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儚き 鮮血の運命  作者: 透坂雨音
04 掘削摩耗のマッド
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06 星の涙



 度重なる実験の果てにレミィは人間ではなくなり魔人となった。

 影響なのか、栗色の髪が淡い金髪……檸檬色に変化している。


 ガラスケースに入れられた少女は暗闇に囲まれた自分の状況を理解できずに、ずっと泣いていた。

 涙をぬぐってやりたくても過去の映像に干渉できるはずがなかった。


 実験を終わらせたければ研究に協力しろと言われ、資料を渡されて毒物について無理矢理研究させられている少女の姿は見ていられない。自分を痛めつける為の研究を自分でやらせようなどと、非道の域を超えている。


 それで、理解できなかったのならまだしも良かった。

 けれど、皮肉な事に少女には少なくない才能が、常識を覆す柔軟な発想があった。

 記憶がなくなっても、才能を発揮した少女は加害者達に言われた通りに手のひらで踊らされ、毒の巨大生物兵器グラン・ロードの開発と、穢れのない気を集めて創り出す聖域を使った精神の治療法を考えついていた。


 しかしやがて、その場所に一人の人間が現れる。


「泣かないで……、ほら魔法を見せてあげる」


 金糸のように輝く艶やかな髪と、長い睫毛の下にある宝石の様に綺麗な紫紺の瞳、慈愛に満ちた表情を浮かべるその人間は、泣いている少女に手品を見せてやっていた。


 輝く星々を掴むような仕草をしてその手を開けば、そこには光り輝く鉱石がある。

 魔法を使って星を掴んで見せたのだと言う女性に、レミィは目を丸くして泣き止んでいた。


 悪夢にうなされ続け眠れなかった少女だが、その日からは訪問者の女の与えた星屑に囲まれ、星の海の中に浮かんだガラスケースの宝石箱の中で安らかに眠れるようになったのだ。

 

 それからもその女はたびたびレミィの元にあわられては、魔法を使ってヌイグルミやおもちゃなどを作り出していく。


 そして、レミィが実験によって犠牲になっている事を理解した時には身を張って、組織の人間達から逃がしてやっていた。


 毒姫の侵入だと叫ぶ研究員達から逃げる女と少女。だが二人はすぐに別れる事になる。


「私の愛しい娘。今度こそ、幸せに……」


 そう言って、時計を持たせた女は、レミィ……いや、その時はレインと名付けられていた少女を未来へと飛ばしたのだった。





「あいつは本当に過去から未来に飛んできた人間だったのか……」


 遥か昔の大罪人、毒姫と接点があっただけではなく、目の前には娘と呼ばれた時の光景があった。

 ラキリアに言われた時は半信半疑だったが、こうして目にしてしまったなら否定する事などできようもない。


 レミィは過去に生きていた人間だった。

 ならばこの時代にいるレミィの両親達や、禁忌の果実も同じようにやって来たのだろうか。どうやってだかは分からないが。


 たった一度の回想だと言うのに、ずいぶんと驚きの真実が明らかになってしまった物だと思う。

 あいつは想像以上に濃い人生を送っているようだ。いい意味でも、悪い意味でも。比率は皮肉な事に後者に偏るが。


「いずれはこの記憶もあいつは思い出すのか……」

「でしょうね、その為の修復と治療ですし」


 過去の再生が終わった後。空っぽのガラスケースの中では、いつの間にかレミィモドキが立っていた。


 聖域はレミィが考えたもので、巻き戻りで見た巨大生物もレミィが考えたもの……。

 クロアディールの転生体でもあり、毒姫の元娘でもあって、そして……。

 それに加えレミィの両親は過去の人間であり、今はもう生存してはいなくて……禁忌の果実の一員だった……。


「あいつに抱えきれるのか」


 治す必要があるのかと、暗に訴えかけるが、レミィモドキは首を振る。


「さあ、それを判断するのは私ではありません。けれど、これだけは分かりますよ。過去の事が分からなければレミィはずっと、苦しみ続けます」


 分からなくても良い事は世の中にはある。


「そうかもしれません。でも、どっちにしろ治さないと危ない状態だったんですから、いまさら途中でやめるなんてできませんよ。悲しませたくないと言うのなら貴方が支えてあげてください。後ろに戻る事ができないなら、前に進むしかないそうでしょう? 泣き寝入りする事を選ばずに復讐を選んで突き進んできた貴方じゃないですか」


 期待してますよ。とそう言って、レミィモドキは勝手な事を言って、心域(しんいき)での時間を終わらせた。簡単に言ってくれる。







 6月3日

 朝早く、アスウェルは部屋を出て、使用人の部屋がある区画へと向かう。

 行先はレミィの部屋だ。あの少女はこの世界ではまだ、屋敷に来てから半年ほどしかたっていないので、客の前には出させてもらえないのだ。

 だから様子を知りたければ、呼ぶか会いに行くか、出くわすかしかなかった。


 そういうわけなので、会うを選択したアスウェルは、レミィの部屋へと向かっていたのだが、その部屋の前に人だかりができているのを見て、嫌な予感がした。


「何があった」

「あ、アスウェル様、中には……」


 その中の一人、レンに尋ねるも、答えを聞くより先に部屋へと入る。

 中に踏み入ると、荒れ果てた内装が目についた。

 ありとあらゆる所が、傷つけられ、壊されていた


 前の世界で見た時よりもさらに殺風景で、置かれている物の数はうんと少なくなっていたが、その変化はなによりも目立つ。


 鋭利な何かで引き裂かれた部屋は、無残な姿をさらすだけではなく、悪趣味な模様の様に所々赤い血痕で飾り付けられていた。


 それは、部屋の住人も同じだった。


 視線を部屋の内部へ向ける。

 ベッドに腰かけた姿勢でアレスやレンに気遣われているレミィへと。


「誰が、やった」


 レミィは、傷だらけだった。

 アレスは分からないと首をふる。


 腕も、足も、顔も、どこかしこも傷だらけで、無事な所など見当たらないくらいだった。

 それらの傷には全て包帯やらが巻いて、手当されているが。

 それらが一層小柄な少女の状態を痛々しさく見せている。


「誰が、やったんだ」


 レミィにも尋ねるが、答えは返ってこなかった。


 詳しい事は彼らでさえ分からないようだった。

 ただ何者かの侵入があって、何事かが起きて、戦闘の痕跡だけが残されていて、そしてレミィは徹底的に痛めつけられて、傷つけられた事実だけがその場に残っていた。


 大した事がなかった、何て口が裂けても言えるわけがない。

 なぜなら……、

 その日を境に、レミィは笑わなくなってしまったのだから。


 アスウェルは決断した。


 世闇の中。

 闇に紛れて、虫の音もしない中、自らの足音だけを聞きながら歩いていく。


 予定通りの行動だ。

 だが、その行動を起こすのは遅すぎた。


 夜中の時間、アスウェルは眠っていたレミィを背に担いで、屋敷を出ていた。

 しばらくここには顔を出さないと決めた。


 町に出るのは危険だが、仕方ない。

 残して行く使用人達の事も気にかかるが、守ってやれない。

 アスウェル一人にはどうする事もできない事ばかりだ。


「……アスウェルさん? どこに行くんですか」


 足音か、それとも揺れで気づいたのか起きたレミィが尋ねてくる。

 背中で身じろぎする気配。


「どうして私、外にいるんですか?」

「寝てろ……」

「でも」

「大人しく寝ていてくれ」

「……」


 残るなんて言わないでくれ、と。

 アスウェルが懇願するように言えばそれ以上の言及はなく、しばらくするとレミィの寝息が背中から聞こえてきた。


 世界でたった二人だけになってしまったような、そんな錯覚を抱きながらも、虫の音一つ聞こえない耳に痛いほど静かな闇の中を、町へ向かってひたすら歩き続けた。




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