序章 キ族の牛車にて
まだいくらか日差しの強い岩石の砂漠を、沢山の荷物を詰んだ牛車の列が進んでいる。商隊だろうか、その不格好な牛車の中で君は目を覚ました。
「気分はどうだい」
君は動きの鈍い体を動かし声のした方へ目をやると、三つ目の女性が座っていた。日差しの遮られた暗い車の中にあって異様に白い肌、同じく床まで垂れた色素のない長い髪。
君のぎょっとした表情に少し苦笑しながら、彼女は語りだした。
「君は知らないかもしれないが、キ族と言ってね。この世界で三つ目はそう珍しくないのだよ」
彼女は茶色い素焼きの水差しから小さな器に水を注ぎ、君に差し出す。
「ウイ族が無茶をしたのさ。血の薄い者を精霊主にしようだなんてね。だから主従が逆転して・・・」
上体を起こした君が水を受け取り礼を言おうとすると、声が出ない。
「ああすまない、今の君は精霊主だ。その首輪を外せば声が出るようになるが、今は外さないほうがいい」
彼女が言うには、君はこの砂漠に倒れていた所をこの商隊に拾われたらしい。精霊使い達の一族によってこの世界に呼ばれてしまったが、その際にその精霊使いのちからを奪ってしまったのだそうだ。
「その精霊使い、いやもはや君の半身とも言うべきか。おそらく力を奪われた事に気が付いてないのだろう。この先の街に居るから文句はそいつに言うといい」
彼女はいたずらっぽい笑みを浮かべながらそう言い、座りを崩す。ふと牛車が止まった。
「この先に街があるが、君はここで別れたほうがいい。キ族と一緒に居るとあまり心情に良くないからね」
君は牛車を降りると、彼女に深々とお辞儀をした。
「君の半身とすぐに出逢えることを願っているよ」
牛車と外とのあまりの温度差に君は少したじろいたようだが、道の先に見える街の壁を目指し歩き始めた。