01 再びの過去
帝国歴1499年 1月1日
風の町ウンディ
先程まで懐かしい事を思い出していたような気がするが、とりあえず置いておく。
この今の状況。わけが分からない事だらけだった。
「ここは、一年前の過去なのか……?」
アスウェルは天空に浮かぶ奇妙な花園を訪れ、そんな不可思議な場所にいた女と長くない話をしたのだが、気が付いたらまた別の場所に移動して風の町に立っていた。しかも、時を巻き戻り一年前の世界に。
廃墟となった水晶屋敷を調べる為に軌道列車に乗り、事故に遭った事までは覚えている。
だが意識を失って、過去の世界に移動しているなど……。
理解を超えていた。
一体何が起こったらこんな事になるのやら、と頭を抱えたい。
だがそのまま混乱しているわけにもいかない。
じっとしてても新たな情報は得られないので、アスウェルは仕方なしに行動を起こす事にした。
「……」
風の町の各所へと視線を向けながら、ここが自分の知っている帝国歴1499年12月31日の世界である証拠を探すのだが、まるで見つからない。
それとなく町の住民から聞き出したこの世界の正確な日付は帝国歴1499年1月1日だと言う事。
考えを整理するためにどうにかして記憶の中の知識を引っ張り出そうとしていると、気になる物を見つけた。過去に会った知人……ラキリアと言う帝国の女科学者が語った理論だ。
『過去への移動、巻き戻りについて君に教えておこう。唐突な過去世界移動が起きた場合に、何が起きているかと言うと、君の体の中のとある特殊な核が作用して、切り離し現象と呼ばれるものが起こる』
帝国軍人である研究者でもある彼女……ラキリアは興味のある分野以外全く興味のない人間であったが、それゆえに専門分野においては右に出るほどのない豊富な知識量を有しているらしい。
「あいつは帝国だろうな……」
わざわざ考えなくとも居場所は分かる。だが、身分と能力故にそう簡単に助力を得る事はできないだろう。
彼女には色々と世話になった。アレイスターに助けられた後、気力を失っていた時にも大分支えてもらったし、彼女の助けがなければ早々に帝国軍にコネクションを持つ事はできなかっただろう。
その彼女の知識なら当てにしても問題はないはずだが、すぐに尋ねられないのが辛い。
まさかこんな特殊な知識について頭を悩ませる日が来るとは、復讐に各地を放浪しているアスウェルでもさすがに想像できなかった。
今みたいな状況に陥らなければ、間違いなく一生思い出す事なく忘れ去っていたものだろうが、なぜだろうか。似たような事を最近考えたような気がする。
「過去に戻る力か……」
自分がそんな希少人間だったとは……。
それなら、幼い頃の惨劇も何とかして欲しかったところだが、割り切るかどうかは別として、詳しい発生条件が分からなければどうしようもない。
一通り町を回って様子を見るに、行われなくなったはずの祭りの準備が進んでいる事や、魔人に対しての風当たりが緩い事を考えれば、アスウェルが過去に遡ってしまったと言う事実は、ほぼ確定の様だった。
もっと混乱するかと思ったのに、意外と冷静さを保ったままでいる自分に逆に驚いた。
「まあ、素敵な街ね。すみません、この町の風調べの祭りってどんな感じなんですか」
「ああ、それはね、毎年高台で店を開いているんだけど、その時期に必ず花が降るんだよ……」
「花がですか……」
通りを歩く人間達は誰も彼もが呑気そうな顔をして、二週間後に行われる祭りに浮かれている。
そんなのほほんとした光景を前にすれば、以前の自分なら居心地の悪さを感じる所だったはずなのに、奇妙な事にまるでそんな風には思えなかった。
胸中にくすぶる違和感に疑問を抱きつつ引き続き町中を歩いていれば、大通りで一人の青年に話しかけられた。
「少しいいかな、そこの人」
一瞬髪の色をみて、脳裏に軌道列車に乗り込む前に話しかけてきた貴族の顔が浮かんだが、別の人間だった。
「情報を探しているようだね。君の欲しい情報なら、そこのホールに行けば手に入ると思うよ」
金髪の男。
身なりは、旅人が着るような簡素な服だが、どれも生地は丈夫なもので良く見れば仕立てのよさそうなものばかりだ。
温和そうな表情を浮かべているが細められた瞳の奥には、わずかばかりの強い意思を感じさせる光がある。
何故か男の胸元のポケットには一輪の花があった。
人当たりの良さそうで、かつ嘘くさそうな笑顔を浮かべるその男は、近くにある建物を指し示していた。
「お前は何だ」
「僕の名前はライト・フォルベルン。組織を追っている人間さ」
「……」
そして、嘘くさそうな顔でこちらに笑いかけてくる。
組織、と目の前の男……ライトは言った。
それを聞いたアスウェルが、思い当たる節と言えば禁忌の果実しかない。
親の仇を果たす為に、攫われた妹を助ける為に追いかけている組織。
ライトは、胸元にある花をこちらへ差し出して、先ほど話題に上げた建物の方を顎で示した。
「美しい花には棘がある。気をつけたほうがいい。本物の花にも、花に例えられる麗しい女性にも」
よく知りもしない相手からの贈り物など誰が、受け取るのだろうか。
アスウェルが何も反応しないのをみて、相手は気分を害した風でもなく何かに得心が言ったように一つ頷いた。
「なるほど、ね……」
こちらの顔色を窺ったライトは、ついて来いとでもいうかのように建物の中へと入っていく。
こんな町中でそんな単語をいきなり聞く事になるとは思わなかった。
相手はアスウェルが組織を追っている事を知っているのだろうか。
「待て」
一体どういうわけで声をかけてきたのか。
アスウェルに声をかけてどうしたいのか。
分からない事ばかりの現状で、相手を見失うわけにはいかない。
遠ざかっていく背中を追いかける。
危険な場所に誘われているのかもしれないが、放置する選択だけはなかった。
敵か味方かも分からない人間に、アスウェルの事情が洩れているのだ。
野放しにはできない。
「……っ」
舌打ちしたくなるのをこらえて、足を進める。
ライトを追って、頑丈そうなつくりの建物の中へ入る。
内部は広い空間になっていた。
長い廊下があって、太い柱がいくつも並んでいる。
壁は、結構ぶ厚そうだった。
奥まで行けば、半円形の形をしたホールの中では多くの人間が集まっていた。
演奏会をやっているようだ。
ピアノの旋律が流れ、人々が並べられた椅子に座り聞き入っている。
多くの人がいる室内。アスウェルは先に行った人間を見失てしまっていた。
先程見た金髪の男を探したいが、まさかこの演奏中の室内で探し回るわけにもいかない。
そんな風にして入り口の辺りで、どうするべきか悩んでいると通路の方から声が聞こえてきた。
人が言い争っている声だ。
室内の扉を閉めて、声がした方へ向かってみる。
「あぁん? 俺の服がこんなに汚れちまったじゃねぇか。一体どうしてくれんだよこのガキ」
「弁償しろよ弁償。さっさと小遣い出せって」
「俺達は懐が深いからな、ガキの金でも我慢してやるって言ってんだよ」
ガラの悪そうな連中が通路の隅でたむろしていた。
その連中に囲まれているのは一人の子供と……、
「ひっ、ご、ごめんなさい。謝るから許して……」
「怖がってるじゃないですかっ」
その子供をかばうように立つ、使用人服を着た檸檬色の髪の少女だった。