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  作者: 鈴元 香奈
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昔話

 西田と一緒に大学内にある教職員向けレストランにやって来た。

 中学の生徒たちは、広報の三瀬さんと斉藤に連れられて大きい学食に行っていた。

 西田のお勧めだと言う日替わりランチを頼む。

「委員長は、僕と昼飯を食べたくなかった?」

 西田が問う。

「別に」

 そう答えるしかなかった。西田が自分より高学歴だったことが悔しいというより、そう思う自分自身に打ちのめされていた。

「顔がこわばっているよ。そんな顔を見馴れているからわかる。下と思っていた奴に負けたと知ったら、人は突然怒り出したり、自分の知識をひけらかしたりするんだ。博士号を取ったって、全ての科学知識に詳しい訳ではない。専門以外は素人なんだから。知らないことが有って当然なのに」

やはり、下だと思われるような生活をしていたのか?

「どうやって博士号を取ったんだ? お金持ちの親戚がいたのか?」

「あの事件の後施設に入って、中学を出てからすぐに働いた。料亭に住み込みで板前の見習いになったんだ。厳しかったけど板長はいい人で、きっちり日本料理を仕込んでくれた。高校へは行っていない。高卒認定試験を受けて通信制の大学へ入ったんだ。修士も通信制大学院で取った。そこで客員教授として修論の指導をしてくれたのが今のボス、博士後期課程はこの大学に入学して博論の指導をしてもらった。僕は運が良かったと思う」

「あんまり学校へ行っていないんだな?」

「そうなんだ。料亭には十年間ぐらい務めたんだけどね。世間の常識は板長に教えてもらったんで、ちょっと偏っているかもな。板長は、大学院へ行くと言ったら死ぬ気で頑張れと応援してくれた。辞める日に渾身の料理を食わしてくれて、もうあんな料理にはありつけないだろうな」

 俺は自然に笑えるようになっていた。ある意味、西田はとんでもない。やっぱり俺たちとは違うと思った。

「西田の言うとおりだ。俺は西田を下に見ていた。だから、西田が博士号を取って大学教員になっていると聞いて、とても不快だった」

「僕は、ボスが獲得した外部資金で雇われている特任助教だから、三年の任期があるんだ。その後の事はわからない。パーマネントのアカポスを得るのはとっても難しんだよね。学費は殆ど使っていないから借金はないし、調理師免許を持っているから、食べていくことはできるけど。守るものも失うものもないから、気楽でいい」

「西田を突き飛ばした篠田のことを覚えているか? 篠田はこの大学を三回も受験して落ちた。俺は、その事に安心していた。篠田に負けなくて良かったと。俺はやはり醜いよ」

「それなら僕も醜い奴だな。今聞いてざまぁみろって思った」

 西田が笑う。俺は自分の弱さを受け入れることができそうだ。


「僕は、委員長に礼を言いたかったんだ。学校なんて地獄だと思っていた。誰も守ってくれないと諦めていたんだ。転校を繰り返す貧乏な僕が理科と数学だけ成績が良かったから、けっこう苛められた。でも、家よりはましだし給食があったので学校へ行っていた。だけど、あの中学校で委員長が僕に話しかけてくれた。本当にうれしかった。学校へ行くのが楽しかったのはあの時だけだ。本当にありがとう」

 俺は何もできなかった。それでも、楽しかったと言ってくれるのか?

「今は、楽しいか?」

「そうだな。大学は楽だよ。ここには逆風はない。凪いでいる訳ではない。皆が前へ前へと進んでいる。後ろなんか振り返っている余裕は無いからね。競争的資金に応募して採択されなければ、自分の研究費は碌にないし、本当に競争社会なんだよ。上や下なんて言っている暇はない。いい論文を書いて認められるしかないんだ」

「忙しそうだな?」

「まあね。好きな事だから」


 俺たちはレストランを出た。

「西田さん、こっちにいたんだ。珍しい。いつもは学食なのに。数値計算について教えてもらっていいですか?」

 学生が西田に駆け寄ってくる。

「忙しそうだな。じゃあな。また会おう」

「それじゃな。また」

 来年も見学に来れたらいいなと思い、俺は生徒の待つ学食へ向かった。

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