18 過去からの手がかり
レミィの両親が見つかった。
奇跡的に生きていたのを、ライトが調べて見つけたらしい。
良い事のはずなのに、何故か喜べない。
あいつにはアスウェル達がいる様な場所以外の居場所が必要だ。
それは分かっている。だが……。
そうだとしたら、約束は……。
「ライトさんのばかっ。お別れなんて絶対に嫌ですっ、嫌ですったら嫌ですっ!」
「そうは言ってもね、レミィ。彼等の気持ちだって考えてくれないかい」
レミィは駄々をこねて、毎日のようにライトと言い争っているらしい。
家族と会える事に不満はないようだったが、こっちと別れる事には納得できていないようだった。
このままの調子だレミィの方の分が悪いようだった。
家族がいるなら家族の元で過ごすべき、その意見にはフィーアを含める他の組織の者達がほぼ賛成していて、説得にかかっていたからだ。
「私だって戦えます。皆さんのお役に立ちたいですし、立てます。復讐だってしなきゃです。だって傷つけられた事と引き裂かれた事には変わりないじゃないですか。させてくださいっ」
本音を言えば、レミィの肩を持ってやりたい。
なぜならアスウェルも、レミィと同じ意見だからだ。
だが、生きている家族との幸せを捨ててまでアスウェルと来るのは、本当にレミィの為になるのだろうかと考えてしまう。
4月6日
そういうわけで、流れは一応レミィと家族が暮らす方向に傾きながらも、今日も組織の拠点では言い争いが続くのだった。
禁忌の果実に狙われているだろうレミィ達なので、ネクトとそこにいる者達との縁が完全に切れるわけでもないが、そんな事より自分だけ安全な場所にいるのが耐えられないようだった。
そんな時にアスウェルはフィーアに誘われて、帝国軍にいるという知り合いに引き合わされる事になった。
しかし、元々そのつもりだったらしいフィーアは、大量の紙袋を抱えて歩き、帝国国内にあるスラムを抜けて目的地へと向かう途中で道草をし始めた。
「いいじゃない。ちょっとくらい。ここにはあたしが世話してあげた子がたくさんいるんだから、お土産配ってあげなきゃいけないのよ」
そう言って、魔人たちが隠れ住む場所をで一か所ずつ訪れては、頼まれていたらしいものを配て周っていく。
フィーアはアスウェルの知る限りでは人間だと思っているが、魔人への偏見は無いのだろうか。
「あー、そう言うのは。同じ釜の飯を食って育てば、とっくの昔に卒業しちゃうわよ。魔人も人間も皆変わらないじゃない。むしろ比べたがる連中の方が分かんないわよ。悪い奴も良い奴も、種族とかそんなの関係ないのにね」
子供の頃からスラムで、魔人に交ざって生きてきたフィーアにとっては、魔人は忌むべき者などではなく身近なものだったらしい。
「だから、あたしは。魔人の子供達が生きていけるように、自分のできる事を探して情報屋をやってるってわけ……」
「……」
何も考えずに、スリルがありそうだとかそう言う理由でやってるかと思った。本当に。
魔人や人間の知り合い達に見送られて手を振り返すフィーアの表情はまったくいつも通りで、装いは完璧だった。そんな風に考えていた事など、聞かされなかったら永遠に分からなかっただろう。
「顔に出てるわよ失礼ね。見かけによらず分かりやすいんだから。まったくあんたってほんとしょーもない男よね。良いのは顔だけだわ」
「顔は誉めるのか」
「そこ、食いつくとこ!? ち、違うわよ。別に。今のは言葉の綾に決まってるでしょ!」
しかし、こうまで身近な人間の内心の気づいていなかった面を目の当たりにすると、アスウェルと言う人間はかなり鈍くできているのかもしれない、とそう思えて来る。
そんなやり取りをした後、目的地である使われていない店の中に訪れると、待ち合わせの人物がほどなくしてやってきた。二、三年上になるだろう、女性だ。
くすんだ赤い長髪を無造作に、後ろに束ねていた人物。風貌は理知的だ。動作少なく静かに佇む様子は、悪く言えば冷たい印象を、よく言えば合理的な印象を人に与える。
「ラキリアか」
「久しぶりだね、アスウェル」
「何だ、アンタ達知り合いだったの?」
目の前で気だるげな雰囲気を纏いながら喋るその人間の名は、ラキリア。
アスウェルも世話になった事のある人間だ。
視線をずらせば、その肩にはどこかで見たような白い鳥が乗っていた。
まさか、こいつがレミィの元に通っている鳥の主人か?
「まあ、そんなようなものだ」
「お前があいつの文通相手だったのか……」
「うん? 文通しているのはこの鳥だぞ?」
運んでいるのはそうだろうがな。
知ってる顔どころじゃない縁に脱力しそうになる。
一体どこで知り合ってどんな内容をやり取りしていたのだろうか。
「アタシの知り合いがアンタの知り合いだったなんて面白い偶然ね。ところでラキリア、軍にいるラッシュとリズリィは元気にしてる?」
「ああ、よくやってるよ」
「あたしが直々に目にかけてお世話してあげた子達だもの。そうじゃないと困るわ」
その二つの名前にも聞き覚えがあるのだが、どうなっているこの世界。
もう少し広大だと思っていたのだが、アレイスターとレミィの件もある。イントディールは意外と狭くできているのかもしれない。
「ところで、君の方だが」
フィーアとラキリアがニ、三事の世間話を交わした間、時間は有限だと言わんばかりにラキリアはこちらに向き直り、前置きを挟むことなく本題に入ってきた。
彼女はそう言う人間だ。
不合理な事が嫌いなわけではないが、行動すれば合理的になってしまう。
人によってはつまらないと評される事もあるらしいが、アスウェルとしては好感の持てる性格だった。
「記憶喪失であって、しかしレミィが常識に欠落しているその説明が聞きたい……だったか?」
「いや、それはもう見当がついている」
奴隷契約についての事を話せば、同じような事を推測していたようでラキリアからも頷きが返って来た。
「ふむ、記憶の破壊か……。まあ可能性の一つであるが、それがもっとも有力だろうね」
「そうか」
ラキリアは息を吐いて、腕を組んで目を閉じる。そういう仕草をする時は、彼女が深く考え事をしている時の証拠だ。
そう言う挙動を見ると、世話になっていた時の懐かしさが込み上げてくる。
昔から大して変わらない性格だったが、あの時の荒れたアスウェルを良く気にかけてくれたものだと思う。あの頃はもっとずっとわがままで、普通の子供だったのに。
「他にも気になる事があるのだが、良いだろうか。この事を君に話したいが為にフィーアには、この場を作ってもらった。内容はレミィと言う少女についての事。保護者を自任する君に聞いて置いて欲しくてね」
そんなようなものかもしれないが、自任はしてない。
「今から話す事は、私が独自に調査して判明した事だ」
突拍子もない事を言う、と彼女は始めに断りを入れてから続きを述べた。
表情を全く変えずに。
今現在は、帝国軍の内部で働いていて、期待の研究者として尽力しているらしいが、そんな彼女から一体どんな内容が飛出してくるのか。
「レミィ・レビラトリ。彼女は、歴史上の人物……毒姫の娘クロアディールの転生体だ」
「え……何それ、どこから来た話なの」
「……」
身構えてはいたが、やはり突拍子もない。
転生、と来たか。
意味もない事を言う人間ではないし、悪戯心のあるような人ではないから、こちらも耳を塞ぐような事はしないが、それにしても突拍子がなさすぎるだろう。
フィーアの方を見る。
彼女も同じような事を思っているようで、耳を疑っているようだ。
転生云々はともかく、世界を危機的状況に追いやった大罪人に娘がいたとは。
誰も知らないその新事実はどこから来たのやら。
「帝国ではそう眉唾な話ではないよ。噂なら前々からあった。だが確証を得たのは、君達がネクトの活動で調べた、禁忌の果実の資料からだ」
連中の資料を、帝国軍に渡していたのか。
同僚へと視線を向ければ、当たり前の事だろうにと反応が返ってくる。
「取り合ってくれるのがラキリアだけだから、結果的に一人だけなんだけど……そうするのは当然の事でしょ? 自己満足の為の組織じゃないのよ。心配しなくてもちゃんと写しはネクトにもあるわ」
思いっきり自己満足の為だけに活動していたアスウェルに、そう言った事柄についてとやかく言う筋合いはないだろう。
「続けるよ、いいかい? 資料にはこうあった。ニエで生み出された毒姫の娘……クロアディールは、当時禁忌の果実によって捕まり、有名な大罪に筆頭しうる大罪……副大罪のその器なるものにするべく実験台とされ、研究されていた」
「……」
「そして帝国歴300年、クロアディールの死亡した後、研究は一時凍結されたのだが、転生体の発見によって研究は再開。それが帝国歴1000年の出来事だと資料にある」
それがレミィの話とどう繋がるのか、ここではまだ分からない。
こちらに立つ二人を見つめながらも、ラキリアの視線はどこか遠くに向けられたまま、話は止まることなく続けられていく。
「その当時にどこからか連れ去られてきたらしい少女の存在が記録にある。フィーアが運んできた禁忌の果実の資料と、その当時に活動していたとあるレジスタンス活動記録に。そしてその捕らわれた少女は禁忌の果実による実験の末、記憶を失ってしまうが、毒姫によってかの組織の元から逃がされた。推測になるが、未来へ飛ばしたのだろう。アスウェルの様に過去へ飛べる人間がいるなら、未来にだって行けるさ。そして再び、帝国歴1500年、禁忌の果実は転生体再発見、……の記録をつける」
身近にいた人間は、実は前世は歴史の重要人物だったと言われても面食らうだけだ。
しかも。レミィは過去から五百年後のこの時代に飛んできた、と言うのか?
証拠は?
「300年に捕まったクロアディール、そして1000年に禁忌の果実によってどこからかどこからか捕らえられたた少女レイン、1500年に再び捕まったらいい転生体再発見と記されたレミィには、一貫して同じ識別番号が振られている。ゼロ番だ。他の実験体で、同じ番号をふられた者はいないよ。それに…」
「……」
「副大罪の器の研究記録が、クロアディール、レイン、レミィの三者とも驚くほど似たようなデータであるんだ。聞いた事ぐらいあるだろう。絵本や物語にも載るような七つの罪。それほどのものの研究なら、レミィが狙われ続ける理由になる。ある程度自由を与えて観察しているのもその特殊性ゆえだろう」
確かにそう考えればつじつまがある。
禁忌の果実がレミィを使い潰さずに、逃げられても殺さず、治療まで受けさせ手元に置いて観察し続ける理由が。
そうして考えれば話の筋は通るし、多くの事に説明はつく。
けれど、それだけで考えるにはまだ何かが弱いと言わざるを得なかった。
こじつけの域を出ない。
アスウェルが納得するにはもっと揺るぎのない証拠が欲しいところだ。
「まあ、最初から信じてもらえるだなどと思ってはいないよ。確認作業はおそらくこれからになるだろうし、私は君に事前学習をしただけだ。納得できるまで考えればいい」
己の考えを絶対的に正しいと思うことなく、相手の判断にゆだねる姿勢のラキリア。
そんな所も、アスウェルが好ましいと思得る点だ。
これが他の人間だったら、話を聞こうとすらしなかっただろう。
と、難しい話題だと思ったのか途中から暇そうにしていたフィーアとラキリアは目線を合わせる。
「焦らずともいいさ、確認する方法は他にもあるのだからね」
そんな短いやり取りに、何を求められているか分かったらしいフィーアは、己の胸を叩いて、首を縦に振ってみせた。
「分かったわ、共鳴契約の事は後で説明して置く。こいつったら真名も使わずに相手の中に入ってんのよ、無茶苦茶だわ」
「それは珍しいな。それほど仲良しなんだろうさ」
問題は、とラキリアはこちらへ戻す。
虚空に視線を投げ掛けて考え込み、アスウェルの方は見ないままなのだが、それが自然体だと言う事は分かっていた。
記憶のまま変わっていないのなら、ラキリアはアスウェルに何も取り繕っていない事になるだろう。
「先に述べた三者が同一人物。そう仮定した場合、研究途中の副大罪の器をどうやってレミィから剥がすか問題だな。それがある限り、彼女は狙われ続けるのだから何とかしなければいけないだろう。なら……」
と、彼女は己の肩にいる鳥を指し示して、述べる。
動物だと言う事を忘れそうになるくらい大人しくしていた鳥が、初めて大きく動いて羽を広げて見せた。
「近いうちに帝国群の研究所に来てほしい。私達ならそれを何とかできる可能性があるからな」
そのやりとりはまるで、その鳥も頼りになる仲間だとでも言わんばかりの態度だった。