07 星を掴む魔法
そんな様子で町の各所を出歩いていくのだが、屋敷の人間が隣にいるせいで情報を集める事ができなかった。
「ムラネコさんはー。虎模様さんー。はっ、とらネコさん?」
隣でレミィが時折、猫がどうのと一人で好きに歌っているがアスウェルは取り合わない。
町の集会所や、小さな演奏ホール、レミィのなじみの喫茶店や果物屋。一通り周るのだが、町の地理を把握するのはいいとして、どうでもいい話を長々と聞きたいわけではないので、隣がやかましいのは面倒だった。
だが、そうやってうんざりしつつも結局は半日も付き合ってしまう。
私は今とっても楽しいです。みたいな表情をされて悪い気がしないのは確かで、久しぶりのふれあいなのでつい時間の使い方が贅沢になってしまう。
そうして隣から至極どうでもいい話を聞かされたり、思い出したようにたまに町の話を聞かされたりして、ようやく屋敷へと戻ろう……となった道すがら、レミィがそいつらに囲まれた。
「ミィ姉ちゃんみっけー」
「あー、ミィ姉だ」
「ミィちゃん!」
駆けて来たのは、調子に乗ったチンピラたちでも、社会の暗部に生きる様な血なまぐさい連中でもなく、ただの一般人。
年端も行かない子供の軍勢だった。
そいつらはあっという間に、アスウェルの隣にいるやかましい使用人にまとわりついて、それ以上のやかましさを場に作り出した。
十にもならない年の子供達は、良く喋る玩具と知り合いらしい。
彼らはレミィの事が大層お気に入りの様で、わらわらと寄ってきては服を掴んだり腕を引っ張ったり、背中によじ登ろうとしたりしている。アスウェルは当然巻き込まれないように避難した。
よく見れば、その軍勢の中には昨日見た魔人の少女も交ざっているのに気が付く。
「ミィちゃんじゃないです。レミィです。私はお姉さんですよっ」
「ミィちゃんはミィちゃんだよ。ねぇ、ミィちゃん遊んでー」
「やですー」
お前は、子供と同レベルになってやりあうな。
大人げない(そもそも見た目的にまだ大人かどうか怪しいが)少女は、しかしそれでも子供にまとわりつかれて遊びを強要されるのに疲れたのか、渋々相手をする事に決めたようだ。
「もう、しょうがないですね。やったろーです、見てると良いです。レミィさんの手品ショーですよ!」
「わーい」「やったー」「ミィちゃんちょろい」
確かにちょろいな。
腕を高々と突き上げて宣言する少女を通行人が何事かと眺めていくが、そんな光景には慣れているらしい。みな微笑ましい物を見る様な目つきをして歩き去っていく。
放っておいて帰ろうかと思ったが、本当にそんな事をしたら屋敷の使用人達に何て言われるか分からない。仕方なしに近くに立っている家の陰に避難して、様子を伺い続ける。
そこで遊びに付き合うと決めたレミィは、子供の輪の中で胸を張って「注目ですっ」と言って動き出した。
「ミィちゃんかっこいー」
「わーい」
「やたー」
で、注目しろと目立った割には、こそこそしながら子供たちを集めて円陣を組ませて、人垣の中で隠れるように何かやり始める始末。何がしたい。さっきのは目立ちたかっただけか。
「ええと、どんな風にしようかな。うーんと……」
芸か出し物でもするつもりなのか、人垣の中で悩み続けるレミィの様子が見えなくなったので、アスウェルは仕方なしに場所を移動する。
立ち位置が子供らに近くなって、先ほどにいた場所より煩くなったし不快だが今は些細な事だ。
「よし、決めました! お星さまをプレゼントしちゃいますっ」
披露するものを決めたレミィは、表情を引き締めて宣言。
それから小さな使用人がした事と言えば、手品と言うにはいささか華やかさのない行為で、舞台映えするには動作の少なすぎるものだったが、かといって目を背けてなかった事にするには異質すぎる行動だった。
「むむむむ……えいっ、です」
遥か彼方の天空に輝く星を手に見せる、とのたまったレミィは空に拳を突き上げて数分、手ごたえを感じた様な反応を見せ、子供たちの方へと突き出したようだ。位置が低くて見えない。
「わーっ」
「わぁっ」
「わっ」
だがわざわざ近づかずとも、歓声を上げた子供たちが動くので人垣の隙間からそれが見えた。
「……」
それを見て、アスウェルは眉をひそめた。
なぜなら、レミィが差し出した小さな手の上には、色のついた小さな鉱石が一つ握られていられていたからだ。
天空を思わせる空色の石が太陽の光を浴びてきらきらと輝いている。
どこかであらかじめ持っていたものを手の中に、移動させたのだろうか。
いや、人垣で見えなかったがレミィにそんな素振りはなかった。
そもそもあいつにそんな器用な真似ができるわけがない。
ならレミィの行ったそれは魔法……? なのだろうか。
アスウェルは、目にした光景を理解しかねていた。
こんな事は、初見だ。当然、オリジナルの歴史では見た事が無い。
魔法だと言うのなら、星を掴んで石にするなど、出来る事なのだろうか。
「びっくりしましたか? たくさん頑張って練習したんですよっ」
今見た物が魔法なのだとしたら、レミィは魔人となる。それは、軌道列車でレミィが奴隷契約をされていた事を知った時にも考えた事だ。理解できる。
信用されてなかった事になってしまうが、レミィが魔人であるなら、旅人であるアスウェルに魔法の存在を教えなかった事も、悔しいが理解できる。
だが、今起きた事……あんな魔法が存在することまで理解出来たりはしない。
何もない所から鉱石を作り出すなどという、妙ちくりんな魔法が存在するなど……。
軌道列車でリズリィと言う少女は行使した魔法の様に、通常ならば魔人に出来る事は、炎や水、電気や氷、風など自然に存在するエネルギーをただ引き出して操るだけなのだ。
「「「星を掴んで……」」」
ふいに記憶の彼方から声が聞こえてきたような気がするが、眼の前で湧き起こった子供達の声にかき消されてしまう。
「掴んだお星さまを願い石にしちゃいました。どうですか? どうですか?」
「わー、すごいキラキラだねー」
「お星さま掴んじゃったの?」
「やりたい。どうやるの今の、ねー」
まったく隠すことなく見せびらかすレミィを見て。アスウェルはため息をつきたくなる。
少しは周囲を気にしてくれ、と言いたい。
自分がやった事を分かっているのだろうか。
しかし、願い石と言ったか。
それはまじない、占いなどで聞く鉱石の別称だ。
持っていると幸運が舞い込む、良い事がある。そんな様な触れ込みで不思議な力のある石として、だ。確か形の良い鉱石などが富裕層の金持ち達に売られているのだったか……。
アスウェルがあった貴族の中にも、鉱石の収集癖などという変わった趣味を持たない人間で、そのような物を持っていた記憶があった。
昔はそんな話は一切聞かなかったので、最近はやり出したのかもしれない。
レミィは口元に人差し指を立てて、子供の一人へと手に持っていた鉱石を差し出した。
「やり方は企業秘密です。この前はフー君にあげたから今度はサヤちゃんの番ですね。はいどうぞ。サヤちゃんは水色って感じがしたので、色は水色にしときましたよ」
「わあ、ありがとうミィお姉ちゃん」
「どういたしましてです! でも私はレミィです、それだとネコさんみたいになっちゃいますよ」
嬉しそうに受け取る少女は、フーと言う少年が出した鉱石と見比べて楽しそうにしている。
深い森を思わせる緑の鉱石。あれが、前にレミィがプレゼントしたものなのだろう。
「ねぇねぇミィちゃん」
「だからミィちゃんじゃないです……、ってそれは?」
だがおかしな出来事はそれで終わりではなかった。
「これあげる」
「はい、ありがとうございます。もらえる物なら毒でも武器でも何でも貰っちゃいますよ……じゃなくて、これどこで見つけたんですか?」
子供達の中の一人がレミィの服を引っ張りながら、ポケットから取り出した植物を見せる。それ小さな白い花だ。
喜んで受け取る物だろうと想像していたが、レミィは差し出された植物をじっと見つめるのみだ。ややあって丁寧に子供からその花を受け取れば、考え込むような様子で訝し気な表情を作った。
「これは……どうしてこんな危険なものが町中に」
まるで毒でも武器でももらった事があるかのような口調のレミィは、先程までの浮かれた様子を消している。
そんなレミィの変化に、首を傾げつつも子供は答えていくのだが……。
「え、うーんと。金髪のお兄ちゃんからもらったの。いつもミィちゃんがよく行くホールのとこで……」
レミィが何かを言おうと口を開きかけるも、唐突な声がその動作を遮った。
「そこの君!」
そして、割り込む様にやって来た優男が、レミィの手からその植物を奪う。
アスウェルはその姿を見て、思わず眉間に皺が寄ってしまった。
青みを帯びた長い黒髪に水色の大きな瞳、貧弱ともいえるやせっぽちの体格を、長めのローブですっぽりと覆った優男は、女性と見間違えられそうな整った顔立ちをしている。この時代のアスウェルと同じ十八歳の男性、クルオ・メーウィンだ。
気弱とも見てとれる容姿の人間だが、見た目に関わらず意外と頑固で意思が強い。
アスウェルの友人……だった人間だ。
クルオとは一年前にウンディでは会っていない人物。
……いたのか。
「そんな物を持っていちゃ駄目だ、それは毒性の強い植物なんだ」
正義感の強いそいつは、突然の闖入者にあっけにとられるその場の者達の様子をおいてけぼりにして話を進めていく。
熱中すると空気が読めなくなるのは、どんなに成長してもまったく変わらない。
レミィと似た所のある奴だった。
「どこで手に入れたかは知らないけど、これは僕が預かっておく。いいね? 君は帰ったら良く手洗いをするんだ。そこの君も。他にこの植物を触った人間がいるのなら、同じ様にするんだよ」
律儀に一人一人の顔を見つめながら注意をしていく様子を見れば、かなりのお人よしであろう事が誰にでも分かるだろうだろう。
ただ、今述べたような事情など分からない子供達には、関係ないだろうが。
摩訶不思議な物を見つめる視線が、段々と不審人物を見つめるような視線になっていく。
「変な人がいるよ」
「わぁ、僕たち話しかけられちゃった」
「ミィちゃんへのプレゼント取られちゃった……」
思ったような反応が得られなかった事に闖入者は、首を傾げ、それから思い切り狼狽し始める。
「あ、違うんだ。これは別に君達の物を盗ったとかじゃなくて危ないから取り上げただけで……。ああ、いや、同じとっただけど、それとこれとは違うんだ……」
白い眼を向けられ続ける闖入者はどうしていいか分からない様子でなおもへたくそな言い訳をし続けるのだが、不意にそんな様子を黙っていたレミィが、クルオへ向けて声を上げた。低い声で。
「クルオさん」
「はい。……え、どうして僕の名前を……」
「邪魔です、どっか行ってください」
「えぇ?」
あどけない顔をした少女に、はっきりと拒絶の言葉を向けられ、敵意のこもった視線を向けられた闖入者は戸惑いを隠せない。
「何を企んでいるのかは知りませんが、私は騙されませんから」
「えっと、あの……僕と君ってどこかで会ったかな。何か失礼な事を言ってしまったのなら謝るけど……」
「とっととどっかいけ……ですっ!」
「は、はいっ!」
猫の皮のはがれたレミィの発する、有無を言わせぬドスの効いた声に、非礼を詫びようとしていた奴は体を硬直させた様子でその場を遁走していく。
離れた場所にいたアスウェルには気が付く様子がなかった。
「ミィ姉ちゃん……どうしたの?」
「はっ、ごめんなさいです。つい嫌いな人を見かけてしまったので、本気モードになってしまいました。フー君達は気にしなくても良い事ですよ。でも手は洗った方が良いです。あの植物は見た目は普通な感じですけど、中々侮れないやつですから」
おっかなびっくり話しかけた少年に、いつもの様子に戻ったレミィはクルオと同じような事を言って子供達に注意をしていく。
そういえば、あいつは小さいくせに怒らせると面倒だった。
本を盗った(ように見えた)時も、怒りを隠すことなく噛みついてきたのだし。
前の時も、からかい過ぎて怒られた事がたまにある。
子供っぽい見た目通りに隠す事なく感情を表に出してきて、爆弾に火をつけたような惨状になるのだ。
手を出されて、猫の様に引っ掻かれた事もあった。
厄介な人間が十分遠くに行ったのを見計らって、レミィの元へと近づいていく。
取り合えず、聞かねばならない事は山ほどあった。