04 かけられる疑い
荒事の起きた場所からは、早々に逃げて来た。人に事情を聞かれても面倒だし、利益はない。無駄に時間を使うだけならまだしも、情勢の分からない世界で下手な行動はできなった。
その後は、屋敷にレミィを届けた。宿がとれなかったから世話になれないかと伝えると、しばらく屋敷に泊めてもらえることになった。こんな状況で敵の懐に飛び込むなど、普通なら正気の沙汰を疑うレベルの行動だろうが、仕方がなかったのだ。
騒ぎのあった町をうろつくわけにはいかないし、それでなくともレミィの意思もある。アスウェルの復讐も。因縁やら事情が多すぎた。
屋敷はすでに水晶屋敷になっていて、ボードウィンが主人だった。アレイスターは数日前に死んだらしい。ライズや、アレス、レン達も揃っている。
夜になって、何とか懇親会を辞退した後は、装置がある場所を探そうかと思ったのだが……。
「アスウェル様、お話よろしいでしょうか」
部屋に使用人のコニーが訪ねて来た。
屋敷の中でも比較的若い、厳しめの性格をした少女だ。
てっきり、アレス達に言われて諦め悪くアスウェルを誘いに来たのかと思ったが、違うのだと言う事は相手の表情を見て一目で分かった。
「当屋敷の使用人、レミィ・ラビラトリについてお尋ねしたい事があるのです」
「あいつに?」
「今日であったばかりなのに、あいつなんて呼んでいらっしゃるんですね」
「……入れ」
部屋の前で、警戒しこちらを探る様な様子で見つめてくる使用人。
彼女とそんな場所で長々と立ち話するわけにもいかないので、渋々室内に迎え入れる。
部屋にある椅子に座る様に進めるが「結構です」と、すげなく断られる。
これが普通の使用人の態度なのだろうが、ここの空気に慣れた身としては逆に落ち着かない。
レミィと同じ年頃の少女を立たせながら、話をする。
気が進まなかった。
「貴方は分からないでしょうが、今日のお昼に出かけて行った時とレミィさんの様子が変わっているんです。心当たりがあるのなら教えていただけませんでしょうか。町で何か?」
「別に、何もない」
様子が違うのは当然だ。レミィは、出かけている最中に巻き戻って来たのだから。だが、コニー達にとってそんな事は、思いもよらない事だろう。
頭の中にお花畑ができている様な能天気な連中だと思っていたが、こいつらは意外とよく同僚の事を見ていたらしい。
「本当ですか? 先日レミィさんに親しくしてくださったアレイスターさんが亡くなってから、今日までずっと悲しんでいたというのに、帰ってきたらまるでそんな事なんてなかったかのように過ごしてるんですよ。変だとは思いませんか?」
「変だろうな。だったらなんだ」
「貴方がレミィさんに何か余計な事をしたのではないですか? いいえ、貴方は今も何か良からぬ事をしようと企んでいるのではないんですか?」
「……」
色々と疑われているらしい。
この世界ではこうなるのか。
アスウェルは巻き戻って来ても身近に親しい人間がいなかったから分からなかった。
この世界に生きている人間にとっては、昨日は文字通りの昨日なのだ。
その昨日の続きである今日に、身近にいる人間が急に変わってしまったら……。おかしいと思わない方が無理な話だろう。
地続きの時間の中に未来の意識が戻ってきたなら、確かにそれは彼女らが知っている人間ではないのだから。
「レミィさんは記憶を失っていた所を屋敷の主人に保護されてきました。と言う事は、普通に考えれば記憶を失うような何かが会ったと言う事になりますよね。何かの事件に巻き込まれたり、事故にあったりなど……」
つまりコニーは、その原因となった人間がアスウェルなのではないかと、それで生存者であるレミィを追いかけて来たのではないかと疑っているのだ。
彼女については、今まで進んでこちらに話しかけてくる事がなかったので、意識した事が無かった分、反応に困った。
まったく無警戒だったのだ。
「単刀直入に聞きます。アスウェル様、貴方は何者なのですか?」
レミィを怪しんでいた世界のつけが回って来たのだろうか、今度は自分がその立場に立たされることになろうとは。
「話したくないと言うのなら良いでしょう。こちらを口止めする気もなさそうですし。私も言いふらすつもりはありません。ただ、それなら少し雑談に付き合ってもらいましょうか。使用人の皆さんは、唐突などこかの来訪者さんの話題ばかりで盛り上がっていたので、ちょうど話し相手が欲しかったところなんです」
口止め料としては安すぎるようなそんな条件を言って、コニーは口の橋だけ笑みの形にするのだった。
とんだ使用人がいたものだ。
それからは、本当に雑談だった。
屋敷の連中が能天気過ぎだとか、職務怠慢がどうだとか、使用人としての意識が足りないだとか、そんな愚痴ばかりだった。身構えていただけにアスウェルは、いったい何の意味があってそんな事を聞かされているのかと、思うしかない。
「レンさんはアレスさんに気があるんでしょうかね。お似合いな気はするんですが、ちょっと心配な組み合わせでもありますよ」
今更だが、コニーの話方は何となくレミィに似ている、とどうでもいい事を考えた。
とりとめのない話が延々と続くのだが、話が変わったのは半時くらい経った頃だろうか。
「文句と言えば、屋敷にいる『とある使用人さん』にもつきませんよ。やる気はあるんですけど、それら全部が盛大に空振りしているというか。最初の頃はお皿運びも満足にできなくて、大変でした。笑顔だけが可愛くて、唯一の取り柄な感じで」
檸檬色の頭の使用人のついての話は、アスウェルの知らないものばかりだった。
当然だろう、いくらお喋りで構われたがりな人間でも、自分の失敗を進んで話すような者はそうそういない。
「最近は失敗も減ってきてはいるんですけどね、どうにも抜けてると言いますか、何と言いますか。一つ頼み事をすれば、前に頼んだことをすっかり忘れてしまって。でも前向きにいつも頑張ってますから、叱る時も皆さん強く言えないんですよね」
あいつらしいな。
「それが毎日続くものだから、アレイスターさんもその使用人さんの事、凄く怒ってしまって、迷惑だから元の場所に捨ててくるぞなんて言ったりして」
「レミィに言ったのか、あいつがそんな事」
文句も戯言もつきない奴だったが、アスウェルを助けて一時期拾ったような状態だったあのアレイスターが、そんな事をいうとは想像できずに思わず聞いてしまっていた。
「ふふ……」
途端。
コニーは、真冬の氷を思わせる様な冷笑を浮かべた。
口元の笑みを強くし、けれど目元は変わらずにこちらを見つめる彼女は、己より弱者であるものを下に見る正確のねじくれ曲がった貴族の姿を彷彿とさせた。
「アスウェル様、どうしてそこは「ただの人が屋敷の主人みたいな事を言うんだ」と言わないんですか?」
「……っ」
はめられた、と気づいた時には遅かった。
「私は、アレイスターさんが屋敷の御主人様だったなんて一言も言ってませんよ。それなのに、どうして「捨てる」なんて屋敷の主人がいうような台詞を聞いた時におかしいと思わなかったんですか? 他にも、とある使用人がどうしてレミィさんの事だと分かったんです? 貴方は笑顔が可愛いレミィさんも、前向きなレミィさんも知らないはずですよね」
後は、話を聞いている時のアスウェル表情がどうとかも言われたが、つまりはやらかしたと言う事を述べられたのだった。
雑談は、文字通りのただの雑談などではなかったというわけだ。
「しかも、アレイスタ―様もあいつ呼ばわりですか。貴方が何を目指しているのか知りませんけど、向いてませんよそれ」
放っておけ。
「さてと、それじゃあクレファンさんの所に行きましょうか。あの人なら、私でも分からない事が分かりそうですし」
だが、行き先が鉄格子の内側だとか、屋敷の知主人が部屋でない事に驚いた。
他にも、聖域を知っている事や、行けるのか、と言う事にも。
「知ってるのは、まあこの町に来る前に通って来たので……。行けるのかって、行けるに決まってるじゃないですか。クレファンさんの話だと、他の機能はまだ使えないようですけど、行くだけでしたら可能ですし」
聞いてない。
レミィがうっかりしていたのか、混乱していたのか、ただ治療の事を気にしてるだけだと思ってのか、分からないが、説明する時は今度はもっと詳しく言うように言っておかなければ。
コニーには他にも色々尋ねたい事が山ほどあったのだが、アスウェルの話に応えることなく先導して進んで行っていしまう。
「貴方は黙っていた方が得な人ですね」
余計なお世話だ。
講堂に着くと、地下の禊ぎ場に澄んだ水が張られていた。だが、すぐに使えなくなってしまうだろうと聞いた。
何でもアレイスターが生きていた頃は定期的に張り替えていたらしいが、今の屋敷の主人が許可を出さないからだとか。
周囲を見回すが、薄暗くてよく見えない。
「じゃあ行ってきて、ジャッジをくだされて来て下さい」
聖域を裁判所代わりに使うな。
手を振るコニー自身は、聖域へは行かないようだった。
こちらが見つめる意味に気づいたのか、コニーはにこりと笑いながら言葉を発する。
「私はアスウェル様みたいに、心がアレわけなわけではありませんから。何度も行けないのです」
「……人を、重症患者のように言うな」
「いやですね。何を勘違いしたんですか? 私は、ただアレと言っただけですよ」
「…………」
アスウェルが言えた事ではないが、性格が悪い。
この少女とは、根本的なところで相性が合わない気がする。
そんなまったく心の温まらないやりとりを終えた後、アスウェルは通算何度目になるか分からない聖域へと赴くのだった。年も話し方もにているのに、何故にあんなにレミィと性格が違うのだろうか。
そんなわけで、聖域で想像主と会い、レミィの事を言って治療の準備に発破をかけて来た後は、想命石をもらったり、コニーにしか通じない合言葉をもらったりして、また講堂の地下へと帰って来た。
前の世界でのレミィの体調不良の件については、何か思う所があるらしかったが、教えてはもらえなかった。
「収穫なし、と言った情けない顔で戻ってきましたけど。どうでしたか?」
聖域がらみで思い出したが、コニーの性格はレミィモドキに似ているなと思った。
あれが、本体であるレミィを守るために発露した敵対心の態度ならば、コニーもそうなのだろうか。
「あいつに、聖域の創造主に言えと言われた「随分前に破いたリボンを治した事は、渡された人は本当は嬉しく思っていた」だそうだ」
「そうですか……」
伝言を聞いたコニーは一瞬だけ思考に沈んで、切り替えた。
「良かったですね。アスウェル様は、無事に明日もこのお屋敷にいられそうです」
あの台詞の何が、アスウェルがレミィの敵でない証明になったのか本当に分からない。
「はぁ、察してくださいよ。そう言う大切な伝言を預けるって言う事の意味を。……あれは、ずいぶん前に仲が悪かった友人と色々あった時の事ですから」
呆れたように言うコニーは、この話は終わりだと言わんばかりに背中を向ける。
そういうものなのか。
どちらにせよ個人的な事情で、アスウェルには関わりのない世界の話しだろう。
念の為に、そのあと禊場や講堂をざっと見回ってみるが、例の装置らしきものは見当たらなかった。