大学見学
俺たちを乗せたバスが大学の門をくぐる。
その中は、生徒たちにとって想像をはるかに超えた巨大さだった。
三年生総勢二十八名。全学年合わせて百名にも満たない小さな学校しか知らない生徒たちは、圧倒されたように辺りを見回していた。
広報の三瀬と名乗る女性が、駐車場まで迎えに来てくれた。バスを降りて後に続く。
「朝早くに出発したと聞きました。大変だったでしょう」
三瀬さんが生徒を気遣ってくれる。気さくな感じのいい人だ。
「七時半に学校を出ました。三時間以上かかりましたね」
日は随分と高くなってきている。
予定では、混んでくる前の学食を使わせてもらえることになっている。
昼食後は付属の図書館と博物館の見学をする。
そして、これから西田さんと会い、研究室を見学させてもらえることになっていた。
理学部棟は大学の奥にあった。
二階の会議室に通される。大学の資料が入った袋が机の上にセットされていた。
「適当に座って待っていて。西田先生を呼んでくるから。先生はあなたたちの中学校に通っていたことがあるんだって。懐かしいって言っていたわよ」
三瀬さんはそう言って出て行った。
西田さんが俺たちの中学校に通っていたって? まさか。
すぐに西田さんはやって来た。
少し背が伸びた。年相応に大人の顔になっている。それでも間違いない。
西田研一だ。
なぜ、ここにいる? あの西田が。
高校にも行かないんじゃなかったのか?
勉強もできない環境に育った可哀想な奴だったんじゃないのか?
理学の博士号を持っている?
哀れむべきだった西田。それなのに……。
俺は受け入れられなかった。
高学歴から一番遠い奴だと思っていた。篠田や俺よりも環境は悪いはずだった。
こんな所にいるはずがない。何かの間違いだ。
なぜ、俺より高学歴なんだ。俺よりいい大学の学位を持っているんだ。
「どんな勉強をしていたんですか?」
「図書館で本ばかり読んでいたかな」
「好きな科目は?」
「数学と理科。他は苦手だったけど、皆はちゃんと勉強したほうがいい。日本語と英語は絶対に必要だからね。僕は本当に苦労した」
「博士になってどうですか?」
「楽しいよ。苦労も多いけどね。好きな事だから」
「博士になるなんて、凄く難しいんですよね」
「まぁね。でも、どんな環境であっても不可能ではないと思うんだ。なりたいと望めば叶う。どんな職業でも一緒かもしれないけどね」
穏やかに中学生の質問に答えている西田。
俺は篠田と一緒だ。この大学に憧れていたんだ。
でも、受験をしなかった。田舎で受験のことなど何も知らなかったから、いい大学に入れなかったんだと、自分に言い訳ばかりしていた。
自分より下で可哀想と思っていた西田が、憧れの大学で博士号を取った。祝福すべきなのに、とても素直に祝えない。
頑張らなかった言い訳をできなくしてしまう西田が憎い。
自分の暗い感情を引き出す西田が、ただ憎かった。