04 キタリカ
1月7日
ボードウィンの屋敷で世話になる事になって、それから数日の時が過ぎた。
この数日で、色々と情報を得はしたのだがどれもこれもまともなものではなかた。噂話の粋を出ないものや、距離感を間違えているとしか思えない鳴れ慣れしい使用人の戯言ばかりだ。
その中でも唯一最年少であるレミィには遠巻きに距離を取られていたが、アスウェルの行動の大した支障にはならなかった。
そろそろ次の手を考えなければならない。
そう思っていた頃、ようやく本来の護衛の話が出てきた。
趣味が高じて鉱石収集家となった水晶屋敷の主人。
ボードウィン・ドットウッドの鉱石採集の際の護衛だ。
採集場所はウンディから離れた国の海の浜辺。
伝えられた日程を頭に入れ、装備を念入りに手入れを行いながらアスウェルはその日を待った。
油断はできない。
敵が仇であり、闇組織の住人であることもそうだが、何故かその日程にはレミィも同伴する事になっている。
アスウェル一人が戦うならともかく、レミィを巻き込みたくないし、間違っても敵に人質にされるなんて事になってはいけない。
そして今日は、その予定された日だ。
アスウェル達は鉱石採集場所である……博打と冒険の国と謳われる大国キタリカに向かう為に、軌道列車の停まっている駅へと向った。
着いて早々、ボードウィンに言われて人数分の切符を買ってきたレミィが効きたい事でもあるのか、小さな紙切れを大切そうに握りしめながら駅員に駆け寄った。
「これ、後で回収しちゃうんですか? 私が記念にもらっちゃ駄目なんですか?」
「お嬢ちゃんは軌道列車に乗るのは初めてなのかい? 残念だけど決まりでね。ごめんよ」
「そうですか、やっぱり……」
別れの確定している紙切れを未練たっぷりに眺めるレミィ。そんな事があった後、軌道列車に乗り込む為にキタリカ行きを探す。
町から出ること自体があまりなかったのか、それともこれが初めてなのかレミィは、そこらにあるもの全てに興味深々のようでよく人にぶつかりそうになった。
「人がたくさんです。色んな人がいっぱいいます」
駅だからな。
「世界中の人を全部数えたらどれくらいになるんでしょうね。六十億くらい?」
いくら何でも、さすがにそんなにはいないだろう。
アスウェルの住んでいた小さな町で千人超すくらいで、ウンディの町なら最近聞いて数万人、帝国ですら数十万くらいなのだから。
そんな身にならない話を、レミィ一人が延々と話すのを聞きながら目当ての列車へ。
ホームに止まっている軌道列車の外装を見つめるのだが、気のせいかアスウェルの乗り込んで事故った列車と同じような見た目のような気がした。
過去に戻ったのだから走っていても不思議ではないのだが、さすがにあの列車と同じ物に載るのは御免被りたい。
記されていた名前は星雨2100。兄弟か何かだろうか。どうでもいいが。
そのままそこで突っ立っていてもしょうがない。
「個人客室は先頭の方にあるの、ひょっひょっひょ」
使った事ないだろうみたいなしたり顔で説明されるが、生憎アスウェルはオリジナルの歴史で経験済みだ。
最もこの世界ではまだ懐事情が厳しくて、頼めるような状況ではないが。
ボードウィンが先に入って行って、その後でレミィが乗り込むのだが、足が止まる。
「アスウェルさ……様、これは何でしょうか」
入り口の近くにある正方形のパネルを見て、尋ねて来た。
「管理パネルだ」
「あっ」
説明するのが面倒くさかったので、レミィの手を掴んでその正方形に押し付けさせる。
小さな電子音が鳴れば認証完了だ。
「行くぞ」
「ふぇ? は、はい」
はて、今一体何が起こってるのだろうというそのままの表情をしているレミィを引っ張り、すでにもう先へ行ってしまっているボードウィンの姿を追う。
「あ、あの……、離してください」
控えめな声音で言われて気が付く、手を掴んだままだった。
ここは、言われた通りに話すのが普通だろうが、今まで冷たい態度を取られていた事を思い出して、無視を選択する事にした。
一般の客室の方は、人の密集度が高い。
ウンディの町は他と比べれば小さくて、見た目が良いだけののんびりした町だが、他の国へ向かう者達が列車を乗り継いだりする為、駅の利用者はそれなりに多いらしかった。
この人込みをレミィに歩かせたら、数秒もせずに呑まれてしまいそうだ。
「先ほどの四角い板は何だったんですか? どこかで見たような記憶はあるんです。でも、あまり思い出が……」
記憶喪失だから、そういう事も忘れてるのか。
「管理パネルだ。国、町、村を出る人間を管理するためのもので、帝国がつけている」
どんな出身の人間が、どんな種族の人間が、どこから出て、どこへ向かおうとしているか、それが帝国のデータとして、今もどこかに記録され続けているらしい。
「はぁ……。どうしてそんな事するんでしょう」
さあな。
アスウェルなどには、思いつかない事だが。する理由があるからしているのだろう。
そんな風に移動している内に発車時刻になったのか、音を立てて列車が走り出した。
貴族らしい子供と魔人の使用人が視線の先には共に並んで立っていて、通路にある窓から外を眺めている。
「うわあ、早い。軌道列車ってこんなに速いのか、凄いな。まだ早くなるのか? どれくらい早くなるんだ」
「その質問には、答えかねます」
「えー、教えてくれよ」
「申し訳ありません。その質問には答えかねます」
馬車などでは到底出せそうにない速度に、目が肥えているだろう貴族でもさすがに驚かずにはいられなかったのだろう。非常に煩かった。だがアスウェルの嫌いな貴族と比べればまだ可愛げがある方だ。
レミィが何か言わないかと思ったが、あの時の様に空気を読んだ上で無視した発言が出る事はなかった。
だが、列車を三つほど移動していってボードウィンと合流し、戦闘付近にある個室部屋に着くと、案の定予想に違わない反応を見せてくれるのがレミィという少女だった。
「わあ、わー……」
予想していた通りレミィは窓にかじりついて風景に釘付けになった。
ウンディを出た列車は海の上にあるレールの上を走っている最中だ。
「見たことない景色です。海です……」
「ひょひょひょ、レミィ。ウンディの町の外がそんなにも珍しいかい?」
「はいです。とっても」
「けれど、使用人の本文は忘れないように」
「はい……」
「本来なら、レミィも先程会ったあの魔人の様に扱ってしかるべきだかねぇ、特別に私の好意で特別に扱ってあげているのだよ。その事を忘れれば、ねぇ?」
「はい……」
小声でのやりとりが生憎、アスウェルにも聞こえている。
おそらく隠すつもりなどないのだろうが、聞いていて良い気分になる話でもない。
ボードウィンは魔人にそれなりに理解のある人間だと思っていたが、それは表向きの顔だけのようだ。
レミィは先程の様子とは違って、静かに窓の外を眺めるのみだ。
「? ……何ですか?」
「何でもない」
見つめていたらガラスに映し出されたレミィの目と合ってしまった。
「わぁ、初めて見ました、わー……」
軌道列車にちゃんと乗り込むのが初めてだと言ったくせに、速さには無感動で切符の買い方だけ分かっていたり、妙なところだけ慣れた様子を見せるレミィ。そんな見た目も中身も子供な使用人は、目的地周辺……駅へ向かう前に列車が水上の端を通った際にも、子供の様に子供っぽい歓声を上げた。最初の頃よりは控えめだが。
軌道列車の速度が落ちてくる。もうそろそろ到着だ。
ほどなくして列車はキタリカの駅へ停車。
海の近くにあるにもかかわらず、さらさらとした砂地もある珍しい土地の国にやって来た。
ここの土地の人間は、金がなくなって夕飯が食えなくなっても能天気で笑っていられるような連中だが、追い詰められた人間がそれだけ多いという国だ。治安は良い方ではない。護衛が必要だと言うのも頷けた。
国の地底に眠る黄金郷とやらの夢を見て、一世一代の大勝負に出ようと食い詰めた人間がわんさと流れてくるからもめ事が少なくない。
「ひょっひょっひょ、自分の職務を忘れないように、しっかりついてくるんだ。いいねぇ、レミィ」
「はい」
「はぐれるなよ」
「何でアスウェル様まで同じ事言うんですか」
頬を膨らませて抗議するその姿が、迷子にならないからあちこり見て周りたい……なんて駄々こねてる子供にそっくりだからだ。
「アスウェル様は、ひどいです。とってもです」
無表情でいられるよりは、そうやってむくれてる方がまだずっと良い。
着いて早々、向かうのはキタリカの端の方。
海の見える浜辺だ。
「混沌とした街、私はそういうところが面白いと感じるがの、ふふふぅ、ひょひょひょっ」
アスウェルとは対立的な考えを持つ、屋敷の主人はさっそくと言わんばかりに浜辺を適当にうろついて、そこら辺に落ちている石ころを眺めたり拾い上げたりし、レミィに何ごとかを確認していっている。
何をしているのかを問えば鉱石鑑定だという。
レミィには願い石とそうでない石を区別する目が備わっており、その力を見込んでいた為、今回の鉱石採集の共に、熟練の使用人ではなく新参者のレミィが選んだらしい。
非常に特化的すぎる才能だ。
しかし、願い石は鉱石の別称なのか。同じものだとばかり思っていたのだが、別の物だったらしい。
路傍に転がっている石ごときに詳しくなったところで、アスウェルの人生の何の役にも立たないだろうが、何故だがその事が妙に気になってしまった。
見た目はまったく同じに見えるのだが、一体何が違うのか……。
「これと、これと、これ、ですね。あとはこちらがそうです」
視線の先では、レミィが真面目な様子で、石を選別していっている。
「ふむ、これだけあれば必要量が足りそうであるな。よいよい、非情に助かった。手元に置いておいたかいあった」
「……ありがとうございます、ボードウィン様」
さざ波の音を聞きながら浜辺をうろついて数時間。
物好きな収集家に突きそう形で同行しているアスウェルだが、遊びにくる人間以外が存在しない浜辺での護衛に果たして意味があったのだろうかと思う。
そうやって鉱石を判別しながら時間を使った後、夕暮れ時になればアスウェル達は宿に引き上げていく。
ウンディも海にかこまれていたのだが、キタリカの気候は違うのか、やけにじめじめしていて、海の潮風もあって肌がべたついて気持ち悪かった。
その後ボードウィンは、用事の為に出かけると言ってアスウェルの動向を拒否した。そのあげく、後の時間は好きに使っていいというものだから、己の耳を疑うしかないだろう。
護衛の意味がない。
「プライベートの時間を持ちたいという主人の意向を察してくれと言っとるんだ」
そう言われては、それ以上こそこそ嗅ぎまわることもできない。
日数が浅いのと、そして何より初回の仕事だ。信頼関係がないのは必然だろう。
信頼して欲しいとは思えないが、あえて言われると苛つくのだ。
自分が目を離した隙に賊に襲われたらどうする、となけなしの抵抗を示すアスウェルだが、宿に懇意にしている腕利きがいるのであり得ない、と返って来た。
アスウェルへの信用は皆無のようだ。
やる事が無いと言っても宿にいると苛つきそうだ。かといって町中は歩きたくなかったので、適当に浜辺に戻ってうろついていようと思っていたのだが……。
そしたら向かった先に、
「海です。海ですーっ」
波間ではしゃぐ別人がいた。