19 人形と死神
数日後。
結局ライト達を説得する事はできず、レミィはそいつらと暮らす事になった。
組織から姿が消えて、数か月経つ。
過去に巻き戻ってからそろそろ半年が経つ頃、元の時間からは半年前くらいになろうという時期だ。
アスウェルの日常は特に変わりがない。レミィがいなくなった事以外は。
変わった事はクルオが組織に入ったことぐらいだろう。馬鹿かと思った。
そんな日々の合間に思うのはレミィの事だ。
生きていたという両親のもとに引き取られていって、今頃は普通の生活を送っているはずの少女。
元気にやっているのだろうか。
これで良かったのかと悩まない日はない。
結果的に約束を反故にするような事をして。
幸せにやっているのならそれでいい。
せめてその姿を一目見れたら区切りがつくだろうに。
だが、予想に反してレミィがどこにいるかは教えられなかった。
4月20日
その日、アスウェルはライトや仲間に何も言わずに禁忌の果実の人間について調べていた。
事の成り行きは、クルオが何も言わずに姿を消した事だった。
フィーア達が探したが見つからない。
クルオが開いていた店の関係者らしい人間、確かスコットとかいう奴が来たが、姿を見かけていないと言ったのだから、そちらにも戻っていないのだろう。
失踪する直前、あいつはレミィについて何か気づいたようだったが、そんな事実では手掛かりにはならなかった。
ともかく、そんな事があったわけだからアスウェルは気が立っていたのだ。
だからその日はいつものように数人で、ではなく誰にも言わずに一人で行動する事にした。
禁忌の果実に関わりがあると疑われる一人の貴族の下へと潜り込む。
金持ちの屋敷の中。
「私のコレクションに興味がおありとは、貴方はなかなか価値が分かるようだ」
ドールコレクターを自称する金持ちの懐に、同じ趣味を持ちコレクションに興味を持つ旅の者としてアスウェルは潜り込んでいた。
収集された人形とやらを見せてもらうために、アスウェルは金持ちの男と共に保管庫へと向かった。
「最近とても良い品が手に入ったんですよ、まるで生きているかのように精巧な人形がねぇ」
興味ない。
「もちろん、人間ではありませんよ。動きも喋りもしませんからねえ。いやはや最近の職人は素晴らしいものを作りなさる」
どうでもいい。
自慢話を適当に聞き流し、案内されたのは薄暗い部屋だった。
人形が日光で痛まないようにと、窓はない部屋らしかった。そんな事心底どうでもいいが。
「いま、明りをつけますね」
金持ちの男が部屋の明かりをつけていく。
「……これは」
薄気味悪い。
少しづつ明かりの灯っていく薄暗い部屋に、何千体とある物言わぬ人形。
そしてそれらの人形の横に、ガラスの筒に入れられた液体が並ぶ。
その中に浮かんでいる物は…………。
脳?
横に置いてある赤い液体の詰まった箱は何か。
まさか血液?
レプリカか?
そう思うが光景の異様さが、アスウェルの想像を拒絶する。
本物だろうか。
そんな馬鹿な、薄気味悪い空間に充てられて突拍子もない事を考えるにも程がある。
人形が嫌いだと前にレミィが言っていた。
なまじ人間に似た見た目をしているせいか、物言わぬ様子を見ていると薄気味悪く感じてしまうのだと。
使用人から聞いて、レミィからいつか聞いた言葉なのだが、その気持ちが少し分かったような気がした。
「ふふ、素晴らしいでしょう。世界各地を周って集めた品なのですよ。こうして中身も作ってそれらしく飾っていると、まるで人間を剥製にした様だと思えません?」
アスウェルの反応を勘違いしたらしい男が、自慢話を続けながら部屋の奥へと案内する。
はっきり言って、その人形がどれだけ素晴らしかろうと今のアスウェルにはどうでもいい事だ。
それでも付き合っているのは、気分を良くした本人から、禁忌の果実について口を滑らせないか様子を見る事、実力行使に及ぶ前に相手の情報をできるだけ得たかったからだ。
「ああ、これです、これです。どうですか、素晴らしいでしょう。他の者も良いですが、これは別格です。まるで本物の人間の少女の様で」
だが……。
冷静でいられたのはそこまでだ。
「……レミィ…………?」
目を疑った。
あるはずのないもの。
こんな所にいるはずのない人間。
見間違えるはずがない。檸檬色の髪をした少女、レミィ・ラビラトリがそこにいた。
アスウェルは手を伸ばす。
冷たかった。だが……。
その姿はまるで、ただ眠っているかのようだ。
「こいつは……何だ」
人形だと言う。
冷たい。けれどスウェルの手は人間のそれと全く同じ感覚を脳に伝えてくる。
何故。
何故だ。
あいつがなぜこんな所にいる?
レミィは、本当の両親の下で幸せに普通の暮らしをしているんじゃなかったのか?
これは本物なのか?
それとも……偽物?
「とあるツテから頂いたものでしてね、何でも、この人形を持っていると幸運が舞いこんでくるとか、ドールコレクターの間では有名な品なのですよ。わざわざ手を尽くして譲っていただいたかいがありました。実際、凄いですよ。うちで結婚を望んでいる使用人が、式を挙げましたし、もう一人は芸術家を目指していて賞をとったくらいですから」
そんな事はどうでもいい。
こいつはこんな所で展示されて見世物にされていいものじゃない。
「こいつはお前らが愛でていい人形じゃない」
傍に在るものが目に入った。
筒に入った液体、そこに浮かんだ歪んだぶよぶよした球体。
赤黒く染まった液体。
その隣にあるのは白い……骨の欠片……。
見た事がある。
アスウェルはこれと同じ物をどこかで見た事がある。
中身を繰りぬかれて、剥製にされて、良い見本の様に飾り物にされて、死者の尊厳を踏みにじられ蹂躙された家族の……妹の姿を。
アスウェルの知らないどこかで見た事があった。
『ああ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!』
脳内で響き渡る絶叫。アスウェルの叫び声。
確かに見たのだ。
この世界ではないどこかで、禁忌の果実の建物に侵入したときに。
人形のように飾られている妹……クレファンを。その隣にある、クレファンの中身だったものを。
このアスウェルは知らない。
けれど別のアスウェルは知っている。
クレファンも、レミィも同じだった。
目の前のこいつは、…………………………………………本物 (レミィ)だ。
アスウェルはその男に銃を突きつけた。
何だ、一体何が起こっている。
何でこんな事になるんだ。
禁忌の果実か。
あいつらがクレファンを、レミィをこんな風にしたのか。
……何故。
……何故だ!
何故!!
「な、一体何のつもりで」
「言え! お前にこの人形……レミィを渡したのは誰だ。そいつについて洗いざらい知っている事を……」
感情の赴くままに怒りの声を上げる。
その背後で、何かが動き出す気配がした。
銃口を突き付けられている男が信じられないといった顔をする。
「そんな、なぜ人形が……」
アスウェルは振り返る。
そこには、元いた位置から一歩踏み出した位置で、こちらを見つめるレミィの姿があった。
「ごちゃごちゃとうるさいわね」
「生きていたのか……?」
違う。
ありえない。
そんなはずはない。
頬にはうっすらと赤みがさしている。先程の人形のように白い顔ではない。血が通った表情だ。その様子はまるで生きているかのようだった。
「だれ?」
レミィは邪魔な虫けらでも見るような視線をアスウェルへと向ける。
「誰でもいいけど、とりあえず死になさい」
レミィは何もない所から槍を取り出して、それを突き出した。
「ひぎっ」
そしてそれで一切の容赦なく
アスウェルの近くにいた男を殺した。