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儚き 鮮血の運命  作者: 透坂雨音
04 掘削摩耗のマッド
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05 レミィの過去



 6月2日

 次の日の夜。

 やる事はとりあえず決まっている。

 アスウェルは、レミィの私室を訪ねた。

 目的はレミィの治療だ。

 状況がリセットされたとはいえ、もともと必要だったことに変わりはないのだから行った方が良いだろうし、ラキリアの言っていた事も気になる。


 状況への打つ手はおいおい考えるとして、レミィ個人に大してなら今すぐできる事があるのが救いだった。


 レミィモドキにも言われた事だが、正規の手続きを踏んで人の心の中に訪れるという行為は……想命石(そうめいせき)を使って、人間が持っている本当の名前……真名(まな)を述べて、心を繋げる事を言うらしい。詳しい方法についてはネクトに所属していた頃にフィーアに教えてもらった。


「お前はクルオを前から……知っているんだったな」


 思い出すのは、ネクトでのレミィの態度だ。

 他のメンバーには、アスウェル達ほどではないがそれなりに会話したりする事もあったのに対して、クルオとレミィが話した事がほとんどなかった。


「はい、前ににいた世界の中の一つで知ってます。でも色々忙しい世界でしたし、怖くてあまり話とかはしませんでした。最近会った世界のクルオさんみたいな性格じゃなかったですし。あれが本当のクルオさんなんですか」

「あれが素だ」


 アスウェルから見れば武器を持って平気で人を殺せるクルオの方がおかしい。

 馬鹿な友人を放っておけなくてどこまでも追いかけてくるようなお人よしが、平気な顔をして人を傷つける様になるには、一体どれほどの事があったのか。……想像できないし、したくなかった。


 話に一段落つくと、レミィはヘアバンドをとって、部屋のベッドの中にもぞもぞと潜り込んでいく。


 そして布団を体に巻き付けて起き上がる様子は暖房器具の温かさを知った冬の猫のようだ。

 ふと、レミィだけに見える猫とやらは、今も少女には見えているのか気になった。


 思い出した記憶の中のいくつか、現実の光景の中には浮き輪をつけて宙に浮かんでいる猫の姿があった。

 朝食のパンを盗み食いしたり、町の店でショーウィンドウの内側に入り込みアスウェルに似た人形をいじり倒していたりと。


「お前の周囲をたまに飛び回っている猫は、何なんだ」

「見えるんですか?」


 というのは今もいるのか、その辺りに。

 生憎……でもないが見えない事実を首を振って伝えると、肩を落とされた。


「……アスウェルさんにも見えればいいのに。それは、ムラネコさんの事ですね。ムラネコさんは接着剤です」


 その名前はキタリカでも聞いた事はあるが。

 分かる様に喋ろ。


「あまり楽しい話ではないですよ」

「……」

「禁忌の果実に捕まった時、私の心はかなり危ないダメージを受けたみたいです」


 それはクレファンから聞いた。治療中という事も。猫は治療道具なのか。


「私はその時に奴隷契約をしたみたいですけど……あ、奴隷契約は知っていますよね。私も調べてみたんです……」


 レミィは考えながら、言葉をゆっくりと紡いでいく。

 常識が記憶にないというのはある意味残酷だ。


「奴隷契約では、まず命令の強制権がありますよね。反抗する者に、幻の痛みを与えて気力を削ぐというやり方……。そして、記憶を水晶にして、奴隷にした人の記憶を物質として抜き取ることができます。それは保管される場合もありますし廃棄される場合もあります。廃棄された場合は……元に戻る事は一生なく廃人になってしまうみたいです。こっそり勉強しました。私の知識、合ってますよね」


 その説明をさせた事をアスウェルは悔やんだ。

 レミィの表情からは、説明が合っているかどうかの不安しか感じられないが、それでもさせるべきではなかったと思った。


「言いたくないのなら、言わなくていい」

「大丈夫ですよ。アスウェルさんが傍にいてくれますから」


 レミィは平気そうな口調で説明を続けていく。

 レミィの記憶は一度砕かれたらしいが、どうやってか聖域の主のおかげでその欠片を回収する事が出来た。だからその後で、欠片を修復する為の補助みたいなものとして猫が作られたらしい。


 猫の外見がキタリカで見たようなアレなのは、レミィの内面をイメージしての事らしい。完璧だ。よくできている。


「ムラネコさんは何回か私の心の中に入った事がある人は見えるんですよ。巻き戻るとリセットされちゃいますけど」


 ということは、アスウェルも回数を重ねると聖域以外でもあの猫の姿を見る事になるらしい。

 どこかの世界では、治療に積極的だったようだ。

 悪影響もリセットされる代わりに、治療もそうなるのか。


 ともあれ、今の時点で聞きたい事はだいたい聞くことができた。

 アスウェルはレミィが座っている隣に腰かける。


「やるぞ」

「ふぁ、……ひゃい」


 お子様のくせに何を緊張しているんだと言ってやりたい。

 ゆっくりとアスウェルに近づいてきて、こちらの胸に体重をあずけてくる。小さな手でアスウェルのシャツの裾を掴みながら、小さな声で鳴いた……ではなく、喋った。


「お……お願い、します、です……」


 何か、無性に困らせたり虐めたくなった。


 雨の日に捨てられていた動物を拾い上げて、腕の中で鳴かれているようだ。

 今更だがこんな光景を見られたら、保護者共がどんな反応をするか。

 ……嵐が来そうだ。


 アスウェルがそんな事を考えているとは微塵も思いもしない様子であるレミィは、腕の中で幸せそうにしながら治療について説明してくる。


 そう言う顔は男の前で絶対見せるな。絶対に。

 アスウェルは良いのだ。兄(予定)だから。


「えっと、クレファンさんは治療と言っていたと思いますけど、その行為自体は別に治療でもなんでもないんです。互いの心を繋げて、理解を深める。そう言う感じの事みたいです。でも、使い方次第で元気になるというのは合っていますよ。心の中で行動したことは、その人の内面に反映されるみたいですから」


 しかし、逆を言えばそれは人の精神を病ませたりする事も出来るという事ではないのか。


「そういう事も不可能ではないみたいですね」


 奴隷契約の影響の様に、か。引っかかる。

 アスウェルの知っている奴隷契約は、記憶を奪って、命令を強制するものだが、もしかしたらそれ以外の事も出来たのではないか。


 あの時、レミィが倒れた時に奴隷契約の紋を確認しておくのだった。


 もしそうだった場合、問題は証拠とそれをした人間だ。

 相手は誰だ。ボードウィンか、それとも禁忌の果実の人間、ライトあたりなのか。


「心当たりですか……私の真名を知っている人はクレファンさんとムラネコさんくらいしかいませんが、私には心当たりはないです」

「そうか」


 最もレミィの性格からして、うっかりもらしてないかの不安はあるが。


 これ以上有益な情報は得られまいと考える。

 さっさと真名(まな)を使って、治療するべきだろう。


「想界領域に接続、個体識別名マツリ・イクストラへ経路を形成」

「えっと、たんまつ接続、了承です」


 マツリ・イクストラ。


 マツリ。星の塔で会た少女の名前だ。

 

 そして、イクストラ……。

 普通なら未来に乗っ取られる人物の名前が真名(まな)に出てくるはずはないのだが。


 まだ何か見逃している事があるのかもしれないな。


 その後は、アスウェルは予定通りに正式な手順とやらを踏んで、レミィの精神の中へと入った。






 そこは、アスウェルが覚えている光景とさほど変わらない場所だった。

 見渡す限りの草原に立っている。


 だが、手順とやらを踏んだ影響か、見える景色が違っていた。

 星々がきらめく夜空の中には、宙を浮遊する大地が浮かんでいる。


 大地は大きく分けて三つあり、一番大きなものは草原と森と水晶屋敷がある。アスウェルが今立っている大地だ。


 次に大きなものは離れた所に浮かんでいる潰れた家だ。

 その大地は若干低い位置にあり見下ろす形となる。


 だが底、というものが心の中にもあるのか、浮かぶ大事のずっと下……その底の方から伸びて来た無数の手が、大地を掴んで押さえつけ、底の方へと引っ張っていこうとしているように見える。

 それらの手は何となく、屋敷で見た異形化した使用人の手足を思わせる。


 反対に、一番小さな大地は、見上げた先……上空に浮いている。

 巨大なガラスケースが置かれていて、中には何やら様々な物がぎっしりと詰め込まれているようだった。


 眺めていると、レミィモドキがやって来た。


「お前は巻き戻りの事覚えているのか」

「ええ、レミィが覚えている事なら基本は。案内人が無知だったら困るでしょう?」


 確かに。

 それなら話しが早くて助かる。


「なら、ここにきた理由も分かってるな」

「当然です。ですが、治療もいいですけど、今の貴方にはちょっと見てもらいたいものがあるんですよね。基本的には貴方の行動と意思を支持しますが、どうですか?」


 そう言われたら確かめないわけにはいかないだろう。


「見せろ」

「そういうと思いました。ああ、ちょっときついと思うので見る前に覚悟してくださいね」


 レミィは上の方に浮かぶ大地を指さす。砂時計だ。


「あそこを閲覧する許可が降りたようなので、わざわざ知らせに来てあげた事をありがたく思ってください。貴方達にはその情報が必要かと思いまして。さ……どうぞ、行ってきてください」


 押しつけがましい言い方の上に態度も尊大だな。

 文句を告げる時間はない。景色が一瞬で切り替わった。

 余計な時間を使う事は好かない主義らしい。







 移動した場所はガラスケースの中だった。


 星がきらめく夜空の中に透明なガラスケースが浮かんでいる。


『それは宇宙という物ですよ。この世界の人間にはなじみのない物かもしれませんが、簡単に言えばそうですね。……月は知っているでしょう。この世界に住む貴方達が到底たどり着けやしない場所。あれくらい遠い所にある場所だと思ってください』


 レミィモドキの声だけが響く。

 手が届かないどころか、生物一匹すらいけない場所。

 そんな場所にどんな見せたいものがあるのか。

 そう思ったが、余計な事は考えずにまずは周囲を観察する。


 何もなかった。最初の方は。

 だがしばらくすれば、一人の少女が中へと運ばれてきた。


 数人の白衣を来た人間達に抱えられて。奴らはどこから来たかわからない、気が付いたら内部にいたのだ。

 少女は栗色の髪をしている、だがレミィだ。見れば分かる。

 そしてそこにいるレミィの髪は栗色だった。もとから顔立ちが見ていると思っていたが、髪の色も同じだと言うのなら、やはりマツリとよく似ていた。

 あのマツリが成長したら、こんなだっただろうと言う姿が、今目の前にいる少女だった。


「……」


 アスウェルが現実で見たのとそう年齢は変わらないようだ。気を失ったまま起きない。


 少女を置いて白衣の人間達は、どこからか次々と道具を運び入れてくる。

 少女を、レミィを実験台にするための道具だろうか。

 アスウェルは何をする事も出来ない。ここに立って見つめる事しか。


「ここは……お母さんは、お父さんは……」


 実験台に縛り付けられた状態でやがて、目を覚ますレミィ。

 白衣を来た人間達は、道具を手にして近づけていく。


「……っ」


 少女の息を呑む音とそして助けを求める叫び声。

 うすうす分かっていたが。やはり、これは過去の映像だ。

 禁忌の果実に捕らえられたレミィが忘れてしまった、過去の一部なのだろう。


 景色が切り替わる。

 ガラスケースを叩く少女。だけど、誰もその声を聞く者はいない。助けられる者も。


「助けて、出して……あたしを帰してよ」


 アスウェルはその姿に触れる事はできないのか。

 こんなに近くにいるのに。

 どうすることもできない。

 それはもう終わってしまった事なのだから。


 それからの景色は断続的に流れていく。

 奴隷契約があって、そして実験の連続。

 日が経つにつれて、レミィは弱っていく。

 瞳から光が消えていく、喋らなくなり、表情がなくなっていく、動かなくなる。

 そんなはずはないのに、このまま死んでしまうのではないかと思ったほどだ。

 いくつかの景色が切り替わった頃には、レミィはすでに擦り切れていて、記憶を失くしているようだった。


「あたしは、だれ……。なまえは……、なまえ、は……。だれか、教えて。あたしはだれなの……?」


 その中でアスウェルも知っている人間が顔を出した。

 どこかの巻き戻り、思い出した記憶の中でレミィの家族として共に暮らしていた男女だ。

 その二人は白衣を着ている。

 そして、実験台に拘束されたレミィの前に立って……。

 レミィは。


「お母さん、お父さん……」


 そう呼んだ。

 あれが?

 母親と、父親?


 見た事がある。

 アスウェルが取り戻した記憶の欠片に、同じような顔の人間がいた。

 比較的最初の方の頃の出来事で、奴らはレミィの両親として共に暮らしていたのだった。


 だが……。

 その二人がここにいる。


 レミィは記憶を失っても、両親の事だけは忘れなかった。

 それなのに……。

 その二人は……。


 レミィを、娘を傷つけるのか。

 誰かが攫って来たんじゃない。ただ両親が、娘を実験に最適な場所に連れて来ただけ、そうだというのか。


「ふざけるな」


 アスウェルは気づいたら声を出していた。

 抗議の声など意味がないと分かっていても、だ。


「ふざけるな!」


 これではまるで、あいつの両親が禁忌の果実の人間みたいではないか。

 あいつらは実の娘を実験台に使ったのか?


 家族なのに?

 血がつながっているのに?

 こんな、こんな事……。


「こんなもの、ありえてたまるか!」


 認められない。認めてはいけない。

 家族だろう。そんな事をしていいはずがない。



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