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儚き 鮮血の運命  作者: 透坂雨音
03 鳴動喪失のハピネス
38/79

20 歩みの軌跡



 ありえない。

 全てがあり得ない。


 レミィの姿を模した人形がここにいる事も、

 その人形が動き出すのも、

 そいつがレミィの声で感情のない声を出しているのも

 そいつがレミィの姿で全く躊躇いなく人を殺すのも。


「まったく、煩くてかなわないわ。私は体力を温存しなくちゃ活動できないのに。依り代の質はいいけど、あの金髪、こっちの扱いが粗末すぎるわよ。眠っている間に、こいつの小汚い手で扱われているかと思うと虫唾が走る」


 死んだ人間に対して文句を言いながらそいつはこちらに向けて槍を振るう。


 アスウェルは下がる。

 だが相手は容赦しない。


「今の避けたの? ならただの有象無象ではないのね、貴方。申し遅れましたが私の名前は槍使いのイクストラよ、よろしく」


 槍が振るわれる。

 アスウェルは反撃できない。

 思考が追いつかなかった。

 目の前の光景が、状況が、わけが分からない。


 そこに影が踊り込んだ。

 フィーアだった。

 傷だらけだ。


「アスウェル、逃げなさい。ライトが裏切ったのよ! クルオはたぶんあいつに殺されたの。レミィだって、帝国に売り渡されて、奴らに使われた後はこんな……死神にされちゃったのよ!」


 レミィの槍を、フィーアは自らの武器の曲刀で受ける。

 向かい合うレミィそっくりのそいつを見て彼女は表情を歪め、背後にいるアスウェルへ叫んだ。


「外に仲間がいるから、そいつを頼って! あいつ等なら絶対信用できるから!」


 何がどうなっているのかまるで分からない。

 いや、分からないのは最初からだ。

 過去に飛ばされた意味も。ライトが裏切った理由も。

 いや、もっと前から。なぜ俺が、家族を殺されなければ無ければならなかったのかも。


 戦闘はあっけなく終わる。

 実力が違い過ぎた。

 ほどなくしてフィーアが殺された。

 レミィが殺したからだ。違うあいつはレミィではない。死神だ。


 アスウェルはそいつを殺そうとしたが殺せなかったから逃げた。

 外で待っている人間達と合流する。その顔には見覚えがあった。

 軌道列車で乗り合わせた貴族の少年と使用人の少女だった。確かラッシュとリズリィだったか。


「相手の方が上手だな、スコット隊長は……」

「トト隊長なら店の方よ。ナトラに行かせたわ」

「間に合わない、だろうな。この先の道は覚えてるか?」


 ちゃんと聞いておかなければいけないはずなのに、会話が耳に入ってこない。

 レミィが敵になった。ならどうすればいい。

 違う。あれはレミィではない。だがレミィの体だ。

 元に戻るのか。あんな風にされたのに。

 無理なのだとしたら……。


 アスウェルにはどうすればいいか分からなかった。


 逃げて、帝国の中を走り回って。

 だが、そこでイクストラに追いつかれた。


「逃げるのね? だったら逃がさない」


 それからは何がどうなったのかアスウェルは詳しく覚えていない。

 どうやって逃げ延びたのかとか、どこをどう逃げて来たのかとか、そんなことは記憶されなかった。ただ、分かるのは……。


 魔人の多いスラムに逃げ込んだアスウェル達は、あまりにも禍々しいそれを目にした事だけ。


 それは悪だった。存在そのものが。

 この世界にあってはならない異物だと一目見て、そう直感した。


 空を覆うような悪魔、巨大な怪物、破壊神。


 紫の胞子を全身に纏い、コウモリの様な羽を広げて飛ぶその化け物は、こちらに向かって、咢を広げ死の瘴気を放った。


 ありとあらゆる毒物を煮詰めて掛け合わせたようなそれは、一瞬にして、スラムを取り囲みそして、たった数秒にしてそこにいた魔人や市民達を全滅させてしまった。











 立ち上がれ、そして目覚めろ。

 やり直すために。救うために。

 助けたいと思ったあの少女の元へ、また戻る為にも。

 運命を書き換えろ。




 声が、聞こえる。

 通り過ぎて来た世界から。

 遥か過去から届いた自分の声が。


 ……。

 思い出した。

 全部。最初から。

 始まりからの記憶を。


 オリジナルの世界。

 アスウェルは列車事故の後、まだ生きていた。そこで偶然通りがかったクルオに助けられ風の町に辿り着いて、そして廃墟となった水晶屋敷目で死んでいたのだ。


 ようやくそれを、思い出した。


 ウンディの町の宿で意識を取り戻したアスウェルは、部屋を抜け出した。それを知ったクルオが追ってきて二人で廃墟の屋敷に立っていた。


『宿で安静にしてろといっただろ。君は、まだ動いちゃ駄目なんだ』


 けれど、そこでアスウェルは……、しつこくこちらに構って来ようとするクルオを銃で撃ったのだ。


『俺の邪魔をする奴は殺す』


 殺す。

 本気でそのつもりで。


 日ごろからうっとおしいと思ていたが、殺意なんて抱いていなかったはずなのに。

 アスウェルは己の内から湧き上がる感情に抵抗することなく、クルオの四肢を打ち抜いて、動けなくしていた。急所こそ狙わなかったものの、負わせたのは大怪我。血を流し続ければ死んでしまうものだった。


 そうして、平然と屋敷を調べ続けた自分は、碌に情報を得る事も出来ずにいて、辿り着いたボードウィンの部屋で、そいつと出会った。奴隷契約で空っぽになったレミィではなく、イクストラと名乗ったレミィに。悪意を向けられ、武器を向けられ、戦闘になってそして殺された。


 そして、二年前の風の町へと巻き戻ったのだ。


 一年前ではなく。






 一番最初の、本当の巻き戻り。


 アスウェルは帝国にある禁忌の果実の拠点に侵入し、レミィを助けていた。

 その後、どういう風の吹き回しか自分でも聞きたい事だが、アスウェルはレミィを己の妹にして保護者を気取り各地を連れまわしたのだったか。


 どうかしていると思うが、組織が噛んでいる以上下手な所に預けるわけにもいかず、妹を重ねていた事もあって俺は前向きではなかったが後ろ向きでもなく、レミィの面倒を見ていたようだった。

 レミィ目当てで追ってくる組織の人間を容赦なくそいつの目の前で叩きつぶして、情報も手に入って良い事だとそんな事を考えながら。


 様々な場所に足をのばした。ウンディやキタリカだけでなく、他の国もたくさん。だがやはり復讐を止める事はせずに、最後に軌道列車の事故に巻き込まれて、命を落とした。



 そして、二度目の巻き戻り。


 次にレミィと再会したのは二年前の過去でなく、一年前の過去の帝国だった。


 あいつは組織に捕まることなく、両親と名乗る貴族の人間の下で普通の生活を送っていた。

 アスウェルは、巻き戻りの記憶を覚えていたが、レミィは覚えていないのだと思ってしばらくすれ違ったまま日々を送っていたのだったか。


 けれど、レミィが帝国兵に狙われる事件に巻き込まれた事がきっかけで、再び交流を持つ事になったのだ。


 家族に黙って旅に出る事にしたレミィとケンカしたりして、最終的にはまた一番最初の時みたいな形に落ち着いて、けれど次の日には、そのレミィが行方不明になってしまう。

 再会したのは、それから大分経った後で、帝国貴族の奴隷にされていた。

 アスウェルはその貴族に殺されたのだったか。


 次の過去は、何を間違ったのか妙な世界だった。

 二年前ではなく一年前の帝国で、レミィはネクトの一員となっていて。アスウェルもそこに入っている。二人共これまでの巻き戻りの記憶は保有していた。


 だが、クルオもその組織にいたのには驚いた。奴は武器を持っていて戦っていたのだから猶更だ。それだけではなく、アスウェルの復讐に賛同していて人殺しにも躊躇わなかった。


 クルオは禁忌の果実に捕まってしまったらしい。死にはしなかったものの、そこから逃げ出したクルオは変わってしまった。組織にいるあいつはレミィの素性を怪しんでいて、陰でレミィと奴隷契約をしていた。アスウェルの妹の悲惨な最後を見届けた事をこちらに伝えた後に、レミィを殺してしまったのだ。


 その次はそんなおかしな世界ではなかった。一年前で風の町からのスタート、記憶はいつも通りあった。周囲の状況も物騒なものではなかった。だが、レミィの状況だけがおかしかった。あいつはアスウェルとは明らかに違う回数を、何度も巻き戻った後で、精神に異常をきたしていた。


 水晶屋敷の連中を物のように見つめて日々を過ごし、ただ淡々と最後の日に化け物と化してしまった彼らを始末していく様子は見ていられなかった。


 何度目になるか。

 ある巻き戻りでは、レミィが敵と協力していた事があった。

 レミィはこれまでに何度も禁忌の果実に捕まり、帝国兵に狙われ、そして屋敷の人間達の異形化を防げないできた。

 その度にレミィはどんな勢力に狙われても、魔人としての力なのか手加減されているのか死ぬことはなく、必ず最後には敵に捕らわれてしまう。


 そんな未来に嫌気がさしたレミィは敵と手を組むことを選び、己の苦痛を最小限にとどめる事にしたのだ。

 アスウェルはそんなレミィと戦って、言葉をかけて説得し……。未来の幸せを諦めるなとそう言って……。二人で戦い続ける事を約束した。


『俺は何があっても絶対に忘れない。お前と一緒に戦い続けてやる』


 二人で戦い、そして幸福を得るために永劫の日々を抜け出そうと、そう約束を交わしたのだったが……。


 それなのに――。


 アスウェルはその時を境に、巻き戻りの記憶を全て失くしてしまったのだ。

 レミィ一人に、全てを背負わせたままで。




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