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儚き 鮮血の運命  作者: 透坂雨音
03 鳴動喪失のハピネス
31/79

13 家族の約束



 嫌われていたとしてもおかしくないと思っていたが。


 大好き、か。


 伝えられた言葉に、表情が動きそうになる。

 今、自分はどんな顔をしているのだろう。

 

 あまり人に見せたくない顔のような気はするが。


 好き。

 確かにそうかもしれない。

 

 アスウェルの感情も、好きと言い表して良いものかもしれない、とそう思う。

 おそらくアスウェルはレミィの事が好きなのだろう。男女のそれではなく、一人の人間として。


 だが……。

 

 色々と脇の甘い少女だ。

 お子様がむやみに人に言うな、と言ってやりたい。

 レンやアレス達ならともかく、他の人間にまでそう言おうものなら余計な勘違いを引き起こしかねない。


 そんな、恥ずかしそうな、嬉しそうな声で、囁く様に喋るのは反則だ。

 何に違反しているのかは知らないが。

 とくかく、駄目なものは駄目だ。


 若干心配になったアスウェルが、昔妹にしていたように注意しようとした所で。


「……ぁ」


 不意に声を漏らしたレミィが、抱えていた大きなぬいぐるみを落とした。

 少女の身の丈ほどあった大きな物体が地面に転がって汚れてしまう。


「ぅ……」


 だがレミィは、その事に気をまわそうともせず、力を失ったように体を折り曲げてその場へ崩れ落ちた。

 地面に倒れ込む……その寸前でアスウェルが小さな体を抱える様にして支えた。


「レミィ……っ!」

「ぅ……ぅ……、あぁ……っ」


 呼びかけるが反応がない。

 虚空をさまよう瞳からは、アスウェルの存在も周囲の状況も意識にない事を伝えてくる。

 小さな体が強張っては時折り、その体に震えが走る。


「ぁ、く……っ」


 レミィはアスウェルの腕の中で、苦しみもがいていた。


「しっかしろ!」

「――っ! うぅぅ……っ」


 さっきまで普通だったのに、なぜこうなったのか。

 原因がまるで分からない。

 細い腕でアスウェルの体に抱えられているレミィは、どこからそんな力を出しているのかと思う程、強くこちらにすがりつく。


 そして、


「――っ!!」


 小さな体が跳ねて、細い喉から息が漏れる。

 声にならない悲鳴を上げた後、レミィは気を失ってしまった。


「おい、レミィ!」


 それきり、何の反応も示さない。

 青白い顔のまま、見動きする事がなく静かで……。


「……くっ」


 アスウェルはレミィを抱えて、人ごみをかき分けて来た道を戻っていく。

 






 町の医者に駆け込んだ後、診察を受けたレミィは屋敷へと運ばれた。

 言い渡された言葉は、「異常は無し」だ。

 突然倒れた原因は分からないままだった。

 医務室では、医者のライズが、難しい表情を見せている。


「考えられる可能性は過労か、ストレスか……それくらいしかありません。調べてみましたが、さっぱりでお手上げですよ」

「……そうか」

「とりあえず、疲労回復に効くお薬を彼女の為に調合しておきます。力になれず申し訳ありません。彼女の体調の変化には、まず一番に私が気づかなければならないというのに」

「……」


 原因が分からなければ対処のしようがない。

 尋常ではない様子で倒れた少女は、大丈夫なのだろうか。

 医者でもないアスウェルに、それが分かるはずもない。


 ライズが部屋から出て言った後、カーテンで仕切られた個人の空間へと踏み入れる。

 ベッドの上で眠るレミィは悪夢でも見ているのか、うなされているようだった。


「……お父さん、お母さん……」


 瞼の隙間から透明な雫が零れ落ちる。

 レミィは泣いていた。

 過去の夢でも見ているのだろう。


 その姿が、家族を失ったばかり頃の在りし日の自分と重なる。

 今はそれほどでもないし、環境が変わった時くらいしか見ないが、昔はよく悪夢を見た。


 アスウェルは、枕の上にある小さな檸檬色の髪を撫でる。

 いつものヘアバンドが外されているせいか、ずいぶん頼りなく見えた。


 そっと、淡い金色の髪の上で手をすべらせるのだが、それが目を覚ます刺激となってしまったようだ。


「……起こしたか?」

「……」


 瞼が開かれ、翡翠色の瞳がその奥からゆっくりとのぞく。

 けれどその目は動かず、ただぼんやりと部屋の天井を映しているだけだった。


「寝ぼけているのか?」

「……」


 話しかけるが反応が返ってこない。


 アスウェルは身を乗り出して、頬に手を当て瞳を覗き込む。

 レミィは微動だにせずにまるで人形の様に、ただそこにいる。


 光のない瞳は、何も移していないようで、確かに起きているはずなのに、意思のない抜け殻のように思えてきた。 


「レミィ。レミィ・ラビラトリ」


 いつもより強い口調で名前を呼びかければ、やっとレミィの視線が動いてアスウェルと目が合った。

 ……のだが、ベッドの上の少女はいつもの様に無表情を取り繕うでも、最近の様に嬉しそうにするでもない。


「……だ、……れ……、あなた…は……?」


 鼓動が跳ねる。

 耳が拾った音を、その内容を考えるのを拒絶しそうになる。


 今、レミィは何と言ったのか。


 誰?

 そう聞いたのか?

 アスウェルに?


「俺の事を忘れるな」


 妙な焦りを抱きつつ、まさか本当に忘れてしまったのではと思いかけた頃、レミィの瞳に光が戻って来た。


「……アスウェルさん?」

「あれだけの事をしておいて、勝手に忘れられたらそれこそ良い迷惑だ」


 レミィは周囲を見回しながら、ベッドから身をゆっくり起こす。

 動きが鈍いし、反応も鈍かった。ぼーっとしている。

 しばらくじっとその様子を眺めていたら、


「あ……あの、私の顔に何かついてますか」


 レミィに身を引かれた。

 ついている。呑気でのほほんとした間抜けそうな顔がな。

 アスウェルは知らない間に顔を近づけていたらしい。気づいて離した。


 ぼんやりとした様子の少女はとりあえず見た目的には、どこもおかしい所はないようだった。

 さっきのは……寝ぼけていた、のだろうか。


 とにかくレミィが倒れた後に起きた事を説明しておく。


 祭りの途中で抜けた事、町で医者に診てもらった事、それから屋敷に戻った事。


 話し終えると、レミィは近くの台に置かれているヌイグルミに気が付いた。そこまで気を回している余裕はなかったので置いてきてしまったのだが、あの後拾った誰かが届けにきたのだ。

 レミィ大事にしていたので善人が拾って良かったと思う。


「アスウェルさんと行ったお祭りの記念、無事で良かったです」


 可愛い……じゃない、いじらしい事を言うな。

 レミィはほっとしたような笑みが浮かべている。

 そう言われたら、お守りとして付いて行ったかいがあるという物。

 アスウェルも、手元に戻ってきた幸運に感謝した方が良いだろう。


「すみません。迷惑かけちゃって。ヌイグルミを届けてくれた人にもお礼を言わなくちゃですね」

「それはレン達が代わりに言った。二度言っても迷惑になるだけだろう」

「そういうものですか? 私は言いたかったんですけど」


 記念品、そんなに気に入っているのか。


「寝言を言っていた。……夢を見ていたのか?」

「はい……、たぶん。思い出せませんけど、すごく悲しい夢だったと思います」

「そうか」


 レミィは先程まで胸元にかけられていた布団の裾を強く握りしめた。

 瞳の光がレミィの心の動きを示すように、大きく揺れている。


「アスウェルさん。アスウェルさんは用事が済んだらいなくなっちゃうんですよね」

「……」

「だって、留まる理由がなくなっちゃいますし」


 するべき事を果たしたら、復讐を終えたら。

 レミィからはそう見えるだろう。

 

「いつなんですか。いついなくなっちゃうんですか」

「俺は……」


 いなくならないで、と。

 レミィの瞳は告げていた。


 不安に飲まれそうになっていた。


「忘れるな。俺は言っただろう。お前を守りたいと。あの言葉は嘘じゃない」

「でも……」


 覚えてないのに、とそうレミィが小さくこぼす言葉の意味は分からない。


 アスウェルはレミィの頭を少しだけ乱暴に撫でる。


「わ……」


 もうこいつは関係者だ。組織に狙われているのが分かりすぎるくらい分かってしまった。守ると言ったのなら連れて行った方が下手に放置するより良いに決まっている。


 それでなくとも、レミィをこの屋敷で一人にしたくはなかった。

 もう、あんな悲しくて残酷な再会をするのは御免だった。


「俺はお前に傍にいて欲しい」

「ほんと、に……ですか」


 ひそやかに発せられる声は不安そうで、けれど隠し切れない期待を含んでいた。


「じゃあ、約束……です」


 レミィは小指を立ててこちらに向ける。

 小さくて頼りないその指に、アスウェルは己の指をからめた。

 

 思った通り儚い感触が返って来た。そして寝起きだったからか、想像より温かい熱も伝わって来る。


「全部が終わっても一緒です。私を、このお屋敷から外に連れてってください。ついていきます。そして私はアスウェルさんの……仲間? 相棒? ……えーと、家族……です?」

「妹だな」


 代わりじゃないが、そこは譲れない。姉は年齢的にも、性格的にも、適正的にもないので、それしかないだろう。


「いいんですか?」


 アスウェルにはすでに妹がいるのに、とそう疑問の言葉を返される。


「元は四人だったんだ。一人くらい増えた所で、変わりはしないだろう」

「大雑把ですね」


 どちらからでもなく指を揺らして、約束を交わせばレミィは笑みを深めた。


「約束、果たす為に頑張らなくちゃです」

「勢いあまって背中を狙うなよ」

「アスウェルさんひどいです、私そんなドジしませんよ」


 どうだかな。



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