02 確認
話を変える意味も含めて、他に気になる事を尋ねる。
「お前はファージ現象の事も、巻き戻りの言葉も理論も知っているのか」
「はい、一応は。帝国軍に身を置いていた事もありましたから、ラッシュさんやリズリィさん、ラキリアさん達と一緒に働いてたんですよ」
「……」
難しい理論は知ってるのに、常識は覚えられなかったのか。
想像できない。
軍服を着ると言うよりは着られていると言った方がしっくりくる人間だというのに。
魔人の身分は隠していたのだろう。隠しきれたかどうかは知らないが。
そもそもそんな組織なんかにいて、やっていけたのだろうか。
「何か今、失礼な事を考えられているような気がします」
気にするな。いつもの事だ。
「少し喉が乾きました。ちょっといいですか」
何をするのかと思えば、近くで早くに組み上がったらしい祭り用の出店で、作業している同業者向けに商売し始めている奴から、飲み物を買いに行く様だった。
「座ってろ」
「ひゃう……」
アスウェルは立ち上がろうとしたレミィの額を指で弾いて座らせ、代わりに買ってくる。
買って来た飲み物を差し出すと、アスウェルが向かった露店を見つめながらレミィが呟いた。
「何度か一年以上前に戻ってきた事もあるんですけど、あの店、前はありませんでした」
一口飲んだレミィが、財布を出そうとしてどこにやったのか探しながら話すが、何だかオチが見えた気がした。
「差異か」
「はい、たまこんな風に違う事が起こるんですよ。何でかは分かりませんけど」
そうこうしているうちに会話に気を取られて財布の事を忘れたレミィだが、水分を補給する事は忘れなかったようで、容器を定期的にちびちびと口に運んでいる。変な所で器用な奴だ。
今更だが、6月とはいえそれなりに気温があるのに、何でこんな所でぼーっと座ってたのだろう。
巻き戻りしたのがこの地点だったというのは、あるのだろうが。だったらどこかの日陰でもさっさと移動していれば良かったのに。他の使用人と待ち合わせているかもしれないと待っていたのか、それともアスウェルが来るかもしれないと、思ったのか……。
「アスウェルさん?」
「何でもない」
「そうですか? ……巻き戻ってきてすぐ、差異が目につく事が良くあるんです。私達の行動が影響を与えて歴史を変えたわけではないんでしょうから、不思議ですよね」
こればかりは専門家ではないので、どういう理屈でそうなるのかはアスウェルにだって分からない。
そんな世界の謎よりも、今はもっと気にしなければならない事が他にある。
敵は、レミィを実験台にしようとしている禁忌の果実で、屋敷を根城にしている。その抵抗勢力を装った同じ組織であるネクトも気を付けなければならない。そして、屋敷の使用人たちの異形化も考えなければならないし、少し前の巻き戻りで見た帝国の巨大兵器も気になる。
問題は山のようにあるのだ。
なのに立ち向かうのはたった二人。眩暈がしてきそうだ。
レミィはアスウェルが忘れた後もずっと一人でそんな事に抗い続けて来たのか……。
「お前は屋敷で起こる事についてどう思う?」
「分かりません、どうしてあんな事を起こすのか分からないんです。毒も雷光も、異形化の理由も……。関係者の口封じにしては手間がかかりすぎていますし、何の為にしているのか」
毒や雷光の事も知っているらしい。
雷光と異形化の事はともかく、あれはオリジナルの歴史だけの事ではないのか。
やはりこちらが覚えていない所で、色々あったのか。
「でも、異形化は対策が取れます。巻き戻りごとにランダムに配置される発生装置のようなもの……トリガーが必要な事は分かってるんです。あれは自然に起きる事ではありませんから。あとは細かな変動はあれど、大体は巻き戻りから1499年の1月最後くらいに起きているぐらいですね、それ以上は……」
そんな事を会話していると思い出す事があった。
「前回お前は屋敷にいた時、窓から何者かに攫われた。犯人の顔は見ているか」
「あ、それは実は窓からじゃないんです。ボードウィン様の私室にある資料棚の所に隠し通路があって、そこから地下へ……。犯人は、顔は見えなかったんですけど、今思えばライトさんだったと思います」
地下か……、あの時気が付いていれば……。
その場所に着いての手がかりはレミィと敵対しそうになった巻き戻りの時の記憶にある。
森の中にあった秘密の入り口から地下へ侵入した時の事だ。
あれは、ひょっとしたら屋敷に繋がっていたのではないか。
もっと早く思い出せていれば……。
「お前から見てボードウィンはどう思う」
「やっぱり、屋敷の異常の発生には関わっていると思いますが、あの人が何か大きな事に関わるなんてできません。異形化が起きた時も、切り捨てられてましたから」
肉塊になって襲って来た化物の中にボードウィンもいたかもしれないのか。
だからと言って純粋な被害者である使用人たちと同じように同情する気は、まったく無いが。
なら、これ以上ボードウィンを調べても意味はないんじゃないだろうか。
今まで屋敷に固執してきたが、得られるものが無いと言うのなら……。
しかし、そんな思考を読み取ったようにレミィが口を挟む。
「屋敷は離れません。レン姉さん達を見捨てたくないですから」
そう言うだろうな。
結局またあの屋敷に行くしかないのか。
装置を見つけて異形化を防ぎ、ボードウィンをふん縛るしかない。
ライトの方も警戒して、出来れば帝国の方にも気をまわしながら。
自分がもう一人か二人欲しくなってくる。
「強くて頼りになる知り合いの人が他にいっぱいいればいいんですけど、ラッシュさん達との縁は作るのが難しいですし……」
クルオは荒事などできないし、お人よしなので巻き込みたくない。
フィーアはどうだろうか、最後に助けてもらったとはいえネクトの組織にいた身だ。素直に手を借りられるだろうか。
そうして考えに没頭しかけた瞬間だった。
「っ……」
レミィがその場に膝をつく。
表情を、様子を窺う。苦しそうだが見た目からでは何も分からない。
「どうした」
「何でも……ないです」
何でもないわけあるか。
こんなところで悠長に話していて良いわけがなかったのかもしれない。
「医者の所に……」
いや、それより聖域か?
「あの場所は、聖域はどうやって行っている」
屋敷に滞在している間レミィがどこから聖域に向かっているか分かれば、そこに向かえばいいだけの話なのだが。
「あ、駄目なんです。聖域は今日まだ……クレファンさんが立場に就いたばかりで準備が大変なので、行けません」
あの女はもとからあの庭園の主ではなかったらしい。
聖域の創造主に後継者制があるなど聞いてない。
「なら……」
どうすればいいのか、とそう悩みながらレミィの腕を掴んで立ち上がらせれば、レミィは息を整えて調子を戻していた。
「大丈夫、です。体の状態は前の状態からリセットされて、元に戻ってますから……今のはただの過去の分の、禁忌の果実にいた時の後遺症で」
そうか。一年前と半年前に戻ったというのなら、あの原因不明の体の異常はなかったことになるのか。
だが、とアスウェルはレミィを見つめる。
その表情には誤魔化し様のない疲労が窺える。
記憶はなかった事にはならないのだ。
不安に思った事があると言う記憶が悪影響を及ぼさないわけがない。
レミィは、前の世界で何を考えていて、どんな状態だったのかも全て覚えているのだから
結局レミィがなぜあんな風に思い詰めてしまったのか、分からないままだ。
これでいいのだろうか。