中間試験
中間試験が始まった。
五科目の試験を二日間で行う。給食は無い。
下校途中にある公園のベンチに、西田が座っている。
「帰らないのか?」
近寄って聞いてみた。
西田は手に半額シールが貼られた菓子パンの袋を持っていた。
「家にはあの男がいるから」
俯いて西田はそう答えた。
「テスト勉強はいいのか?」
「家に帰ってもどうせ勉強なんてできない」
「そうか、じゃあな」
「ああ、また明日」
もう少し付き合ってやれば良かったかもしれない。しかし、かける言葉が思いつかなかった。一緒にいるのが辛かった。
家の帰ると、パートを休んだ母が昼食を用意してくれていた。
あたりまえだと思っていた事が、幸せな事なんだと思った。
「勉強、頑張ってね」
母に励まされながら部屋に行く。
今までうっとうしいと思っていた母の言葉が、今日は素直に心に落ちた。
テスト返しが始まった。
隠すことも無く机の上に置かれた西田の国語のテストは、名前しか書いていない零点だった。
社会も零点、そして、英語も零点だった。
理科の時間になった。
「このクラスに満点の者がいる」
教師があまり嬉しくない顔で言った。
俺は、クラスで博士と呼ばれている理科が得意な篠田だと思った。しかし、篠田の顔はとても悔しそうだった。
西田の机には点を隠していないテスト用紙が置かれている。それは丸で埋め尽くされていた。
なるほど、二週間前にやって来て自分が教えた訳ではない生徒が満点を取ったことが、教師にとって不満だったのか。
同じことが数学の時間にも起こった。
やはり西田のテストは満点だった。
下校時間になると、篠田が西田を誘っているのが見えた。気になり後をついて行く。
二人は学校の裏にある川の土手にやって来た。土手の下から窺う。
「馬鹿なおまえが百点を取るなんておかしい。カンニングをしたんだろう!」
西田は興奮している。
私学の中学校など無い田舎だ。頭が良い奴も公立中学に通っている。篠田は小学校から頭が良いと評判で、特に理科と数学の成績が良かった。
「なんでそんな面倒な事をしなければならないんだ。僕は進学をしない。中学を卒業したら家を出て働く。成績なんか関係ないのに」
「おまえみたいな貧乏で進学も出来ないような奴が、僕より成績がいいなんて許せない!」
篠田が西田を突き飛ばす。
小柄な西田が土手の向こうに消えた。
俺は慌てて土手に上がって西田が落ちた場所を見た。
「西田、大丈夫か?」
「ああ」
西田はゆっくりと上がって来た。
「残念だったけど、たいした怪我はしていない。怪我をしていたらあの男が喜ぶから嫌だけど。おまえんちに嬉々として慰謝料を取りに行くだろうから」
西田は怒っていなかった。
「おまえは!」
篠田はまだ興奮している。
「馬鹿にしていた奴に負けて悔しい? 僕の事が憎い? じゃあ殺せばいいよ。別に生きていたい訳じゃないから」
「二人ともやめろ。今日は家に帰れ」
俺は怒鳴った。
我に返った篠田が走って去って行く。
「生きていればいいこともあると思うんだ」
俺は、西田にそんな事しか言えなかった。