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儚き 鮮血の運命  作者: 透坂雨音
03 鳴動喪失のハピネス
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17 かりそめの平穏



 あの後、窓から飛び降りて姿を探すも結局、アスウェルはレミィを見つける事は出来なかった。

 アスウェル一人では。





 2月14日


……。


 慣れない繋がりを持とうとした事について、思う所が無いわけではないが、それでも感謝すべきだと思った。その幸運には。


 数週間後、帝国にある建物の地下……ネクトの拠点で、アスウェルは檸檬色の髪の少女と再会を果たす事が出来た。


 それは何の前触れもなく、唐突だった。

 レミィはネクトの構成員によって禁忌の果実に関わる建物から救出された。と、ある日突然そう聞かされた。自分の手で助け出したかったなどと我が儘を言うつもりはなかったが、関われなかった事は悔しかった。


 レミィが見つかるまでは本当に気が気ではなかった。

 己の行動の何が行けなかったのか、何度も反省し、後悔するばかりだった。

 問題を棚上げするわけではないが、それも一旦終わりだ。


「アスウェルさんっ!」


 ネクトに入ってライト達と共に行動していなければ、レミィとこんなにも早く再開できなかっただろう。

 そうだ。アスウェルは組織に入ったのだ。自分を曲げて。


「無理はしてはいけないよ。大丈夫かい」

「はい、あの……ありがとうございました」


 自力で立てない状況だった少女はライトによって車いすを押してもらっている状態だ。

 歩けていたら、絶対にこちらに突進するような勢いで駆け寄ってきていただろう。


「あ、レミィ。ちょっと動かないで」

「ライトさん?」


 ライトがレミィの頭を撫でた……のではなく寝癖を直したようだ。


「人目に出るんだからこれぐらいはちゃんとしておかないとね。たとえそれが、君のお兄さん代わりの人の前でもね」

「あ、すみません」


 ずいぶんと仲が良いらしい。

 そんな風に思うアスウェルに話しかけるのは組織の構成員であるフィーアだ。


「アスウェル、もしかして大事な妹を男に取られそうになって焼いてる?」


 黙れ。うるさい。

 こいつは組織の中にいても、どこも変わらない。言わなくてもいい余計な事を一言も二事も言ってくる。

 そんなやり取りをするのを見て、レミィが笑いを小さくこぼした。


「ふふ、アスウェルさん友達がいたんですね」

「そんなものは、やかましい女顔だけで十分だ」


 ただでさえ付きまとわれていて厄介なクルオがいるというのに。

 背後で、友達ってところには否定しないのかとフォ―アが調子に乗っているが無視した。言葉がもったいなかっただけだ。


「そういえばフィーアさんもここにいたんですね」

「そうよ、驚いた? お姉さんはこう見えても踊り子もやってるし、情報屋もやってるのよ」

「本当ですか? 凄いです!」


 こんな風していると、ここ最近の事が嘘のように思えてくる。

 やかましい同僚がいるものの、レン達もいなくて、レミィの姿もなく、まるで昔に戻った様だったのに。


 ここにあの使用人達がいればレミィにとっても、これ以上ない光景だっただろうが……。

 しかし、奴らはもうこの世にはいない。

 屋敷はかけつけたライト達によって燃やされたからだ。

 あんな化物となってしまった彼らを放っておく事ができないのは理解できる。


 原因は屋敷の講堂に隠されていた特殊な装置。

 鉱石を原動力として動かすその装置は、近づいて詳しく解析するわけにもいかないので一緒に消失してしまっている。

 

 構成員の者達は、鉱石で何故あんな現象が引き起こされるのかと不思議がっていたが、それについては心当たりがあった。


 おそらく願い石……ではなく魔石が関係しているのだろう。

 普通の鉱石とはちがうそれには魔力が宿っていて、人間でも力を引き出す事が出来てしまう。

 キタリカでレミィに鉱石鑑別を依頼していたと言う事を考えれば、ボードウィンがそれを知っているのは自然。奴が一連の事件を仕組んだのだろう。


 アスウェルがもっと注意深く調べてその装置に気づいていれば、違う結果になっていただろうか。






 4月3日

 そんな風に、これまでと同じようで違う景色を取り戻しつつも、禁忌の果実を追う生活を続けていた。

 

 心情的な話はおいておけば、かなり助かっていた。以前よりも危険は格段に減って、怪我をする事も少なくなったからだ。

 ネクトの拠点にいるときはレミィとフィーアがやかましく騒ぎ、うるさい。そして、やつらの拠点に乗り込むときは一人で行動せずに、安定して活動することができた。


 決まった場所を持たない組織は、噂を聞きつけては移動するというスタイルで活動している。

 風の町へと過去に巻き戻ってからは、もうかれこれ三か月が経過していた。


 冬の寒さが和らぎ、春の陽気が満ちてくる時期。

 通りに立つ木々や、道端に生える草花が命の芽を覗かせ、成長していく頃合いだった。


 現在地は帝国内部。


 帝国の列車の駅の近くを歩いていると、あの女顔でやかましい付きまとい人間、クルオと再会することになった。


「アスウェル、君は……。まだ復讐だなんて言ってるのか」


 こいつには会う度にそんな事を言い続けられている。

 アスウェルを追いかけてきたのか、元からいたのか。

 今まで気にしてこなかったが、こいつは普段は何をしているのだろうか。


 行く先々に出没して追いかけてくるが、資金がなければ移動できないだろうし。


「クルオか……。ちょうどいい。少し顔を貸せ」

「ええっ、君が僕にそんな事を? あ、でも顔を貸せっていうのは確かケンカの売り文句でもあったような」


 効きもしないのに、そんな事に時間をかけようとするほどこちらは暇ではない。

 混乱しているクルオを連れて、組織へと案内する。


 和解とか、なれ合いとかそう言う事ではない。

 こいつは友人ではなく知り合いのまま。

 医者の代わりになる様な存在が必要だったからそうしただけだ。


 レミィの体調は発見当時からは良くなって歩けるようになてはいるが、本調子というわけではなかった。

 精神状態は屋敷にいた時の様のままで、健康だった時から見れば未だ程遠い状態。


 組織にも医者はいるが、アスウェルとしてはクルオの意見を聞きたかった。

 真面目で、人柄に関しては信用できるし、見る目は多い方が良いはずだから。


 それと、環境が変わった事や屋敷から離された事でレミィがたまに不安がる事があるので、こいつに相手をさせれば少しは紛らわす事ができるかもしれない、と思ったのもある。


 馬鹿になった元友人をつけまわしているだけあって、人格が良いのは確かなのだから。


「これは夢か? いてて、夢じゃない」


 拠点に連れられてきたクルオは自分の頬に手を伸ばして、引っ張っている。

 良い年して、レミィみたいな事をするな。

 アイツもたまにそういう事をしている。


「アスウェル、復讐はもう諦めてくれたのか?」

「俺が復讐を諦めるなどあり得ない」


 勘違いするなとそこだけは断言する。


「そんな。そんな事、君の妹だって望んでなんか」

「お前があいつのことを騙るな」

「……」


 復讐を望んでいるなどとは、アスウェルとて思っていない。だが、こちらを説得するためでも妹の心情を勝手に語られるとイラついた。


 大人しくなったクルオを連れてレミィ達と引き合わせる。

 室内では、その肝心の少女がフィーアとアスウェル人形(屋敷にあった物ではなく、フィーア作)を巡って争っているところだった。今日は元気らしい。


「だーめーでーすー。アスウェルさんは私のなんですから」

「良いじゃない、ちょっと貸してよ。だっこして頬ずりしてチュッとするだけだから、ね?」

「にゃ、ちゅ……ふぁぁ……っ!?」


 眼の前の光景を見たクルオは、目を白黒しながら訪ねてくる。


「えっと、これは……?」


 知らん。


「あ、アスウェルさん。お帰りなさいです」

「あ、アスウェル、お帰り。早かったわね。てかだーれ、それ」


 二人分の注目を受けたクルオは緊張した面持ちで自己紹介をする。

 互いに名乗り合った後、クルオにレミィの状態を聞かせてやった。

 見た目は貧弱でいまいち頼りないがこいつは、医療に携わる人間でもある。


 そんな事を言えば、否定の言葉が真っ先に返って来るが。


「だから、昔から言ってるけど、僕は薬学に詳しい薬学士を目指しているのであって、医者じゃないんだぞ」

「アスウェルさんは昔からアスウェルさんだったんですね」

「クルオ、アンタも苦労したみたいねー」

「全く、その通りです。アスウェルときたら、怪我ばっかりしてきてその度に僕に診ろと言って……」


 予想していた事だが、慣れ合うのが早いようだった。

 レミィが時折、クルオに大して訝しむ様な視線を送るのが若干気にはなったが、それより進めなければならない話がある。

 本来の用件に中々移らず、そっちのけで話し込む連中に、どう灸をすえてやろうかと考えていると、出ていたらしいライトが拠点に戻って来た。


「ただいま、大事な話があるんだけど、レミィはいるかい? おや……?」


 室内に巡らせるライトの視線が一瞬細くなった気がした。

 しかし、その視線もレミィを見つけると柔らかくなる。

 常々思っている事だが、こいつはレミィの事をなぜか気に入っているようだ。狙っているのだろうか。

 時々構っているのを見るとイラっとする。


「あ、ライトさんお帰りなさいです」

「ああ、お帰りお帰り」

「レミィはともかくフィーアは適当すぎやしないかい? それはともかく……」


 少しばかり思案するような間が空いた後、ライトは言葉を口にした。


「レミィ、君のご両親が見つかったよ。良かった、これで普通の生活に戻れるよ」

「えっ……」


 それは驚くべき内容だ。

 死んだはずの人間が生きていたと、そんなあり得るはずのないものだったのだから。



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