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儚き 鮮血の運命  作者: 透坂雨音
02 疑心探査のラビリンス
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08 夕日の中で



 最初の一日目も長くて疲れたが、二日目の今日もまた同じだった。

 だが、これだけ色々な事があったのに、まだ終わらない。


 抱いた疑問をはっきりさせるために、聞かねばならない事があった。


 屋敷への帰り道、日の傾く空の下で緑生い茂る木に囲まれる道を歩きながら、レミィに問いかける。


「あの優男とは知り合いなのか」

「知りませんあんな人。ちょっと以前見かけた嫌な人なだけです。ぜんぜんまったくこれっぽっちも知りませんです」

「なら、あの手品はなんだ」

「手品じゃないです……、教えません」

「なら植物の事はどこで知った」

「その質問にはお答えできません」


 ……。

 クルオの事は以前見かけた他人。

 魔法は教えたくない。

 植物については答えられない。


 返って来たのはそんなものばかりだ。


 隣を歩く使用人は、顔をそむけるだけでなく視線もそむけている。

 お客様にする態度ではないだろう。生意気な事だ。


「そんな言葉で納得できるか」


 こちらがそう言えば檸檬色の髪の使用人は、頬をむくれさせて、一言言い放った。


「アスウェルさんには関係ないです」


 その声には、隠しきれない怒気が含まれている。

 アスウェルが何をしたというのか。

 なついてきたかと思えば、こんどは勝手に一人で拗ねて。


「……あいつは俺の、知り合いだ。俺には知る権利がある」


 苦渋の選択で、嘘ではない事実を述べる。

 友人と言えば相手も少しは考えるだろうが、自分が遠ざけている人間との縁を都合の良い時だけ語るなど、できるわけもない。


 復讐の道を進むアスウェルにとっては、切り捨てた存在なのだから。

 相手がどんなにこちらを心配していて、その道を止める為に探し続けていたとしても。


「アスウェルさんは……知らなくていいんですよ」


 レミィは顔を背けて取り合わない姿勢のままだ。

 俺が聞きたいのはそんな言葉じゃない。

 はぐらかす気なのか。


 レミィは歩調を速めて、アスウェルの少し後ろから前へと出る。表情が見えなくなった。


「どうせ、アスウェルさんは何も知らないままどこかにふらふら行っちゃうんですから。すぐに屋敷を出て言っちゃうに決まってるんですから。知らなくったって全然かまわないじゃないですか」


 なぜそこでその言葉が出てくる。


「アスウェルさんにはやる事があるんでしょう? ここにいたって、無駄死にするだけですよ」


 そんな事を話した覚えはない。お前は何を知っている。


「私の邪魔をしないでください。何も知らないでここにい続けるというのなら……私が貴方を殺してあげます。きっと幸せになれますよ」


 支離滅裂。


 あどけない顔の少女が吐いた言葉は、そこらにいる虫に怯え泣き出しそう見た目と、不釣り合いに暗い声音でそんな事を宣言した。


 レミィ。

 お前は誰で、一体何者なのだ。


 ボードウィンの仲間なのか?

 禁忌の果実の人間なのか?

 レミィ・ラビラトリはアスウェル・フューザーの敵なのか?


「もうこの話はお終いにしましょう……」

「まだ話は終わってない」


 会話する気が無いという事を示す様に、レミィは早足になって先へと急ぐ。


 ここで話を斬られたらたまらないと、アスウェルはレミィに追いつき、その小さな肩に手を置いて強引に振り向かせようとするのだが……。


 アスウェルが手を置くはずだった肩に、どこからともなく雪の様に白い鳥が飛んできて当然の様にとまった。


「あ……、シロさん、こんにちはです。それとも、もうすぐ夜ですから、こんばんはでしょうか?」


 どことなく見覚えがあるような気がする。

 過去世界に移動してくる時、暗闇の中で見かけた鳥に似ている様にも見えるが、あまり動物に詳しくないアスウェルでは見分けなど付かなかった。


 ただ純粋に純白の鳥が存在するであろうことは珍しい事と、鳥が人の肩に慣れた様子で止まるのは珍し事ぐらいは分かるが、それ以外はさっぱりだ。


 誰かが手懐けたものだろうか。

 鳥はくちばしに何かをくわえている様だ。


「シロさんのいつものお土産ですね。ありがとうございます。また今度美味しいクッキーを焼いて差し上げますね」


 差し出したレミィの手のひらに鳥が落としたそれは、帝国でよく売られているお土産用の饅頭だった。何度も見た事がある。

 飼い主は帝国の人間か。


「シロさんは変わってますねー。人間さんの食べ物が分かるなんてすごいです」

「……」


 こいつは、鳥が自ら考えて饅頭を運んできたとでも思っているのか?

 

「偉いです。よく頑張りましたのご褒美をあげます。こちょこちょこちょ……」


 指で鳥の頭や首を撫でるレミィの手つきは、慣れているようで淀みない。

 鳥の表情など読めるはずがないのに、レミィの指の動きに合わせて、気持ちよさそうに鳴いたり目を細めたりする鳥の仕草から感情が読み取れるような気がして、色々と自分の常識を疑った。


 と、そんなアスウェルの視線に気づいただろうレミィがこちらに肩を向けてきた。もちろん鳥が止まっている方だ。


「アスウェルさんも撫でてみますか?」

「興味ない」


 鳥と戯れる趣味などないと言っておく。が、その鳥がはばたいてこちらの肩へ移動してきた。

 レミィ限定で慣れているわけではなく、人に慣れているのだろうか。


「あ、シロさん。……アスウェルさん嘘はいけませんよ。さては隠れ愛鳥家さんですね。可愛いです」


 可愛くない。


「シロさんは人に慣れてるなんて事はないんです。屋敷の皆さんには姿を見せないんですから」


 レミィには鳥愛好家の同類だとでも認識されてしまったようだ。

 断言できる。そんな生き物の相手をしていられる程、自分の過ごしてきた日常は平和ボケしていない。


「これでアスウェルさんもシロさんと友達ですね」


 胸を張って喋るレミィは自慢げだった。

 手を叩いて笑顔になるレミィは先程のやり取りをすっかり忘れたような調子で、心の底から嬉しそうでいる。

 まるで嘘のようだ。どちらが? そんな事は決まっているだろう。先程の方が、だ。


「たまにご主人様ごっこをして遊ぶんですよ」

「ピィ!」

「……」


 肯定する様に鳥が鳴いて反応を示す。


 それはどっちが主人なのだ?

 脳裏に浮かんだあまりにもな光景、滑稽な想像をさっさと追い払う。


 聞きたい事も、確かめたい事も色々あったと言うのに……、そんな雰囲気ではなくなってしまった。


「それにしても、不思議な鳥さんです。他の鳥さんは屋敷の庭にすら寄ってこないんですけど、この鳥さんだけは近くに来てくれるんですよ」


 そんな事はないだろう、と視線を屋敷の方に向ける。

 いつの間にか辿り着いていた水晶屋敷の、鉱石が異様な存在感を放つ庭は、だがレミィに言われた通り鳥の姿はどこにもなかった。


 庭には色とりどりの花が植えられ、様々な植物も、果実のなる木もあると言うのに、鳥どころか生き物の気配がまったくしない。


 ふと足元から何かを踏みつけたような感触が伝わって来たかと思い、視線を向ければ、どんな名前なのかは知らないが、まさに虫の息と言った様子の羽のついた虫が、もがきながら潰れかけた体を動かそうとしているところだった。飛べるくせになぜ地面をうろちょろしていた。これではアスウェルがトドメをさしたようなものだ。後味が悪い。


 奴らには気の毒だろうが、知らぬ間に道で虫を踏みつぶした事ならきっと何度もある事だろう。

 だが、と内心で膨れ上がる物を感じ取る。

 なぜ今に限って、こんなにも不安になるのだろうか。


 不安?


 そうだ、アスウェルは不安を感じている。

 形の残らない、漠然とした不安を……。

 

「あ、信じてませんね。ほんとですよ。勘違いなんかじゃないんですから。全然鳥さん達が来てくれないんですっ」


 頬を膨らませる少女はアスウェルの肩にいる鳥に手を伸ばして、その体を撫でて目を細めた。


「もっとたくさん遊びに来てくれたら賑やかでいいのに」


 時間が来たのか、気分が変わったのか白い鳥はアスウェルの肩から飛び立ち、夕暮れに染まる空へと吸い込まれていく。


『……触らないで』


 先程レミィが純白の鳥と戯れる前に、アスウェルが手を伸ばして振り向かせようとした時に、聞こえたかもしれない言葉を思い出す。

 その声は普段の調子が嘘のように、空虚な雰囲気を纏うひび割れた声だった。

 あれは、本当にレミィの声なのだろうか。


 地面に残されたアスウェル達に、この世界のどこか彼方へと飛びたった鳥は、夕日の光を反射し血の様に染まる羽を一つ落としていった。







 1月7日 


 アスウェルは調べ物の為に町中へしょっちゅう出かけているから気が付かなかったが、使用人達はあまり外へ外出しないように言われているらしい。

 だが、レミィはアスウェルが屋敷に来た翌日に町を案内していたし、オリジナルの世界でもよく出かけていた。


 他の使用人はともかく、レミィは特別なのだろうか。

 分からない。


 それはともかく

 中庭に本当に生物の気配を感じない事に気が付いたのは、あれからそう遠くない日だった。


「……」

「えいっ、です」

「何をやっている」


 情報収集の為に、情報屋と接触を図ろうと屋敷を出ようとした矢先だった。玄関の前、屋敷の庭で妙な事をやっているレミィを見かけたのは。


 拳を握って振っていたのだから、気にならない方がおかしいだろう。


「魔法を使ってますっ」


 レミィは手に石を持っていて、その石から雷撃の様な物をパチパチ出して光らせている所だった。

 鉱石だ。

 それは、元からあった物なのか、それとも自分で作り出したものなのか。


「こうやって石の中から、エネルギーを引き出せば。魔人さんが魔法を使えるように、普通の人も使う事ができるんですよ」


 町中子供らに、鉱石を作ってやって光らせているのは見た。

 レミィの魔法はどうやってかは知らないが、鉱石を生み出す者だと言う事も知っている。

 ……が、まさか石から魔法を使うなどと目の前の少女は言っている。どうなっている?

 こいつは本当に知るたびにおかしなことを仕出かす。


「アスウェルさんもできますよ」


 冗談言うな、と言いたい。

 普通の人もというのは、まさか人間もと言う意味なのか。

 そう思うが、そのまさかだとでも言わんばかりに、レミィは当然の様に鉱石をこちらに手渡してきた。


「脳裏に電撃がパチッてしてるのを思い描いて、どこかに打ち込むイメージをしてください。アスウェルさんなら簡単ですよ。慣れた感じで出来ます。ちょろいです」


 その保証はどこからくるんだと思いながらも、半信半疑の心地で集中してみる。

 庭のそこらに立っている適当な木を的にするように狙ってて。


 憎い仇を思い浮かべながら、強く強くイメージを練り上げていって……。


 そして、効果は出た。


 一瞬の閃光が視界を焼いた後、膨大なエネルギーが膨れ上がる気配を感じて、そして次の瞬間。

 手にした鉱石から雷が落雷したかのうような閃光が走って、近くの木を真っ二つにしたのだ。


「ひゃわっ。やり過ぎですよっ。怒られちゃいますっ。ボードウィン様に何やってるのだーって言われちゃいます……、どうしよう」


 ただの人間にこれだけの威力の魔法が使えた、だと。

 現実なのだろうか、これは。


「ケンカがすごく強くなります。きっとアスウェルさんの役に立つはずですよ」


 だが、そう言うレミィはまるで事の大きさが理解できていないかのような様子で、アスウェルに無邪気に語りかけてくるのみだ。


 初めてのアスウェルにこんな威力が出せるなら、そこらの人間にだってそれなりの事ができるはずだ。


 目の前の呑気顔を見る。

 鉱石を作り出した時もそうだった。

 こいつは自分がやったこことを分かっているのだろうか。



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