12 逃避行の果て
クルオを医者に突き出して、宿に戻りレミィを連れ出そうとしたのだが。
留守をしている間に何故か首や手を怪我していたようだった、詳しく聞きたかたが、レミィは話さないし、すぐにそれどころではなくなった。
クルオの所へ戻ると、姿が見えなくなっていた。
奴はけが人のくせに、「信頼できる知り合いに協力してもらえるように頼んでくる」と伝言を残してどこかへと行方をくらましてしまったらしい。
こんな時に、馬鹿だろう。分かっていたが。
探し回ってうろうろしている間に、案の条。アスウェルたちは目を付けられてしまった。
帝国兵達に、なぜかレミィが魔人だとばれて追われる羽目になってしまう。
追い打ちをかける様に発生した騒動に巻き込まれて、暴徒と化した人間からも目を付けられて、もはや周囲は敵しかいなかった。
状況は圧倒的不利、向こうの方が人数は多く。しかいなかった厄介。敵なんてどこにでもいる。
逃走は長くは続かず、終わりが見えるのも時間の問題だった。
「逃走中の魔人を発見、至急応援を」
追ってくるなんて者達は増え続ける。
ただの人間はまだいい、たが軍人は厄介だった。
他の人間がいても、騒動があってもまるで見向きもしないで、こちらを最優先で追い回そうとしてくるのだから。
武器を使う事も辞さないその光景は、まるで戦争だ。
逃げるアスウェル達は、袋小路に追い込まれた。
当然、捕まってやるわけにはいかない。何があっても。
復讐ともレミィの事情とも何の関係もない人間を手にかける事に、胸が痛むのは最初だけだった。
すぐにその余裕もなくなる。
血まみれになりながら、袋小路から別の道へ逃げようとしたその先、道の先で。
そこでなんの偶然かそいつらと出会ったのだ。
「貴方達は……」
「彼の言った通り、まだここら辺をウロチョロしていたみたいね」
かつて暴走した列車の中で、死神と渡り合った貴族の少年とその使用人の少女。
そして前回、フィーアの言った頼れる仲間としてあのドールコレクターの屋敷の外で待機していた者達だ。
名前は確かラッシュとリズリィ。
しかし会ったのは、前の巻き戻りと、オリジナルの歴史のみであって、この歴史では初対面のはずだ。
それなのに、まるでこちらに何かあるとでもいうかのような反応をしてみせた。まさかクルオが?
ラッシュは手にしていた武器の構えを解いてみせる。
自分たち以外は敵だったこの状況で、そんな事をされても、アスウェルには容易に信頼して良いのか判断がつかない。
「西へ行け、スラムがある。入り組んだ構造を上手く生かせば追手を撒けるかもしれない」
「早く行きなさい。案内にナトラをつけるわ」
背中を向けて去っていくそいつらにアスウェルはどういう表情をしたのか分からない。
空から白い鳥が舞い降りて来て、アスウェル達を先導し始める。
結局はこちらから何か言葉をかけることはなく、聞く事も出来ず、状況にせかされるままその場を後にせざるをえなかった。
別の方から迫りくる人間達の気配を感じて判断する。
言われた通りの方へ向かうしかない。
けれど、所詮はただの小細工だった。
「アスウェルさん、たくさん人の声、が……」
数の力の前には個の力など及ばない。
追いついた帝国兵に早々に追い詰められ、アスウェルは地に倒れ伏した。
戦闘になって怪我を負った影響で、意識がもうろうとする。どこか体に大きな穴でも開いているのか、血が流れ出ていくのを感じる。
「目標を確保。研究所へ移送する」
目の前でレミィが、捕縛されてどこかへと連れていかれようとしている。
駄目だ、それは許しては駄目だ。
そう思うのに、思考がそれ以上続かない。頭が働かない。
景色が途切れる。ねじれていく。歪んでいく。
レミィは奴隷にされるのだろうか。
それとも、禁忌の果実と繋がり、協力する事もある奴らは実験台として扱うのか。
どちらにせよ捕まった後の末路など碌なものではないだろう。
「……っ」
アスウェルは腕を動かして銃で狙いを定める。
もう動けないと思っている帝国兵達は、とっくにアスウェルから注意をそらしていた。
あいつが壊れたまま生きる未来など、必要ない。
あいつが不幸になったまま続く世界など、必要ない。
思い返してみれば馬鹿な事だと思った。
だが、追い詰められ、視野の狭くなった俺はその方法が一番良いのだと思っていた。思い込んでいたのだ。
もしかすれば精神がつながっていることで、荒れ果てたレミィの心の良くない影響が、こちらへと及んでいたのかもしれない。以前に聞いた、大罪の狂気とかいう奴の影響かも、と。
例えそうだとしても、確かめるすべなどはなかたっが。
ただ一つ確かなのは、もうこれ以上レミィを苦しませたくはない、と心の底から思った事だ。
「レミィ。俺はお前を……」
これで終わり。
なら、さよならだ。
アスウェルは、レミィに銃の狙いを定める。
……そして、引き金を引いた。
アスウェルはその瞬間、大切な人を自分の手で殺してしまった。
その瞬間、世界から虚飾が剥がれ落ちる。
奴隷契約の影響なのか、アスウェルは自分が狂っていた事に気が付いていなかったのだ。
レミィの首に巻かれた鎖を見て気づく。
風の魔法で強引に引きちぎられた鎖の残りの上部が首に残っていた。
考えてみれば簡単ではないか。
あの、レミィが大人しく部屋で待っているはずがない。
それなのに、部屋から動こうとしなかったのはアスウェルに鎖につながれていたからだ。
それであいつはどうしていいのか分からなくて、大人しく待っているしかなかったのだ。
閉じ込めて、安全な所にしまい込んで、それで守った気になっていて、それでもそれを自覚していなかった。良い様に虚飾した景色を信じ込んでいた。
レミィの事など考えていなかった。
アスウェルは今、利己的な自分の考えで、この手にかけたのだ……。
「っ、う……ああああああああああああああああああああああああ!」
何をしてるんだ。俺は。本当に禄でもない人間だ。
ありえない。おかしい。
俺がレミィを殺す。
守ってやると約束したのに、家族になろうとそう約束したのに。
妹と同じくらいに大事に思っていたのに。
俺はあいつを救うどころか、追い詰めて、傷つけてばかりではないのか。
「あーあ、けっきょく最後まで生き残ったのか。案外しぶといんだねアスウェル」
靴音が近くから聞こえる。
ライトがそこに。
兵士はいなかった。レミィも。あいつは連れていかれたのか? いったいどこに。死体だ。殺したのに。どうして。
どこからか戦闘音が聞こえる。
別の魔人を見つけたか、境人でも現れたらしい。
「何回殺そうとしても、害虫並みの生命力を発揮してくるんだから。いい加減嫌気が差すよ」
悟った。
ああ、この周回に来た時の最初の騒動は、こいつの仕業だったのか。
アスウェルが、魔人排斥派に交じりだとばれたのも。戦闘中に物が飛んできたのも。さっきもレミィの正体が帝国兵にばれたのも。
「正解」
空に化物の姿が見える。
帝国の兵器だ。
そいつが毒をまき散らしている。
周囲に霧が立ち込めて、まだ生きていたらしい魔人の絶叫がそこかしこから響き渡る。
規模から見て、おそらく帝国兵も少なからず巻き込まれているはずだ。
ライトは笑みを深める。
「さてと、色々文句は言いたいところだけど、そろそろ死んで? またやり直すけど、けどいくら終わる世界でも、恨みを晴らしてすっきりして終えるのとそうじゃないのとじゃ、次への心構えに影響が出ちゃうからさ」
「……っ! おま、えは……」
やり直す。
そうやってこいつは何度も何度もアスウェル達より前に巻き戻って、手のひらで踊る様を眺めてあざ笑って居だのだろう。
「健気だよねぇ。部屋で襲い掛かった時に、君の両親はアスウェルの仇の禁忌の果実なんだって教えてあげたのに、それでも役に立つんだって言い張っちゃってさ。だけど結局、僕なんかに奴隷契約させられちゃって……。あはは、安心してよ。辛くするのは途中だけ。最後には、ちゃんと優しくしてあげるからさ」
「ライト……っ、殺してや、ぐ……っ」
腕を動かして標準を付けようとするも、視線を別の方に向けたまま、その腕を踏みつけられた。
「あは、まだ動けたんだ」
ライトの視線の先では、グラン・ロードの放った毒霧が迫っていた。
ここで、追わりだ。霧は到底人が逃げる事の出来ないだろう範囲に渡って広がっていく。
だが、
「邪魔するなよ」
一閃。
ライトはその霧を、剣の一振りで追い払ってしまった。
魔法でもない、ただの剣の衝撃で。
目の前のそいつこそ、正真正銘の化物だった。
剣圧なんて馬鹿げた物を、本気で使うだなんて。
「こいつは僕が殺すんだからさ」
掲げた剣をライトが笑顔でこちらに振り下ろしてきた。
例え撒き戻ったとして、俺はこいつに、勝てるのか……?
意識が寸断される。
……。
「ゼロ番の遺体の損傷は最小限で、頭部のごく一部にとどまります」
「そうか、ならば急いで処置を施せ、禁忌の果実を出し抜いて、グラン・ロードの部品にする。奴らに任せれば、生命の理を超越した最高傑作の魔人、などと言う訳の分からない存在に加工されるだけだ」
「了解しました。それと……契約システムのナトラ・フェノクラムの数値が安定しません。魔人達に施されている奴隷契約に揺らぎが生じるかもしれませんが」
「あれはただの生体パーツだ、名前など不要だろう。そっちは後に回せ」




