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儚き 鮮血の運命  作者: 透坂雨音
04 掘削摩耗のマッド
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07 浸食



 町について拠点となる宿屋を見つけた後は、レミィを置いて人を探し回る。幸いにもすぐに友人を見つける事ができた。

 記憶は、あるようだった。表面からはどの程度あるのかは分からないが。巻き戻る前にした廃墟でのやりとりは確実に覚えているようだ。


 初日に町を歩いたときは見かけなかったのに、どこにいたのかと問えば、ウンディでから少し離れた場所にいたというのだから少し驚いた。

 時間にずれがあったり、場所が異なっていたり、便利な力ではあるがどうにも不安定のようだ。アスウェルの記憶が途切れて受け継がれなかった事があるのも。

 そういえば鍵となる時計は、修復しなければならないとか聞いた。少し前の巻き戻りで……ホールで出会った時のレミィが言っていたのだが、時計の状態と能力の発現には何か関係があるのかもしれない。


 そんな事を考えていると、身動きの気配。

 宿の一室、ベッドの上。

 屋敷から連れて来たレミィが目を覚ましたようだ。アスウェルの連れて来たクルオの存在に気づく。


「えっと僕と君は、初めましてじゃないよね?」

「……」


 ベッドにいるレミィは近くに立つアスウェルの服を握る。そいつの事を窺っているようだった。

 クルオの事はレミィも知っているはずだが、どこか以前の巻き戻りでは殺された事がある。

 簡単には打ち解けられないかもしれない。

 そんな過去があるのに、よく組織で我慢していたな、と思う。


 ある意味ひどい事をしているかもしれないが、慣れてもらわないと困るし、正直言えば悲しい。


「名前、覚えてないかな。じゃあ、もう一度。僕の名前はクルオ、クルオ・メーウィンだよ。アスウェルの友達だ。仲良くしてくれると嬉しいけど……」

「……レミィ、です」

「うん、レミィちゃん。よろしく」


 道を誤った友人を追いかけ続けているような人間だけあって、しばらく会話をすればそれなりにレミィの警戒心を解それなりに解く事ができた。

 前の時は話など碌にしてなかったから、進歩だろう。


 そんなお人よしの友人だが、レミィの面倒を見るついでに屋敷の人間まで助けようとするのだから、説得するのに骨が折れた。

 レミィの保護者役を任せなかったら、おそらくたぶん、いや絶対クルオは屋敷へ行っていただろう。


 アスウェルはさっそくそんな馬鹿な友人に、レミィの症状を説明して、意見を求める。

 だがクルオは、心当たりがあるような素振りを見せるているにも関わらず、まだ話そうとはしなかった。

 問題は一つではないし、そう簡単に答えを出せない……とも言って。


 レミィと、そしてアスウェルの簡単な身体検査などを行ってからまとめて話すと言った時には、いつかみたいに勝手に逃走させないためだろうと思った

 クルオのくせに悪知恵をつけたようだ。

 いや、アスウェルの自業自得か。


 そんな風に数日を過ごす間は、レミィの様子は前の時と比べて比較的安定していたようにも見える。

 ただ手放しでは喜べない。

 ゆっくりとだが、具合は悪くなっているのだから。






 6月10日


 そんなある日の夜、眠れないらしいレミィを連れて宿屋の屋上に出た。

 数日滞在しているこの宿屋は、主人が星の干渉を趣味にしている影響で、それなりに立派なスペースを屋上として作ったらしい。だが、アスウェルはそう言う事には興味がない。クルオが言わなかったら永遠に存在すら気づかなかった自信がある。


 星祭りの時期も重なっている為か、町中は賑やかだ。

 風調べの時と違うのは、流星がよく見れる時期を広く取り祭りの期間に定めたらしい。

 おかげで、ずっと町中が煩い。


 そんな日の中、満点の星空を眺めるレミィは、いつもよりほんの少しだけ楽しそうに見える。

 過去、星の景色の中であんな目に遭ったというのに。

 毒姫のおかげか……。


「……クルオさんは、アスウェルさんのお友達……なんですか?」

「そうだよ。僕とアスウェルは親友だ」

「羨ましいです。私には、友達がいないから……」


 星を見上げながらの、レミィのその言葉を意外に思った。

 思い返してみる。

 レミィの周囲にいたのは使用人や主人、レミィに見えるという猫、そして時々来る変な鳥だけだ。

 確かに、友人と呼べるような存在がいるようには見えなかった。


「お屋敷の皆さんは優しいですけど、でもやっぱり、友達という感じじゃ、なくて……。だから、アスウェルさん達が、うらやましいです」

「だったら、僕達じゃレミィちゃんの友達になれないかな」

「お二人は、何だか友達とは、違う感じで……」


 レミィにとっては、クルオもアスウェルの事も友達だとは思っていないようだった。


「大きくて、温かくて、頼りになる人です……」


 どちらかというと保護者よりの立場になるらしい。


 空を横切る星の光に、レミィが声を漏らす。


「あ……、お願い事しそびれちゃいました」


 落ちる星に願いをかけるなど、不吉な事だと思うのだが。


「あれ、知りませんか、流れ星が落ちる前に三回お願い事を言えたら、その願い事は……きっと叶うんです」

「へぇ、そうなのかい? 僕は知らなかったよ」


 なんだそのおおよそ実現しそうにない方法は。聞いた事がない。騙されてるんのではないのだろうか。


 冷たい夜の風が吹いて寒くなっていたら、宿の一室へと戻る。

 その後は、「破廉恥だ」とか「ふしだらだ」とか、やかましく騒ぐクルオを巻き込んで、レミィの希望により三人まとめてベッドで寝ることなった。

 宿のベッドは二つを移動させ、どうにか三人分のスペースを作り出した。

 レミィは二人の間に挟まる形で横になるのが、それが幸せそうだった。


 よく聞くやつ、親子が川の字で寝るやつみたいだと言っていた。

 どうにもあいつは快適な睡眠にこだわりがあるようだ。

 それは悪夢を見ない為に考えてそうなったのか、それとも元からなのか分からないが。






 6月14日


 そして、さらに数日が経過する。

 ここの所レミィに対して違和感を感じるようになった。

 何故か、アスウェルの名前を呼ばなくなったのだ。

 それだけではない。こちらを見るその目に、時々怯えの色が混ざるようになった。


 原因が分からない。

 クルオに対してはそんな様子は感じられないというのに。


 しかしその日、異変は分かりやすく目に見える形となって表れた。

 それは、遠くから屋敷の様子を見て、変わりがない事を確かめ帰って来た時の事だ。


「あ、お帰りアスウェル」


 扉を開けてすぐ、クルオが帰って来た自分の名前を呼んだ。

 レミィはベッドの上で眠っている。


 ここの所その小さな少女は、ずっとそうやっている時間が多くなってきている気がする。

 最近のレミィは起きてても何をするでもなく大抵ぼうっとしているのだが、ふと気が付くといつの間にか眠りについている事がよく合った。

 まさか次はそのまま目覚めないのではないか、と不安になるくらい頻繁に。


「ん……、いや……」


 見つめていると、レミィの口が開いて苦し気な様子で、言葉が発せられた。


 同時に悪夢にうなされる事も多くなっていた。

 クレファンに聞けば何か分かるかもしれないが、屋敷に近づくわけにはいかないし、適当な水場が近くにない。

 体調の悪いレミィを連れて探しに行くのは無理であるし、かといってクルオに押し付けて残すのも不安だった。


 眠るレミィに近づいていくと、気配に気づいたのかレミィが瞼を開ける。

 ぼんやりとした目線でアスウェルの方を見つめてくる。

 しかし、その視線が一瞬揺らいだ後、


「ぁ……いや……こないで」


 怯えた様子でレミィはアスウェルから体を遠ざけようとした。


「どうした」


 手を伸ばす。


「いや……、ゃ……」


 いつもならその手を受け入れ、嬉しそうにするレミィなのだが、その日は違った。

 怯えたまま逃げていく。


「やめて……こないで……」


 ベッドのシーツを振るえる白い手で掴みながら、アスウェルを見て震えながら。

 分からない。


 怯えているのか。

 なぜ?


「俺だ。分からないのか」

「いやっ!」


 近づいたアスウェルをレミィは突き飛ばした。

 まさかそんな事をされるとは思っていなかったので、踏みとどまる事が出来なかった。

 よろけたこちら隙を、猫の様に俊敏に駆け抜けてレミィが部屋から逃げ出していく。

 呆然としているとクルオの言葉が飛んできた。


「アスウェル、追いかけないと!」


 そうだ。あの状態のレミィを放っておくわけにはいかない。






 手分けをして、風の町の中を探し回った。

 雨がふりだしそうな中、もしかしたら屋敷に戻ってしまったのではないかと思いかけた頃。

 見慣れた檸檬色の髪の少女を発見した。

 見つけたのは、町の大通りの真ん中だった。

 少女の肩を抱いている人物がいる。見覚えのある姿、フィーアだった。


「あ、アンタは……」

「そいつは俺の連れだ、返してもらう」

「良いけど、何かあったの? この子すごい怯えてるみたいだけど」


 彼女は訝しそうな視線をこちらとレミィの間で交互させる。

 不信感を隠そうともしない無遠慮さ。

 うっとおしいなりにも率直だと評価していたフィーアの長所だが、今はそれが胸に刺さる。


「……っ」


 その時、レミィがこちらを見て後ずさった。

 まずい反応だ。


「そう言えばさ、町の中で聞いた話なんだけど。何でも金髪の女の子が行方不明らしいわよ。その子は屋敷で働いていたみたいなんだけど、そこに客人として来ていた茶髪の旅人も行方不明になってるって話だし……」


 見る見るうちにフィーアの瞳に剣呑な光が宿っていく。

 力量的にどうかは知らないが、心情的にこいつを敵には回したくはなかった。


「攫ったわけじゃない。俺はこいつを保護しただけだ」

「怯えてるけど?」

「急にそうなった、理由は分からない」


 我ながら説得という言葉の存在を忘却したかのような台詞だった。

 そんな言葉が通じるはずがないだろう。

 今だったら、クルオの方がもう少し上手い言いようができただろうに。


「アスウェル、アタシと話しする気ある?」

「俺は真面目だ」

「……」


 フィーアは迷うようなそぶりを見せる。

 ややあって、ため息と共に妥協案を提案してきた。


「分かった、アタシをアンタの寝城に案内してくれる? 人間の良し悪しを見抜く目に定評のあるフィーアお姉さんとしては、自分の目を疑いたくはないけど、もうちょっと疑っておいた方が良いと思って。この子の為にも、ね」



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