少し黙っててくれ」
「ごめんなさい」
慰める様に女性の肩へ移動した鳥がさえずっているが、どうでもいい事だった。
しばらく無言の時が流れるが、ふとした時女性がこちらへ話しかけてきた。
「包帯がちょっとずれてます。ごめんなさい」
またお喋りかと思ったが違ったらしい。身を寄せて、こちらに巻かれたそれを正しい位置へと直していく。
近くに寄った分だけ、暗闇に紛れて見えなかった顔が、その細部がよく見えるようになる。
地味だと思っていたが、それなりに整った様子の女性の顔は、どこか見覚えのある顔だった。
これは、研究候補として上がっているリストの一人、毒姫の顔によく似ている。
毒姫には娘がいるらしいと聞いていたが……、まさかと思った。
「名前は」
「え?」
「お前の名前は何だ」
鳥の名前を教えても、自分の名前を言っていなかった事に気が付いた女性は、はっとして答える。
「クロアディールです。私は、各地を旅している者です」
「……エマだ。エマー・シュトレヒム。職業は研究員」
「エマさんと言うんですか」
淡雪が春のぬくもりにそっと溶けていくような、そんな笑みを零した女性……クロアディールを前にしてエマは思った。
研究対象を発見したので、研究所から人をすぐに呼ばなければならないな、と。