03 情勢の変化
レミィが呼吸を整えるのを傍で見守りながら待っていると、周囲を人が囲み始めた。
「いたぞ、聞いた通りの特徴、交じりだ。排除しろ。近くに魔人もいるんじゃないか? 気を付けろ!」
見覚えがある顔ばかりだ。
前の巻き戻りで、ホールを占拠した奴らと同じ連中だった。
だが、奴らの視線はレミィではなくアスウェルに向けられているようで、目的もアスウェル一人だけのようだ。
見た目からして、違いがあるわけではないのに、交じりだとばれるとはどういうことか、フィーアにも告げていないのに。いや、あいつなら持ち前の観察眼で察していてもおかしくはないが。
ふと、思った事をレミィに尋ねる。
「情勢が変化することはあるか?」
「魔人弾圧の気勢が高まってる事はあります、たまにですけど」
これも差異か。奇妙な事この上ないな。
それよりも今はこの状況だ。
何とかしなければ。
周囲を見回すと、いくつもの視線と合った。
巻き込まれないように離れていく市民らの視線だ。
それらはみな、薄気味悪い物でも見る様な物ばかりだ。
そう、しばらく忘れていたが、いつだって身分がばれれば彼らの反応はこうなるのだ。
変わらなかったのは、クルオや、今はもう穴だらけの記憶の中であるレミィを含める屋敷の使用人達だけだ。なぜ話す事になったのか記憶が欠落していて分からないが。
「気を付けろ、あの交じりは銃を持っている。一気に懐に入って倒せ」
「っ!」
武器の情報まで持っているのか。
一斉に距離を詰められる。
「人間のくせに、毒姫の毒に耐性なんか持ちやがって、この異常者め」
生きている事が異常か……。
幼い頃にアスウェルはちょっとした事故でその毒を吸い込んだのだが、境人にならずに生き残っている。
交じりへの弾圧は、時として異能を使う魔人より厳しくなることもあった。
どこも見て分かる違いが無いのに、理解できない所があると言うだけで人は残酷になれる。
そこに、狂人化に怯える不安や、やっかみもまじり、さらに拍車をかけるのだろう。
「……っ、アスウェルさんにひどい事言わないでっ。近寄らないでくださいっ」
そいつらをまとめてレミィが魔法で吹っ飛ばそうとするが、体調が悪いのが尾を引いているらしく。不発に終わった。
「来るな!」
判断を下す。レミィの正体はばれていない。なら放置しておいた方が安全だろう。
アスウェルはそこから離れて、距離をとる。
泥臭いケンカでこちらを攻めてこようとする相手連中は、銃を手にした相手との攻防もわきまえているようで、常に距離を詰めようとしてくる。アスウェルはそれに銃を使って牽制したかったが、近くにはいまだに多くの人がいる。ここで銃を使えば、当たってしまいかねなかった。
構うものか、手のひらを簡単に返すような関係ない人間などまとめて打ち抜いてしまえばいい、などと一瞬だけ思うが自重する。
良かったとしてもそれは面倒だ。
境人でもないのに一般市民を殺してしまったら後々の活動に支障が出てしまうし、数少ない知り合いに顔向けができなくなる。
そんな事を考えていると、ふいに……。
「――!」
背後から迫りくる強烈な殺気に体が動いていた、目前に迫っていたのは飛来する看板。
身を屈めてやり過ごすと、轟音を立て向こう側へと転がって行く。
危なかった。今のが当たっていたら中途半端なひき肉になっていた。
とても人の真似とは思えないそれは、境人の仕業なのだろうか。
離れた所に暴れ狂う巨躯が見えた。やはりか、こんな時に。
いくら考えていたからと言っても、呼んだわけでもないのに出てくるとは……。
だが、それに気を取られている場合ではない。
トラブルが起きたからと諦めてくれるような可愛げのある連中なら良いが。
「うらあっ」
そうでないからこんな犯罪行為に手を染めているのだろう。
「アスウェルさん!」
「風が……っ、こいつ魔人だぞ」
横合いからの強襲をレミィが長槍で牽制。風の魔法が敵の目をくらませた。
逃げていればいいのに、来るのかやっぱり。
しかも、魔法まで使って。
目と手が増えるのは助かるが、大人しくしていて欲しかった。
「気をつけてください。見せかけてましたが、さっきの看板の……境人さんの攻撃じゃないです」
「確かか?」
「はい」
背中を合わせて警戒する。
建物でも壊していればいいものを、どんな心境の変化なのか境人がわざわざこちらへ向かってくるのが見えた。
いや、レミィの目に先程の攻撃に黒幕がいるように見えたのなら、そいつがアスウェル達に境人の狙いが向くよう仕向けたのかもしれない。
いい迷惑だ。こちらは二人だというのに。
「適材適所、生憎と敵に囲まれるのは慣れてます、これくらいちょろいですよ。ゴーです」
さっきまでへたっていた人間が何を言うか。
レミィは猛然と動き出す。
背後をたまに確認する限りは大丈夫そうだ。
思ったより滑らかに動いているようで、危機に陥るような様子はなかった。
これまでも何度もこうして戦ってきた事が分かる。
レミィと共にこうして立っていると、妙に安心できた。
冷静に考えれば、年端も行かない少女に背中を守られるのは、微妙な心地になりもするのだが。
「人払い? 結界? みたいなものかな。これだけの騒ぎがあったのに、人がいなくなってます。皆、もうこちらの方を気にする素振りがみえませんね。それに治安を担う方たちも来ません」
結界? なんだそれは。
「よく分かりません、たぶん昔の私は知ってるみたいですけど」
記憶はないままで浮かんできた言葉ということか。
だが、言わんとする事は分かる。
これだけの騒ぎがあって人がまったく、来ないと言うのも変だ。それに、。周辺に少なからずいた野次馬の様な連中もいなくなってしまっている。
どうなっている。
「たまにあるんですよ。禁忌の果実か、誰かが介入してきてるんだと思いますけど」
こんな日常から見張られてるのは、たまったものではないな。
だが、周囲に配慮するというのは解せない。
配慮しているようで、何か違う目的でもあるのだろうか。
さっき看板を飛ばしてきた人物と同一人物だと仮定すれば、射線上に邪魔な存在が入らないようにしたとか……。
そんな風にしていると、相手はまたこの間と同じような手を使って来た。
失念していた。
連中はそう言う人間だった。
一体いつから捕まえていたんだ。
ここに来る前か。用心深いことだ。
「このガキがどうなってもいいのか!?」
「ひっ、うわぁぁん」
人質に少年だ。
レミィも、さすがにそれでは手出しはできない。
背後でしていた戦闘音が止む。
「失せろ。邪魔だ」
相手にしたいた境人にトドメを刺して振り返る。
「おい……魔人排斥派、交じりが……魔人が憎いのか」
とにかく時間を稼がなければ。
「あ? テメェ、口の利き方に気を付けろ、そうだよ。お前達は生きてちゃいけない人間なんだよ。大人しく俺達に粛清されてくれりゃいいってのに、でしゃばって権利を主張しやがって。」
「おまえらの戯言は常つね理解できないと思っていた。何がそんなに気にくわない」
どうせこんな事をしている連中は実物を良く知りもしないで、声高に叫んでいるだけだ。
交じりがどうのなんて知らないが、例えばレミィ。
あいつが何をした。
過去はどうか知らないが、あいつは生きているだけで否定されなければならない人間なのか。
普通に生きて笑っている事さえも許されない存在なのか。
「ああ、そうだ」
気が付いたら口に出ていたらしい。
「当たり前だろーが」
アスウェルの言葉に大して男が肯定する。
「魔人は俺たち人間とは違うんだ、異常なものを排除して何が悪い」
「違う事が悪だと言うんですか」
気が付けばレミィが、こちらの横に立っていた。
時間稼ぎはもう大丈夫らしい。
「そんなの当然な事です。違う人がいる事は、普通です。同じでなきゃいけないなんて考える方が変ですよ。世界に同じ人ばかりなんて、そんなのそっちの方がおかしいじゃないですか」
アスウェルは銃を天へと向ける。
相手を標準するでもない動作だが、これで十分だった。
一瞬の間の後。発っした銃弾が男を貫いていた。
ミラージュ改。
レミィが気づかれないように空中に固定していた公園の残骸に、銃弾を反射させたのだ。
「私が言う事でもないですけど、貴方はもっと、たくさんの人の事を知るべきですよね。種族とか血とか関係なしに、人は簡単に何にだってなれるんですから。それこそ、悪魔でも神様でも、死神でもです」