09 照らす光の闇
屋敷に着いたら、雰囲気がおかしくなっていた。
使用人達の姿はなく、内部は静かだ。
感じた事のある違和感。アスウェルは一瞬、慣れ慣れしい使用人達の事を思い浮かべる。
おそらくもうあいつらは手遅れだろう。
気が回らなかった、レミィを助けてもあいつらまでは……。
そこまで考えて、すぐさまそれらを振り払って歩みを再開させる。
もうここは危険地帯だ。迷いは己の身を危機にさらす事に繋がりかねない。
たとえ人ならざる身になり果てていたとしても、何としてでもボードウィンは殺さなければならない。
襲い掛かる異形の生物を打ち抜いて進んで行く。
苦労したが、殲滅した。けれど数が足りない。
三階の屋敷の奥。ボードウィンの使っていた書斎にたどり着く。生物の気配はない。
だが、以前調べた隠し扉が開いていた。そこから逃げたのか。
隠し扉を開けて、下り階段を降りる。
しばらくすると地下牢に辿り着いた。
人の気配はない。
そのまま進んで行く。
並んでいた牢の区画を通り過ぎて、その先へ。随分長い事歩いた。
森の中に通じる出入り口を発見したが、その先にも続いているようだった。
この分だと、町中にももう一つ出入り口があるのかもしれない。
胸騒ぎがした。
やがて一つの化け物の死体が目の前にあった。
「……勝手に殺されたのか」
また、仇を討てなかった。
原型をとどめないほどこなごなになって、臓物やら血肉やらをまき散らしているが、それは紛れもなくボードウィンだろう。依然見ていた時に来ていた上質な服の切れ端が、血の海の中に浮かんでいたからだ。
周囲の壁やら床には、鋭利な物できずつけられたような跡がある。
おなじような物を最近見た、屋敷のレミィの部屋でだ。
さらに進んで行く。
仇を殺した人間がいるかもしれない。
ボードウィンを殺した。ならレミィは大丈夫かもしれない。
なら、仇だ。
仇を横取りした奴を殺さなければ。
辿り着いた先。
アスウェルは足を止めた。
「嘘だ……」
嘘などではない。現実だ。
守れなかった。そして、巻き込んでしまった。
二つの影が折り重なる様にして倒れている。
フィーアとレミィだった。
何故。
何故ここにいる?
安全な所にいるはずではなかったのか。
こいつらがこんな所にいる意味が分からない。
何がどうなったらこうなる。
町の宿の、部屋の中にいるはずの二人。
偽物などではない。
「本物だよ」
声がして銃を突きつける。
影。
一人の少年がやってきて、その二人を蹴って引きはがす。
フィーアは心臓を貫かれて、死んでいた。
レミィも血だまりの中に倒れて……、動かない。
「この地下牢の出口からやって来たんだ、レミィが彼女自身の記憶を頼りにね。この通路は町の中のどこかにも繋がっているんだよ。僕はその後を見つけてつけて来たってわけさ」
鍵のかかった扉は、レミィが魔法で壊したのだろうか。
「君に伝えなきゃいけない事があるとかで、彼女は急いでたみたいだったよ」
「ライト……」
アスウェルはその少年の名前を口にする。
そこに立っていたのは、フィーア達やアスウェルを裏切った……あのライトだ。
「裏切った、なんて思っているのかい? まあ、君から見ればそうだろうね。僕が禁忌の果実に所属しているのは、君から見れば裏切りだろうね。僕にとっては仲間のつもりだったけど」
「うるさい、戯言を吐くな」
「ああ、そう。そんな事言うんだ。だったら言っちゃおうかな。君が過去へ戻って繰り返しているのは知ってるよ。でも、それ自分だけだと思ってるのかい?」
嫌な予感がした。
認めたくない。
そんな事実はありえてはならないからだ。
だが、ありえない事ではない。
特殊な人間は唯一ではない。
極めて少数なだけで、他にも同じ様な人間が存在するはずだ。
「二年前に巻き戻って色々と歴史を変えて試しながらやらせてもらったよ。中々面白い結果だった」
「……っ!」
「いつも同じじゃつまらないからね。クルオを攫って、クレファンの死体を見せればあんな事になるなんて思わなかったし、帝国軍の連中にレミィを拾わせたら軍人になるなんてびっくりしたよ」
それは、アスウェル達は自分達で足掻いているのではなく、最初からライトの手の平の上で踊らされ、利用されていただけという事なのか。
「ふざけるな……」
「僕は真面目だよ」
感情が膨れ上がる。
胃の底が煮えたぎる。
怒りで、どうにかなりそうだった。
銃を持つ手が震える、標準が乱れるとわかっていても抑えきれない。
「お前の目的は何だ。何がしたいんだ!」
こんな風に状況を変えて、こちらを翻弄して、かき乱して。
こいつの行動は最適な結果を生み出すものではない。
第三計画とやらを進める為だと考えても、その行いには無駄が多すぎた。
「禁忌の果実も気に入ってるけど、ちょっと窮屈だったからね。組織から抜けた時に、腕が良くて忠実に言う事を聞いてくれる護衛が必要だろう? 色々と弱い所とか、依存してくれる方法とか、無いかなって探してたんだよ」
「そんな事の為に……っ」
「君に言われたくないな。覚えてないとは言え、彼女を勝手にしたのは君だって同じじゃないか。自分の保身のために禁忌の果実から、彼女を連れて逃げ出したんだから」
「ふざけた事を!」
アスウェルが禁忌の果実?
そんな馬鹿な事があるか。
よりにもよってそんな奴らとアスウェルを一緒にするのか。
こいつは、許せない。
駄目だ。
禁忌の果実と……同等、いやそれ以上に。
許す事が出来なくなった。
殺さなくてはいけない。
引き金にかけた指に力をこめるが。
「そう睨まれても困るな」
「お前は……お前は……、お前だけは……」
「そんな風に僕だけ見てていいのかい? 君の友人を助けなくてさ」
ライトは近くにある牢屋の一つを示す。
そこに、クルオが倒れていた。
どうしてその存在に、今まで気が付かなかった。こいつが大人しくしているはずがない、ここにいてもおかしくはないのに。
見た所目立った傷はないようで、生きているようにも見える。
だが……。
「ほら、僕を殺してみてよ。こんな所で戦闘になったらなったら巻き込んじゃうかもしれないけど」
クルオはもう生きていないかもしれない。
フィーアも、レミィも死んだ。
巻き戻ってやり直すなら、どうなったってかまわないだろう。
だが……。
「……」
アスウェルは銃を討てなかった。
ここで切り捨てられたら、わざわざあの廃墟の水晶屋敷に戻ったりはしない。
「戦わないのかい? 残念だな」
ライトは、レミィがしたのと同じように、虚空から武器を取り出した。
「凄いだろう? 彼女は面白い発想をするよね。これは彼女のいた世界の知識で、この世界の常識を破った証なんだ。最古の魔人に弟子入りでもすればもっと強くなれたかもしれないね」
巨大な剣をアスウェルに向ける。
戦う気だ。
結局はそうなるのだろう。
アスウェルとて分かっていた事だ。
だが、それでも見捨てられなかった。
「戦えないんだったら、早急に舞台からの退場を願おう。じゃあね、名もなき登場人物さん」
ライトは剣を掲げた態勢でこちらへ向かって来ようとして……、対応できない。
奴の一手はまさに俊足、一瞬の出来事だった、アスウェルはそれに反応できず……成すすべもなく殺されるしかない。
しかし……。
「駄目、です……」
気が付いたら、目の前に少女の背中があった。
硬質な物が響く音。槍と剣がぶつかった。
アスウェルはライトに殺されるところをレミィに守られていたのだ。
生きていた?
先程までまったく動かなかったのに。
そんな事が、ありえるのだろうか。
「アスウェルさんは、殺させません」
「さすが禁忌の果実の最高傑作。人間でありながら魔人となった少女だ。死なないようにギリギリ手加減してたのに、まさか動き回れるなんて。頑丈過ぎる玩具だね」
レミィが手にしていた長槍を振るい、風の刃で相手を襲う。
次いで孟風が吹き荒れ、地下を満たした。
「アスウェルさん! 今のうちに」
「あいつは……」
「クルオさんは、あの怪我ではもう……っ」
ああ、分からないように倒れていただけでもう、殺されていたのだ。
アスウェルとレミィは友人達の亡骸を置き去りにして、その場から逃げ出すことしかできなかった。
帝国行きの軌道列車に飛び乗る。
取るのややはり個人客室だ。
レミィの顔色は悪い。
元から相当な傷を受けていた少女が、ここまでこれただけでも奇跡だろう。
帝国に着いたらすぐに医者に診せなければならない。
「寝てろ」
「でも」
怯えた様子で窓の外を見つめる少女を強引に、横にして寝かしつける。
「私……言わなきゃいけない事が、……った、かも、……なのに……」
小さく言葉をこぼして目を閉じる少女。
すぐに無防備ば表情を見せ、眠りについた。
疲れた体を休めるためにアスウェルはしばらくその様子を眺めた後、眠りについた。