受付嬢二年目編・20
こんなことになるならやっぱり早く帰ってしまえば良かった。
私の右手に掴まる小さな男の子を、王女とマリスが頬をほくほくさせながら興味深げに見ている姿を見て思う。
「これはペストクライブかしら?」
「今の記憶がないみたいだな。小さい頃のアルウェスだ」
ノルウェラ様とゼノン王子が、その男の子に向かっていくつか質問をしている。
小さい頃のアルウェス。
つまり今私の手に掴まっている小さな金髪の男の子はあのロックマン。そう、あの光に包まれた瞬間に起こった異変がこれだ。
私もまじまじとそのロックマン(仮)を見る。
さっきから一切喋らないばかりか、母親であるリーナ様にも近づこうとしない。これだけ若々しい姿を保っていたら小さい頃の記憶で止まっているロックマンが気づきそうな気もするのだが。
そして赤ちゃんが起こしたペストクライブの二つ目の影響かは知らないが、とにかく手が離れない。未だなんの反応もないロックマンの手を、やはり姿も幼く小さいのでゆっくり丁寧にはがそうとするも、接着液でくっついてしまったようにはがれることはなかった。
姿は幼児には見えないが、私と最初に会った頃よりも小さいので推定4、5歳ぐらいだろうと思われる。髪の毛は腰に届くくらい伸びていて、一瞬女の子かもしれないと思ったけれど服装が男の貴族の装いだったため、ノルウェラ様とゼノン王子が判断した通りやはり男の子であり、確実にロックマンの幼少期の姿であるそうだ。
赤ちゃんと変わらないぷよぷよのほっぺが、長い前髪からのぞいて見える。
瞳も赤い。
小さい頃はこんな感じだったのかとゼノン王子に聞けば「魔力が制御できないため、この頃は確か親とは別々に暮らしていた」と話された。
なんでも、魔力が強いため周辺にある物が割れてしまったり燃えてしまったりと、大人の魔法使いでも抑える手立てがなかったため、半ば隔離に近い施設にいたらしい。その施設は私もよく知るアリスト博士の自宅なようで、昔からお世話になっていたようだった。髪が背中まで伸びてしまっているのも魔力がたまってしまってどうにか外に出そうと身体が頑張って踏ん張っている証拠なのだという。
ざっくりと昔のことを聞いたがなんとも言えない気持ちになる。今の女性に甘いあの顔が嘘のようだ。
「ヘルさん、よろしければ一日預かっていただける?」
「え?」
「手も離れないんですもの。キースの起こしたペストクライブだとは思うんだけど、この子が元に戻してあげることはできないから」
キースとはノルウェラ様の赤ちゃんの名前だ。今はもう王女の腕からノルウェラ様の腕へと戻って、スヤスヤと寝ている。
癇癪を起こした時に魔力が暴走してしまうのがペストクライブという現象なわけだけれど、一連の流れからにするにどうやらロックマンが小さくなった原因は赤ちゃんによるものだとゼノン王子もノルウェラ様も判断したようだ。
しかも術解除の魔法をかけてもまったく反応がないことから、赤ちゃん自身がロックマン、いやちびロックマンにかけた術を解かないと元に戻る可能性は低いという。
そんな馬鹿な。
赤ちゃんに魔法を解けと言って解けるとでも思うのか。
皆考えていることは同じなのか難しい顔をしている。
ちびロックマンにキャーキャー言っていた王女とマリスもだんだん事の重大さが分かってきたのか「元のアルウェス様にもどりませんの!?」と焦っていた。焦って当然である。ちびロックマンのままでは結婚はおろか、恋愛さえできないだろうに。
「ナナリー、髪色を茶色にしといたほうがいい。アルウェスの過去の記憶に今の記憶があるとは考え憎いが、もしこのアルウェスが過去と入れ換わっていたら、色々やっかいなことになる」
「昔、大人の私と会ったことがあるっていう記憶が、ロックマンの中にできてしまうってことですか?」
言われるままに髪色を茶色へと変化させた。
「ああ。可能性は低いけどな」
「でも殿下達のほうが覚えられやすいのでは?」
ぼーっとしているちびロックマンを見て、ゼノン王子が目線を合わせるためかしゃがみこむ。
「アルウェス、ここは夢の中だ。夢の中だから、未来とは一切関係ないぞ。起きたら忘れるんだ、いいか?」
無理やり感が半端ないゼノン王子の暗示。
未だ何の返事もしないちびロックマンに少しだけ心配になる。少しだけ、だ。見た目が幼くなっているので、普段奴に接するようにはいかないし、ましてや今の記憶がないというならば余計慎重に扱わなくてはいけない。
「でも手が離れないのは何故なのかしら」
赤ちゃんが起こしたペストクライブにきっと意味はないのだろうが、ノルウェラ様はちょっと困惑ぎみだ。
「それに、この頃は話しただけでも魔力が暴走してしまって大変だったの。だからむやみに話さないようになってしまって」
「この歳で……」
だからずっと黙っているのか。この歳でなんて精神。
どうせコイツのことだから昔から女の人にちやほやされたりベッタリしていたのだろうと勝手に想像していたのに、まったく検討違いである。
離れない右手。
離れないのなら、と強くぎゅっと握った。
「一日、様子を見てみます。仕事も所長にわけを話してみますので、もちろん子供がロックマンであるということは伏せますから」
王女が心配げな眼差しで幼いロックマンを見ていた。
*
ララを召喚することもやめておいたほうがいいと言われたため、ゼノン王子が用意してくれた馬車で王の島から離れた。それから直行でハーレまで行き、人目を避けつつ(何人かには見られたけれど)所長室まで行く。ちょうど部屋の中にいたのでこれ幸いと事情を簡単に説明すれば、三日ほどお休みをくれるとのことで、それ以降は仕事にも支障がでるから私も協力するわ、と心強い言葉を貰えた。
三日も休みを貰ってしまうなんてと焦ったが、右手を掴むちびロックマンを見るとそんな焦りは違う焦りに変わる。
三日もこのままだったらどうしよう。
「ここ、どこ?」
「私のおうちだよ。……んん?」
女の子のように少し高い声。
あれ今喋ったぞ。
バッとちびロックマンを見下ろした。
昔は施設に隔離されていたというので気分転換に外出でもしてみれば何か変わるんじゃないのかと思ったが、知り合いに会ったら面倒なことになりかねない。それになるべくロックマンの知り合いに会うのも避けたい。ゼノン王子がちびロックマンに言い聞かせていた通り、ここは夢の中ということにして、今日は私の部屋で過ごそうと、今は寮の部屋に入ったところだった。
ちなみに寮母さんには『親戚の子を預かってと言われた』で簡単に通してくれた。ちょっと心配になる(防犯面は大丈夫なのか)。
「おねーさんが、力をすってくれてるの?」
「力を吸う?」
「なにもこわれないから、手からすってくれてるの?」
離れない右手。ちびロックマンからしたら左手を見てそう言われた。
長い睫毛をパチパチと瞬かせて不思議そうにする姿に、なにちょっとこれ可愛いじゃんズルいと心臓が若干ざわついたのは内緒である。
念のため家具の配置も変えて、壁紙も変えておいた。ロックマンは一度この部屋に来たことがあるため、記憶に違いをつけるために。そもそも元に戻ったときにこのことを覚えているのかも怪しいが、気をつけておくことにこしたことはないだろう。
「おねえさんは、はかせのじょしゅの人?」
「アリスト博士の? ううん、違うよ。君が迷子になっていたから、助けたんだよ」
「ぼくまいご?」
「手も、誰かのイタズラで離れなくなっちゃってるんだ。ごめんね」
今まで喋らなかったのが嘘のように、次々と質問をされる。
ここはどこなの、とか、おねーさんは誰、とか、外は楽しいか、とか色々だ。全て正直に話すのは危ないためそれとなくあやふやに答えたが、本人が納得いっているのかは分からない。たとえばお姉さんは誰なのの質問に対し、騎士団で働いていて迷子を助ける係、なんてあやふやどころか全くの嘘をついていた。嘘は大嫌いだが、時には必要な嘘があるということも学んでいる。
騎士団ということで、もし王の島にいたことを不思議がっても騎士だからと言えば多少つじつまが合うだろうと思ったが、小さい子がそこまで考えるかなと逆に考え過ぎなのではないのかと自分で思う。
いやでも、何せあのロックマンの幼少期だ。
当時は泥んこ遊びに明け暮れていた私とは違い、頭が冴えているのはかわりないだろう。なんて無意識にロックマンのほうが優れているような考えに自分で自分に腹が立った。