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儚き 鮮血の運命  作者: 透坂雨音
04 掘削摩耗のマッド
42/79

01 帝国歴1498年6月1日



 帝国歴???年 ???


「戻れた、のか……」


 アスウェルが立っていたのは風の町だった。

 廃墟の屋敷でも、聖域でもない。

 だがまた戻る事が出来た、……と取りあえずは周囲の景色の変貌に安堵する。


 イクストラに殺される前、時計が光ったような気がした。

 現状を好意的に受け止め、結果だけを見るなら、アスウェルは巻き戻ってこれたのだろう。


 ふと、懐にある時計が光っているのに気が付いた。

 けれど、手にすればそれはすぐに消えてしまう。

 今のは移動した力の残滓のようなものだったのだろうか。

 

 レミィの持っていた時計は毒姫の形見だと言われていたが、この時計にも何かあるのかもしれない。


 周囲のウンディの町を見まわす。

 見慣れた光景、祭りの準備に活気づき浮ついた町の空気があった。


「……」


 アスウェルは公園へと走る。

 

 何の為に。

 当然あの少女に会うためにだ。


 もう誰かに傷つけさるわけにはいかない。

 誰かに連れていかれる様なことにもしない。


 誰かの悪意にさらされない為なら、どんな事でもアスウェルはするだろう。

 たとえそれがレミィが望まない事でも。

 たとえそれがレミィを悲しませる事になっても……。


 ……?


 何を考えているのだろうか。


 本末転倒にも近い状況を脳裏に描いていた事に違和感を感じつつも、捜す足は止めない。

 やがてその内に、心の中の違和感は消えてなくなってしまった。


 アスウェルは記憶の通りの道順をなぞって、公園に辿り着くのだが、しかしレミィの姿が見当たらない。


 そうだ、巻き戻り事に微妙に違う事が起きているのだった。

 前回は、ホールでレミィと出会って魔人排斥派の起こしたいざこざに巻き込まれていた。他の時も、帝国にいたり、巻き戻りの月日が変わっていたり。


 ふと思いついた事を考えて、いてもいられなくなった。

 怪しまれる事を承知で通行人にある事を尋ねる。

 今日の日付は。今はいつなのか。


 今は本当に一年前なのだろうか……?


 質問をぶつけた町の住人らしき男は、困惑しながら言葉を返してくる。


「何を言っているんだい? 風調べの祭りならもっと後、半年後だよ。これは星祭りの準備さ。風調べほど有名ではないけどね、毎年六月のこの時期にウンディで行っているんだよ」


 帝国歴1498年 6月1日。


 アスウェルが巻き戻って来たのは、一年と半年も過去の世界だった。








 レミィが見つからない。

 屋敷へ向かおうと悩んだ、護衛の依頼は出ていない。

 この状況で向かえば怪しまれるのは目に見えている。


 いや、時期を考えればまだアレイスターが生きている可能性もない事ではない。

 とにかく向かってみるしかなさそうだった。


 だが、辿り着くまでもなかった。

 レミィはいた。


 屋敷へと向かうまでの通りの道に。

 祭りの準備なのか、多くの出店の組み立て作業が脇で進んでいる。

 

 その隅の方。祭り用に置かれたらしい簡素な造りのベンチに、檸檬色の髪の少女が座って周囲をキョロキョロと見まわしていた。


 近くには女が一人立っている。

 珍しい深緑の髪をした、二十になるかそこらの女だ。

 格好は見世物に出てくる踊り子が着る様なもの。

 フィーアだった。


「何をしている」

「アスウェル。そんな怖い顔しないでよ。私はこの子が具合悪そうにしてたから声をかけてただけよ」


 怖い顔などした覚えはないはずだが、焦っていたのと混乱していたのが表情に出ていたのかもしれない。


「全くアンタはこの子の兄貴か何かなの? ちょっかいなんてかけてないから安心して頂戴」


 反応からして巻き戻りの記憶はないようだ。

 なら、記憶を保持しているのはあの屋敷にいたクルオと、アスウェルだけか。


 希少人間であるアスウェルは分かる。だがクルオはどうして覚えていられたのだろうか。今更ながらに疑問に思う。それを言えばレミィもおかしいが。


 フィーアはこちらを頭のてっぺんからつま先まで見るなり、レミィに視線をやってまたこちらを見つめてきた。


「アンタがこの子の保護者であってる? なら任せても大丈夫そうね。冷たい奴だけど、なんだかんだ言って友人に追いかけられて困るくらいには良い奴なんだし」


 あの事か。

 前に一度クルオから逃げるために、借りを作った事がある。

 共に逃げる時に駆け落ちみたいだとか騒いでいて、忘れたくても忘れられない嫌な思い出になったのだ。

 フィーアはそのことを忘れていなかったらしい。忘れ去って欲しかったが。


 そこでレミィがようやく、こちらに言葉をかけてきた。


「アスウェルさん……? どうしてここに……。そんな、この時期に町には……」


 そんな風に、言って信じられないといった表情でだ。


「レミィ・ラビラトリ」


 目の前にいるのは本物だ。

 正真正銘、間違いなくアスウェルの知っているレミィだ。

 イクストラだのというよく分からない存在ではない。

 この分なら、おそらく死神でいた時の事も覚えていないのだろう。

 人を殺した事も……。

 その事に安堵する。


「もしかして、思い出して……」


 レミィは初対面にも関わらずこちらの名前を呼んだ。そして思い出したのか? と聞いた。

 ということは、やはりお前もなのか。


 考えてみれば当然だ。

 過去の記憶の中ではそうだったし、アスウェルが忘れてしまってからもレミィはたびたびそんな様な事を口にしていたのだから。


「よく分かんないけど、混み入った話があるみたいね。じゃあアタシの役目もこれで御免って事よね」


 放置して忘れていたフィーアの声を聞いて、アスウェルは状況を察する。

 どうやらこいつは、体調の悪そうなレミィに余計な人間がちょっかいをかけないようについていてくれたらしい。


「助かった」

「ん、別にいーわよ。話せて楽しかったし。良かったわね、レミィ。じゃね。また悪い奴に目を付けられないように、そこの目つきの悪そうな王子様に守ってもらうのよ」

「お、王子様? あ、ありがとうございます。フィーアさん」


 去っていくフィーアを見送る。

 今度会ったら色々言われそうだが、恩があるのは事実なので無下にはできない。面倒な事になりそうだ。


 残されたアスウェルはレミィに尋ねる。


「お前は、本当に覚えているのか。今までの事を」


 今までに繰り返した巻き戻りの時間の出来事を、とそう尋ねれば小さな頷きが返ってくる。


「はい、でも……」


 レミィは口ごもる。無言で先を促すと、レミィは観念したように口を開いた。


「アスウェルさんが覚えているだなんて、どうして。そんな事。最近は……」


 その言い方だと、アスウェルはもう何度も巻き戻った事を、忘れている事になる。

 思い出せていない物がおそらくまだあるのだろう。

 蘇った記憶はそれを証明する様に穴だらけだった。


 レミィはアスウェルの覚えていない部分も含めて全て覚えている、という事になるのだろうか。


「お前は何度目か覚えているのか」

「……、数えるのは止めちゃいました。諦めた時に。だから正確な数字は分かりません。さすがに……アスウェルさんの歳のちょっと上ぐらいかと、思いますけど」


 お子様のくせに、珍しく頭を使った言い方をするな。

 ともあれ、一つの事に時間を悠長に使っている場合でもない。聞かねばならない事は他にもある。


「前回は……ライトは裏切ったのか」


 ネクトの拠点から、どこへ連れていかれてどうなった。

 そんな風に聞けるわけもなく、遠回しな質問になった。

 レミィは悲しそうに首を縦に振る。


「私、待っていたのは……お母さんとお父さんじゃありませんでした。知らない人達で……」


 ライトに連れていかれたのは禁忌の果実の拠点だった。

 そこで部屋に通され、レミィの記憶はそこで途切れているらしい。


「私、あの場所知ってます、一番最初、帝国で……逃げた後に捕まった時の建物……。私、あそこにいたんだって、思い出しました。ライトさんは……ネクトの人ですけど、禁忌の果実の組織の一人、敵だったんですね」


 顔をしかめる。

 レミィも、仲間だと思って一度信じた人間に裏切られたのだ。

 ショックでないわけはないだろう。


「私のお母さんとお父さん、他の世界では生きてた事もあったけど、ほとんど再会できてません。巻き戻って生きて会ったのは一度だけです。本物のお母さんとお父さんは、ライトさんがいつも……どうにかしてしまっんいるんでしょうか」


 ラキリアが言った事を鵜呑みにするなら、レミィは過去の人間と言う事で、本当の両親はもう生きてはいな事になるのだが……。いくら何でも、いきなりそんな眉つば物の話を信じたりはできない。


 ラキリアの話を否定するのは若干心苦しくはあるが、レミィの両親は生きて存在している、と仮定して考えるならば……。


 ライト。あいつが禁忌の果実だというのなら、レミィを連れ戻すための交渉カードとして生きていた両親を見つけ出し目をつけて、利用していたのかもしれない。血の繋がっている彼らをレミィの代わりに実験台にと思ったのか。考えたくはないが。それが自然だろう。


 アスウェルの記憶の中にかろうじて存在するレミィの両親の記憶、それを掘り起こす、それがレミィが前の世界であった人間でないのなら、本物ではない証拠になるだろう。


「レミィ、偽物のそいつらの特徴は覚えているか」

「それが……すみません。よく覚えてないんです」

「そうか」


 ……いや、待て。

 何かおかしいのではないか?


「レミィ、お前は殺された両親の復讐をしたいと言ったな。前の世界で」

「え? はい言いましたけど……」


 より強くレミィの正体を疑っていたもう一つ前の世界でも、盗み聞きした時にこいつはそんなような事を言っていたではないか。

 だが、レミィは順番に考えて行けば、それよりも前の世界で両親と再会している……。

 

「生きていたんだろう」

「何を言っているんですか? アスウェルさん。私の両親は殺されてますよ」

「……?」


 なんだ。この会話は。

 何か致命的な部分がかみ合っていないような。気持ち悪さがこみあげてくる。


「わたしのお母さんとお父さんは殺されたんです。あいつらのせいで」


 語るレミィの表情を。あどけない顔を塗りつぶす憎悪の色を。怒りの激情を。

 アスウェルは見た事がある。


「どこにいても許さない。必ず仇を討ってやる。たとえどんな相手でも……」


 殺してあげます。と言われた。

 レミィと敵対しそうになった世界で。


 今ならその意味が分かる。過去の世界から元の世界へ戻れと、忘れて生きろと言う意味なのだろう。


 だが、あの時の言葉は本気だった。

 何かあれば本気でアスウェルを殺すと、そういうつもりで言っていたのだ。


「誕生日だった。ケンカしてて仲直りする日だったのに。お祭りに行って、ケーキを食べて、パーティーをして、なのに、なのに……っ、命令よって、付いてきなさいって、殺されて、でも生きてるから良かったって思って、夢だっんだたって、そんははず、なくてっ……」

「レミィ、落ち着け。もういい」

「あ、……」


 不安定だとライズに言われた事を思い出す。

 矛盾はその影響なのかもしれない。


 宥める様に頭をそっとなでてやれば、先程まであった感情の色が消え去っていく。


「アスウェルさん、無理だって分かってますけど……でも、もう私の事忘れないでください」


 一人は嫌なんです。とそう寂しげに呟かれる。

 それに自信を持って頷けたら、どんなに良い事だろうか。



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