02 違和感
レミィ・ラビラトリだ。
こちらにとっては再会になり、向こうにとっては初対面となる奇妙な出会い。
アスウェルの認識で一年前に、一週間ほどふれあって、つい先日に死神として出会ったあの少女がすぐ目の前のそこにいる。
頭の上にはウサギの耳の様なリボンのついた、特徴的なヘアバンド。
そして、あどけない顔立ちに子供っぽい喋り方と立ち振る舞い。
顔を見るのは久しぶりのはずだが、なぜかそんな気がしなかった。
『アスウェルさんっ、町をご案内しますよっ』
……まるでつい最近どこかで会ったような気さえしてくる。そんなはずはないのに。
「貴方達は恥ずかしくないんですか。寄ってたかってこんな小さな子供をいじめて。懐が深いというのなら、子供がした事ぐらい笑って許して上げたらどうなんです?」
「うぅ、ミィ姉ちゃん」
子供に寄り添うように立つレミィは、自らの身長よりも高い男達を見つめて、冷淡な口調で威勢よく言葉を続けていく。
「それとも、それをしないのはただお金が欲しかったからですか? だからわざとこの子にぶつかって来たんですよね。違いますか?」
恐怖に震えるどころか、挑みかかる様な態度で指摘すれば、囲んでいた者達は怒りに顔を赤くした。
「なっ、こいつ」
「ガキだからって調子に乗ってんじゃねぇ」
「いっぺん痛い目にあわせてやろうか」
レミィの言葉は的確に男たちの図星を突いたようだ。
威嚇するように声を低くし表情を歪める男達だが、対するレミィの様子は変わらない。
無表情で相手を眺めるのみだ。それだけならまだしも……、
「どうぞ、やれるものならやってみればいいじゃないですか。今の私はすっごくとっても虫の居所が絶賛大暴れ中ですから。容赦しないです」
挑発するような言動をおまけにつけてみせる。
その一言で、男たちの限界が来てしまったらしい。
怒りの沸点に達した連中は、己よりも確実に弱いであろう相手に手を出そうとした。
「このガキ……っ」
さすがにそうなったら、眺めているわけにはいかない。
近寄って、無謀な挑発者に殴り掛かろうとした男の腕を掴んだ。
「な、なんだ。おいてめぇ」
悪事を働く不良を成敗してやるような正義面したお人好しではないが、だからといって悪党に寛容なわけでもない。
ととえそうでなくとも、あのレミィが危害を加えられそうになったのだ。介入しないなどという選択を取れるわけがなかった。
力を込めてやると男は表情を歪めて、なさけない声で悲鳴を上げる。
「んぎぁっ! いでででっ!!」
「目障りだ。俺の視界からとっとと消えろ」
「な……んだとぉ?」
こんな物言いをすればどうなるか、分かってはいるのだがそんな物言いになってしまうのは仕方がない。下手に出るのは苦手だし、したくない。相手が人間の屑なら猶更だった。
これでは、レミィの事を言えたクチじゃない。説教する役は、レミィの同僚である使用人共に任せておいた方がいいだろう。
「ああ、楽しかった」
「今日も素敵な演奏だったな」
挑発するような言葉に男達が敵意を露わにしていると、ホールの方で演奏がちょうど終わったのか部屋から人が出てくるところだたった。途端に静寂が破られて、周囲が喧しくなる。
「ちっ、行くぞお前ら」
男たちは、さすがに人目の多い所で乱暴狼藉を働くほど落ちぶれてはいなかったようだ
アスウェルから離された腕をさすりつつも、一人がそう言って踵を返せば他の人間もそれに追従。
大して記憶に残りもしなさそうな陳腐な捨て台詞を残しながら、見事なまでの素早さでその場を去っていく。
「うぅ、怖かったよー」
「安心してください。もう大丈夫ですよ」
レミィは涙目になって震えていた子供へと声を掛けながら、自分の袖で涙をぬぐってやっている。ハンカチぐらい持っていないのか。
その様子を見届けた後、アスウェルは特に声をかけるでもなその場を去ろうとする。
礼などを期待しての行動ではないし、余計な関わりを持たれても今後が面倒だ。レミィが勤める屋敷の主人に大して思う所も、やるべき事もありはするのだが後まわしだ。
今は他に気にするべき事があるのだから。
しかし、そこに声を掛けるものがいた。
「あら、レミィ。こんな所にいたの?」
「レン姉さん」
建物の入り口の方からレン……レミィの同僚女性がやってくる。
「今日は用事に付き合わせてごめんなさいね。本はちゃんと借りられたわ。こんな所で何かあったの? そろそろボードウィン様のお屋敷へ帰らなくちゃいけない時間よ」
ウェーブのかかった淡い金の長い髪をした女性、レン。
レミィがなついている人間の内の一人で、おっとりやんわりした性格が特徴だったか。
彼女は、泣いている子供とアスウェルへ視線を交互に向けて困った顔をした。
「とりあえず何があったか聞かせていただけないでしょうか」
で、何故かアスウェルに事情を尋ねてくる。
そういうのは最初に身内に聞くものだろう。
無視して行く事も出来たが、順序が変わるとはいえ後々世話になる事を考えれば、そんな失礼な行動をとる事は出来ない。
金髪の人間がホールから出てこないか定期的に気にしながら、説明をしていく。
レミィ達の働く屋敷にはアスウェルの仇がいる。
名前はボードウィン。ドットウッド。水晶屋敷と呼ばれる屋敷の主で、鉱石採集の趣味を持った、変わり者の貴族。
だがそれは表の肩書で、ボードウィンは裏では禁忌の果実のメンバーとして動いているのだ。
本来の……オリジナルの世界ではすでに死んでしまって、永遠に仇を討つ機会が無くなってしまっていたのだが、この世界でなら機会がある。
何とかして近づきたい所だった。
そんな事を考えながら説明し終わると、レミィがレンの服の裾を引っ張った。
そのクセ、アスウェルもよくやられた。相変わらずのようだ。
いや、過去なのだから当然だったか。
「レン姉さん。あの、ここの人に時計の修理を頼んでいたので見に行っても良いですか?」
「時計? あら、そう言えばレミィの物を出してたわね。良いわ。出来たかどうか聞いていらっしゃい」
「はいです。急いできます」
アスウェルの存在を気にすることなくレンと会話し終えたレミィは、廊下の先へと駆けていく。
「護衛の募集をしているそうだな」
「あら、ご主人様へ御用がおありでしょうか。あらあらまあまあ、ごめんなさいね、気が付かずにレミィを行かせてしまって」
「構わん」
あいつがそそっかしいのはすでに知れている事だ。
そんな風にして仕方なしに、レンと会話をしてボードウィンへとの取次ぎを依頼するのだが、数分もしない内に騒ぎが起きた、廊下の奥。ホールの方からだった。
発砲音が聞こえてくる。
「中で何かあったようですわね……、レミィは大丈夫かしら」
「外に出ていろ」
見に行こうとするレンを押しとどめて避難するように言っておく。
アスウェルは当然向かわなければならない。音が聞こえる方へ。人が大勢逃げてくるのに逆らって進んで行く。
だが人の波がある時から途切れた。予想より早い。
すべて逃げ切ったわけではないはずだ。奥にいるはずのレミィとすれ違わなかったからだ。ならどうしたか。何かがあって動けないか、人質にされたか、最悪の場合……殺されているか……………………。なら犯人は殺そう。
いや、待て冷静になれ。
奥に繋がる部屋の前には見張りがいた。連中は大した腕ではなかったので、適当に倒してホールの中を窺う。五、六人。武器を持った人間がいた。
他にいる人間は人質だった。
人数は十数人程。
死んだ人間は見る限りはいなかった。
連中はどうやら各地でくすぶっている……人間様とは違う生き物が気にくわないらしい魔人排斥派の人間の様で、帝国からほど近いにも関わらず魔人と親しんでいるこの町が気にくわないらしかった。
リーダーらしき人間が、人質達へ語りかける。
「誰が魔人か知っている人間がいれば、手を挙げて我々に知らせろ。そうすれば同じ志を持つ者としてこの場からの解放を約束しようではないか」
偉そうだ。
人質とされた人間達の間に、明らかに不安とは別の雰囲気が漂い始める。
良くない空気だろう。
救出までの時間がかかればかかるほど、人質達は険悪になり、互いの足を引っ張り合うようになる。
たとえ命が無事で助かったとしても、そんな状況にい合わせた者達は元のように生活できなくなるだろう。
だがそんな、誰もが誰かの顔色を窺う様な空間の中、静寂の満ちる室内の中で、真っ先に手を挙げる人間がいた。そいつは……レミィだ。
周囲に、人質達に驚かれている。
それは恐れや不安というよりも、心配の色合いの方が強い。
知り合いばかりなのか、周囲の人間が落とし止めようとするが、レミィは首を振って拒否。
何か主張し始めた。
「はいです。私は魔人のレミィです。貴方達の嫌いな人です。ですけど、自己申告の場合はどうするつもりなんですか」
魔人である可能性は軌道列車で再会した時から考えていた事だった。
本人の口から正式に聞かされた現状だが、アスウェルに驚きの感情はない。
しかしそれならそれでともかく、なぜこんな状況でわざわざ魔人嫌いの連中へ主張しているのか。行動の意味が分からない。オリジナルの世界でも、たまにレミィは理解しかねる行動をとる事があったが、眼の前のものはそれの比ではなかった。
「あの馬鹿……」
それでは殺してくれと言っているようなものではないか。
いや、分かっている。
その場にいる他の人間を庇うためだと言う事ぐらいは。
だが、だからといって戦うすべを持たない単なる少女でしかないレミィが、わざわざ危険に飛び込むなど……。武器を持った巨悪犯の暴力に曝されて、ただの少女が無事に生き延びられるわけがないだろうに。
「魔人ですが、何か文句でもありますか」
だが、そこにあるのは挑むような視線と、堂々たる態度。
まるで怯む事のない少女の様子に、一瞬言葉に詰まる犯人達。
レミィはそこに畳かける。
「魔人だから邪魔だとか人間様が偉いとか、言ってること意味分かんないです。分かんない人はとっと家に帰ると良いですよ、ゴーハウスです。それが皆を怖がらせてまで、主張したい事なんですか。人と貴方は違うなんて当たり前の事じゃないですか。貴方達は悪者を作りたがっているだけです」
言ってる事は正論。
生ける者が語るには正しい言葉の数々だろう。
「……」
だが、こんな場面でそんな事を言えばどうなるのか分からないのか。
火に油を注ぐ真似をして、何をしているのだあの暴走兎は。
「言いたい事はそれで終わりか、魔人のお嬢ちゃん。あの世でたっぷりと、そんなお喋りな口をもって生まれた事を反省するんだな」
案の条煽られた犯人達は一斉に武器を携えて少女へと突進していくが……。
彼らが動き出す前に、人質達を風が包み込んでいた。
レミィの魔法か。
「子供に見えるからって甘く見ないでくださいっ」
見えるも何も子供だろうが。
レミィは何もない空間から長槍を取り出して、一番最初に向かって来た人間の武器……ナイフを弾いた。
次いで、手のひらを二人目に向け……、
「荒れ狂え、孟風」
風の魔法を使って斧を持った男を吹き飛ばす。
三人目の人間は、背後から拳で殴りかかろうと」するが……。
「……」
「ぎゃぁっ」
そいつはアスウェルの銃で手足を撃ち抜いておいた。反撃はない。痛みに耐性が無いのか、のたうち回っている。レミィがのした他二名は、気絶して行動するどころではないようだ。
それからも戦闘は数秒続く。
制圧はあっという間だった。
人質にされていた者達の歓声が満ちる。
驚く事に、軍人並みかそれ以上の手際の良さをレミィは見せていた。
「ふぅ」
思わぬ戦闘能力を発揮した兎娘は跳ねまわった体を休めて、一息ついている。汗から流れる汗を使用人服の袖でぬぐいながら、周囲の者と会話している。
今目にした光景はかなりとんでもないものだろう。なのになぜか、アスウェル自身はそんな光景についてあまり違和感を抱いていなかった。
「あっ、壊れてないかな……」
人々の輪の中にいる少女は、ふと何か焦ったような様子になって、円形の物体を取りだして確かめ始める。それは時計だった。見覚えのある時計。
「……っ!」
思わず息を呑んだ。
なぜならレミィが持っていたのは、月と星をモチーフに刻まれた、アスウェルの妹がくれた品物と同じようなデザインの時計だったからだ。
人垣を割って歩み寄れば、向こうはこちらに気が付いたようだ。
顔を向け、視線が合う。
その表情は始め嬉しげになり、そして何かをこらえる様な物へと変化していき複雑そうな感情の光を瞳にうつした後、無表情になっていった。
「援護してくださったのは貴方ですね。先程の事も、ありがとうございます」
「……怪我はないのか」
「はい、お気遣いありがとうございます」
「時計は……」
「私の時計が何か?」
「いや……」
何か違う。そう思いながら目の前にいるレミィの顔を見つめる。
レンや子供に向かっていた時とは違って、人形のように表情のない顔だ。
犯人達に向かって威勢のいい言葉を放っていた時ですら、表情豊かだったと言うのに。
丁寧な物言いをする少女を目の前にして違和感を抱きつつも、アスウェルがその場で正解に辿り着く事はなかった。