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儚き 鮮血の運命  作者: 透坂雨音
03 鳴動喪失のハピネス
29/79

11 幸福なバースデイ



 1月15日


 そして、その日がやって来た。

 日暮れ時、赤く燃える様な夕日が沈んでいく中で、屋敷の使用人達はそれぞれの仕事を終えて、一か所へと集まっていく。

 それぞれの顔は明るい。

 いつもより、騒がしく、やかましくあった彼らの目的は一つだ。

 祝いをこなす事。

 今日は、水晶屋敷で働く一人の使用人、レミィ・ラビラトリの誕生日だった。


「ハッピーバースディ、レミィ」


 用意した食べ物と、飾り付けられた内装。

 出迎える歓声と、祝いの言葉。

 仕事を終えて日が暮れた頃合い、コニーによって講堂の内部に連れてこられたレミィは目を丸くして驚いていた。


「あ、ありがとうございます? 皆さん」


 固まっているレミィは、そのまま何が何やらという顔をしていたのだが、使用人たちが順々に祝って行けば、今日が何の日だったか、気づいた様だ。


「はっ、私の誕生日ですっ!?」

「もう、気づくのが遅すぎですよ。レミィさん。周囲があんなに分かりやすくこそこそしていたのに……」


 今更ながら慌て始めるレミィにコニーが呆れたような言葉を掛けているが、隅の方で同席しているアスウェルも全くその通りだと思う。


 露骨に何かあるような雰囲気で、使用人達が浮かれていたと言うのにレミィは気が付かなかったのだろうか。


「もう、こんな日なんですね……」


 用意された賑やかな場に対して、少しだけ悲しそうな表情になるが、それもすぐに変わってしまう。

 近づいたレンが、その手に持っていた小さな箱を手渡したからだ。


「これは私達からのプレゼントよ。本物のお星さまは取ってこれなかったけど、星が好きなんでしょう? アスウェル様にキタリカでの事を教えてもらって、翡翠色の綺麗な星飾りを見つけて来たのよ」

「!」


 箱を開ければ小さな星の装飾がついた首飾り。


 星が好きだとは直接聞いた事はいないが、アスウェルの考えは間違っていなかったようだ。

 レミィが驚いて、離れた所で一応参加しているアスウェルに視線を向け、ぱっと表情を変えて喜んだ。


「皆さんっ、アスウェルさんっ! ありがとうございますっ!」


 弾ける様な笑みが返って来た。

 少女からそんな風に素直に好意の感情をぶつけられたのは、この世界では初めてではないだろうか。


 そうしてプレゼントを渡し、ケーキを切り分け、料理を食べたり、飲んで騒いでと、小一時間も経てば講堂の中は、おおよそアスウェルの歓迎会と同じような事になった。


「……」

「アスウェルさん、眉間に皺が寄ってますけど大丈夫ですか?」

「騒がしい」

「お誕生日会ですしね」


 アレス達率いる男共が騒ぎまわり、レミィと同じように入って日の浅い使用人を巻き込んでいる。それを窘めるレン達は大変だろう。


 主役そっちのけで盛り上がる所まで懇親会の流れと同じとは、救えないやつらだ。


「アスウェルさん、私楽しいです」

「だろうな」

 

 見てれば分かる。

 最近は出会った頃の様な猫被りをしなくなったので丸分かりだった。


「もう、こんな風にする事ないって思ってたのに。アスウェルさん、やっぱりアスウェルさんは、アスウェルさんだったんですね」


 訳の分からない事を言うな。


 とにかく今回の事は良い機会だ。


「お前に話したい事がある」

「話、ですか?」


 レミィを促して講堂の外に出る。

 夜の訪れを告げる様に、冷たくなった風が明けた扉から通り抜けて、他の人間に聞こえない場所まで移動。

 見上げれば、暮れた空からはいくつもの星が瞬いていた。


「お前は俺の事を覚えているか?」

「……え?」


 問われた言葉に驚愕と、そしてなぜだかわずかな期待の感情を瞳に宿すレミィ。


「昔、星の塔であった事だ」

「塔、ですか……? そんな事が……?」


 反応からして、知らないという事を遠回しに告げられる。

 残念だと言う気持ちはあるが、それでアスウェルの気持ちが消えるわけではない。


 よく似た少女、マツリ。

 やはりレミィは別人なのだろうか。

 いや、記憶がないのでまだ何とも言えないか。


「家族を殺されて、絶望していた俺をある少女……マツリが救ってくれたんだ」

「アスウェルさんを……?」

「ああ。そしておそらく俺はそこで、どうしようもない状況を覆す為の特別な力をもらった。だがお前は知らないんだな」

「はい……、それは」


 どこか聖域に通ずる空気のあったあの場所での出来事は、キタリカで思い出さなければきっとずっと忘れていたままだったろう。

 自分が誰に助けられたか、知らないままアスウェルは生きてきて、そして忘れたままレミィと出会った。


「俺はあいつに恩を返したい」


 それがアスウェルの正直な気持ちだ。だが、きっと最後の別れを思い出せば、悲しいだろうがあの少女は生きてはいないだろう。


「だからあいつに似ている、お前を守ってやりたいと思ったんだ」

「私は、その人の代わり何ですか……」


 レミィの声が低くなる。

 穏やかだった表情に激情の欠片を覗かせる少女に、この言い方はまずかったと気付いた。


「誰かの代わりなんて、嫌です。私は身代わり何て……、そんなの人形と同じじゃないですか、私は人形にされるのは嫌です。誰かを演じるなんてもうたくさん、そんなの私じゃ……あたしじゃないっ……」


 どこか鬼気迫る様子で、アスウェルの言葉を拒絶するレミィは、何か良くない記憶にでも触れてしまったのか、息を荒くしながら言葉を吐き出していく。


「違う。最初はそうだったかもしれないが、俺はお前を見て、助けたいと思っている」

「……」


 言いながら、本当にそうなのだろうかと思う。

 妹の代わりに、あの少女の代わりに。

 アスウェルは自分の為に、レミィを道具にしてはいないだろうか。

 自分の気持ちは正しいだろうか。


「だからこの件からは手を引け、屋敷の人間は気にするな。ここから逃げろ」

「そん、な……。そんな事、できません。私の過去に繋がる手がかりなんですよ、それにレン姉さんやアレス兄さん達だって放ってはおけません。助けたいって、そう言ってくれた事は嬉しいですけど……」


 レミィの気持ちは痛いほど分かる。俺も同じだからだ。

 家族に繋がる細い糸を手繰り寄せようと、復讐を胸に歩いてきた。


 けれど、悲惨な未来が待っていると分かっていて、そこに向かわせる事などできるはずがない。


「駄目だ。お前はかならず復讐に失敗する。知っているんだ。なぜならそれは俺が、未来から……お前が駄目だった世界から、この過去に戻って来たからだ」

「……」


 人が時を超えた。

 アスウェルの主観では過去へ、レミィの主観では未来から。

 そんな事を言われて信じる人間は普通はいないだろう。

 だが、レミィなら……という思いがなくもなかった。


「……それなら、アスウェルさんがそんな風に言うのも納得ですね。でも、そうだとしても私はここに残りますよ。だって、失敗したなら別の方法を試せばいいだけですから。私は……逃げるのは嫌です。敵わないから、相手が強いからってそんな理由で我慢できるほど私の気持ちは弱くないです。アスウェルさんだってそうでしょう?」


 そうだ。故にそこまで聞けば分かってしまう。

 目の前にいる少女は決して引かないだろう事を。


「たとえどんな結末になったとしても、歩みを止める事なんてできません。私の気持ちに従って生きる事が、心を偽らない事が、私にとっての一番大事な事なんですから」


 アスウェルもだ。

 家族を取り戻したい、仇を討ちたい。その気持ちが大切だったから、ここまでやってきた。

 正しくない、望んでないかもしれないとしても、自分の心は止められない。

 自分を偽るくらいなら、それこそ死んだ方がましだ。


 二人は、決して消えない復讐の火を同じように抱えて歩いている。


 ああ、そうか。

 レミィはアスウェルの仲間で、この少女だけがアスウェルの道を、アスウェルの在り方を肯定してくれるから……。

 だから今、こうして話そうと思ったのだ。

 こんな面倒臭い状況になっても、守りたいと思うのだ。


「アスウェルさん、あの……」


 レミィはこちらの服の裾を摘まんでこちらにかがむ様に言ってくる。

 そして姿勢を低くすると、少女の吐息が耳にかかった。くすぐったい。


「マツリです。私の真名が、マツリ・イクストラなんです」


 マツリ……?



 そっと耳元に伝えられたのは真名(まな)だった。

 心ある者の全てにある、魂に刻まれた名前。

 意味は、特別なマツリ(まなむすめあたりだろうか。


 レミィからの信頼の証だ。

 魔人が人間にそれを伝える事は奴隷契約に使われるばかりで、リスクしかないというのに。


「まだアスウェルさんの言う人かは分からないですけど。似てるというのなら、そのままずっと私を利用していればいいんですよ。守られるだけなんて御免です。こう見えても私、ちょくちょく情報持ってますし。仲間になるならそういうのお渡ししますよ」

「……」


 前々から思っていた事だが、粗忽で迂闊で間抜けな所を除けば、見かけによらずこの少女はタフだ。

 無言でいる事を了承で受け取ったらしいレミィは笑みを深める。


「塔のお話、後で聞かせてくださいね。聞きたいです」


 話の区切りを見計らったように、講堂から使用人たちが出てくる。主役のレミィがいなくなった事に気が付いたようだ。遅い、忘れて騒いでいたくせに。

 足取りがおぼつかない。絡まれたら日ごろの数倍面倒に違いなかった。


 だが、


 対処を考えるよりも前にアスウェルは、レミィに一言その言葉を伝えた。


「ミライだ」

「……?」

「ミライ・エターナリア」


 少々、女性的に聞こえる響きだが、その言葉は正真正銘アスウェルの真名だった。

 レミィが伝えたなら。こちらもそう返すべきだろう。


 言葉を受け取った少女は、雪解けの日の陽気のような笑みを浮かべた。


「永遠の明日……。綺麗な名前ですね」


 やって来た使用人たちに絡まれて構われているレミィの姿を眺めながら、外に出て来たもう一つの目的を果たせなかった事に思い至る。


 雰囲気を考えるなどアスウェルにはやはり似合わないと言う事だろう。

 誕生日プレゼントなら、明日が来る前に渡せばそれでいいはずだ。



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