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儚き 鮮血の運命  作者: 透坂雨音
02 疑心探査のラビリンス
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09 膨らむ疑心



 1月9日


 それからの日々、アスウェルは基本的に自由に過ごしていた。

 たまに思いたったようにボードウィンが近場に出かけ、趣味の鉱物収集の時に護衛をするだけで、それ以外に何かを頼まれることはなかった。目新しい事や、特筆すべきことは起きていない。


 暇な時に屋敷を怪しまれない程度にうろついてはいるが特に変わったところは見られなかった。


 若干気になった事といえば、レミィの言う通り中庭が静かすぎるという事だが、大した事ではないと判断する。

 この日まで、思ったような成果は得られていない。


 そして、屋敷に来て一週間と二日ほどが経ったとき、アスウェルはその場所に足を踏み入れた。


 掃除をしている使用人が離れるのを見つけ、開いている部屋から中に侵入。


 その部屋には、大小色とりどり形さまざまな鉱石が、棚にずらりと並べてある。

 考えなくとも分かる、それらすべてがボードウィンの趣味で収集されたものなのだろう。

 収集物の保管庫と言ったところか。


「……物好きな」


 たまに見る屋敷の廊下には、ケースに入れられた鉱物がそれはもう大層自慢したそうに、豪華な額縁に入れられて飾ってはあっていたので、こうしてわざわざ場所を作って保管するということはおかしな事ではない。見た限りも、普通の場所に見える。


 だが一瞬考えて確認したのは、アスウェルが改めてそういう場所にある物を、こうしてじっくり見るのはこれが初めてだったからだ。


 調べていない場所であやしい所と言ったらここしかなかったので、機会を伺って入り込んだのだ。


「収穫なしか」


 そのかいはなかったようだが。

 注意深く観察してみるが特に変わったところはまるで見られない。

 ただ綺麗なだけの普通の石ころばかりだ。

 情報はなく、ここも外れだった。


 そのアスウェルの背後から、離れていた使用人の声がかかる。


「ここに来ると宝石箱の中にいるみたいだっていつも思います。よく眠れそうですね」


 綺麗だという事と、よく眠れる事の関係性がよく分からない。


 振り返ると、箒と塵取りを持ったレミィが立っていた。

 掃除道具がなくて借りに言っていたようだが、予想より早く戻って来たらしい。

 レミィの事だから容量悪く、途中で別の事に気をとられたりして時間がかかるかと思ったのに。


「勝手に入ったのがバレたら怒られちゃいますよ」

「こんな物を集めて何をするつもりだ」


 不法侵入を棚に上げて質問をぶつける。

 人の良すぎる使用人共の事だ、これくらいで屋敷を追い出される様なことにはならないだろう。

 後で口止めしておけば、それで済むはずだ。


「何をって、鉱石と……願い石でですか? 目的なんかないんじゃないんですか? 収集家の人って、集める事が目的だって思ってますけど」


 綺麗だから、とか言わない辺りがよく分かっているようだった。

 口には出さないが、アスウェルの収集家に対する認識もだいたいそんな感じだ。


 ボードウィンがまじない好きとは聞いていないが。

 鉱石と願い石はどちらも同じ物だろう。

 わざわざ分けて呼ぶ意味が分からない。


 しかし、ここにある石はボードウィンが採集したものだけなのだろうか。

 ひょっとしたらレミィが作り出した物が交ざってたりはしないのか。


 あの人間でも魔法の使える危険な石を並べておくのは、色々とまずいだろう。


「お前の石はどこに保管している」

「お星さまですか? 私の部屋のベッドに飾ってます。眠るときにピカピカ光ってとってもきれいなんですよ」


 ライトでも買って、照らしているのだろうか。

 だから、先ほどの「よく眠れそう」か。


 眠る時と同じ景色だから。そう思うとは本当に大層なお子様脳だ。


「さあ、内緒にしますから。アスウェルさんはお部屋を出てって下さいです。誰にも言いませんです、安心してください」


 口止めはしなくてもよくなったが、レミィの場合だと逆にう無意識で口を滑らせないか心配だ。


 保管庫を追い出されながら考える。


 取りあえずは、調べなければならない事が追加でできた。

 思ったような出来事でも、歓迎できる項目でもないが。


 案内の帰り道、中庭での出来事を思い返す。


 レミィは、ただの連中の身勝手な行いに巻き込まれた可哀想な犠牲者。

 今までそう思っていたのが、そうでなかったとしたら……。


 アスウェルは、敵を助けようとしているのだろうか……?






 その日の夜。

 アスウェルは使用人達が寝泊りする部屋の区画を訪れた。

 訪れた、と言うより連れてこられたと言った方が正しいかもしれないが。


 調査の事を考えればちょうど良かった。


 アスウェルは、どうしても正体を確かめなければならない。


 気になるのは檸檬色の髪をした少女の、レミィラビラトリの事だ。

 この屋敷に努め初めて一年の新参者、もうじき14歳という最年少の使用人。


 懇親会や、普段の生活の中……、情報を集めて不審だと思う点は三点あった。


 一つ。

 この屋敷の使用人の部屋は通常、二人で一部屋がセオリーだ。レミィは、相部屋であるのが普通であるにも関わらず個室が与えられている事。


 二つ。

 特別報酬と称して、給与以外の何らかの褒美を屋敷の主……ボードウィンから受け取っている事。


 三つ。

 通常特別な立場の者しか立ち入りが許されていないにも関わらず、聖域への出入りが許されているということ。

 そんな場所へ屋敷敷地内のどこかから時折り、立ち入っているらしい事だ。


 聖域とはこの世界を作り出し日々世界の均衡を保つために調整しているという、神が……創造主が住まう場所だ。貴族や王家など身分の高いものしか入れない限られた場所。


 しかしレミィ・レビラトリはそこに定期的に出入りしているらしい。屋敷の主の公認で。

 記憶をなくしていた状態で拾われたという背景を考えれば、どう考えてもあの少女は貴族などではなく平民だ。


 なのに、聖域に立ち入る事ができるのはどういうことなのか。聖域が存在するとか、しないとか本当の所はどうであれ、そう語っているのだとしたらどういう意図があるのだろうか。矛盾した事実を騙る意味が全く分からない。


 そんな具合で、調査で判明した三つの点がこれだ。

 これだけ不審な点があれば怪しむなという方がおかしい。


 あやしい、か……。


 今までもそんな事は考えなかったわけではない。それでもアスウェルはその事実に目をつむって気が付かないようにしてきた。

 それは妹と同じように扱って来た少女が、自分の敵だと思いたくなかったから、だろう。


 だが、もう無視はできない。

 千才一隅の、拾えなかったはずの仇討ちの機会。ここに来て曖昧にして去ると言う選択肢は残されていないのだ。


 例え助けたいと思った大切な少女でも、敵だと言うのであれば家族の仇だ。

 撃たねばならない。

 その時が来たならば。


「……」

「ん、どーしたよ。アスウェル」


 使用人が寝泊まりしている区画を移動している最中。

 アレスが声をかけてくる。


 レミィのいる隣の空室に忍び込むという、そんな提案をしてきたアレスとその数人の使用人達だが、一応は、唯一の部外者である事を気にしているようだった。


「この間庭でやってくれたおいたのお礼をしなくちゃいけないからな。ま、誘ったのはついでだし良心が咎めるなら無理に誘わないぞ」

「気にするな」


 適当な嘘を言って、集まった注目を散らす。

 使用人達はどうにも、レミィの弱みやからかうネタでも探してこの間……失敗をやらかしたらしい少女への仕返しをしようとしているようだった(水やりで水をかけたとかそんないかにもな話だ)。

 アスウェルとは違う。


 ちょっとした悪戯のつもりで行動しているのだろう。彼らにとっては。

 本気で個人情報を悪用しようと言うわけではないはずだ。


 それを利用しなければならない事に罪悪感を覚えるが、目をつむるしかない……。


 辿り着いたのは殻の空き部屋。

 手際よく鍵を使って扉を開け、使用人たちは侵入していく。

 部屋の中に入って、集まった人間達が物音を立てないようにすれば、隣接した壁の向こうからレミィの一人事が聞こえてきた。


「ふぁ……ちょっと眠いです」


 薄い壁だった。防音性という言葉はまるで仕事をしていないらしい。

 他の部屋は、そんな事はなく。この部屋だけなぜかこうなってるらしい。

 そして、レミィの両脇にある部屋はそれぞれ空白だ。

 いったい何の為に……。

 

「今日も大変だったなぁ。レン姉さんやアレス兄さんみたいに上手に出来たらいいんだけど……。お仕事、失敗しちゃいました、はぁ……」


 眠気を滲ませた声で、幼い声が延々と聞こえてくる。


 レミィはずっとそんな調子で喋り続けた。 

 よくもそう一人事が尽きないものだ。


 内容は至極どうでもいい事で、ただの日常の振り返りや愚痴みたいなものばかりだった。


「シロさん、たまに遊びにきてくれますけど。もうちょっと私は遊び友達が欲しいです。はぁ、誰か友達になってくれないかなぁ。お屋敷の皆は仕事仲間ですし……。そういえば歓迎会楽しかったなぁ。あ、でもアスウェルさん皆さんに意地悪して全然喋ってなくて……」


 残念そうな声音になったり、楽しそうになったり、少しだけ憤ったり。

 声の主はころころと感情を変えて、忙しそうだ。

 実のある話はまったく聞けそうにない。


「そう言えばこの間クッキー焼いたけど失敗しちゃった。何がいけなかったんだろう」


 聞こえてくるのは本当にそんな平穏な気配しかしない、言葉。

 組織の一員だとか、陰謀だとか犯罪だとか、そんな事とはまるで縁のなさそうなごく普通の少女のものだった。


 アスウェルの抱いている懸念は、やはり考えすぎなのだろうか。


 適度に会話を盗み聞きしたアレス達は、十分な内容を引き出したらしく、満足した様子で引き揚げていく。

 だが、数秒もしない内に扉の所で、周辺の区画を見回っていたレンに目撃されてしまい、説教されているのが聞こえて来た。

 出るのはもう少し後にした方が良さそうだ。それとも窓から逃げるか。その方が良いかもしれない。面倒は嫌いだ。後で追及されたらしらばっくれよう。


 連帯責任と言う言葉を無視して、そろそろ引き上げる判断をしようかと、そう思った矢先だった。

 隣の部屋から聞こえてくるレミィの口調が変わった。


「許せないよ」


「復讐したいよ」


「私だって、ひどい事してきた人達に、やり返したいよ」


 耳に届いて来たのは暗く低い声。


「分かってるのに、止まらないよ。ひどい事、考えちゃう……」


「死んじゃえば良いんだ。皆。こんな世界滅んじゃえばいい。みんなみんなみんな幸せそうで。不幸になっちゃえばいいのに……っ」


「私は、お父さんとお母さんの顔も名前もわからないのに、一緒にいられないのにっ」


 ひび割れて今にも砕けてしまいそうなそんな声音が耳に届いて、心の底を冷やしていく。

 それは悲しみの海で、おぼれてしまいそうな悲嘆の声と、灼熱の炎で全てを焼き焦がさんとするかのような憎悪の声だ。


 気が付かなかった。

 いつも幸せそうに笑っている少女が、そんな感情を胸の内に抱えていたなんて。


「酷い、許せない。殺してやる……」


 呪いのような言葉を吐き続けながら最後にレミィは呟く。


「貴方だってそう思うでしょ?」


 部屋の向こうにいる、存在に。

 おそらく、アスウェルに向かって。



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