受付嬢二年目編・18
マリス・キャロマインズ。
彼女は私の元学友であり、今でも連絡を取る数少ない友人の一人だ。貴族のお嬢様だが、学生生活を共にしていくうちに仲は良くなり、手紙も一週間に一度は届く。今はお城にミスリナ王女の教育係としてあがっていて、たいへん光栄なことだと以前会ったときは嬉しそうに話していた。
そんなマリスだが、確かに城に来ているとは聞いていたものの、こんな形で再会するとは思ってもいなかった。
「こちらはわたくしの友人ナナリー・ヘル。リーナ様、わたくしがいつも話していた子です」
「マリスから聞いていた通り、とてもかわいらしくて美人な方ね」
金髪の長い髪を惜し気もなく背中へ流し、陽に照らされた真白い肌は宝石のようにキラキラと輝いて(比喩ではなく本当にキラキラしている)、青い瞳は優しげに臥せられており、赤子をよしよしとあやしながら私へ向ける笑顔は、まるでそう、女神様。
マリスに手を掴まれたまま、リーナ様と呼ばれた赤子を抱いた大層な美人に美人と言われ紹介された私は、頭を下げて頬を赤らめることしか出来なかった。そんなことはない貴女の方が何倍も綺麗ですと初対面で容姿のことを軽々しく口にして良いのか、それに否定するのも失礼ではないのかとグルグル脳内で考えを巡らせていた結果である。
マリスの早足に負けた私は彼女にズルズルと引っ張られて、さっきの集団がいた場所とはまた違うところへ連れられ、久々の再会を喜ぶマリスの久々の恋バナを聞かされていたのだけれど(もちろん奴の話だ)、このご婦人がマリスの友人が気になってしまったとこちらに来てしまい今の状況に至っていた。
ちなみに先輩は私を見捨てて一足先に帰った。
「ごめんなさいね。友人がいたからと珍しくマリスが駆けて行ったものだから、どんな方かと気になってしまったの」
眠る赤子を腕の中であやしながら、横にいるお世話係のような人が腕がお疲れでしょうと抱っこを代わろうとするも、いいえ抱いているわ可愛いもの、とそっぽを向いて笑顔を見せるリーナ様という人は、いったい誰なのかと考えた。
『アルウェス様のお母様、ノルウェラ様に――』
『リーナのことかい?』
あれ、もしかして。
「母上、ずっと抱かれていては大変です」
するとリーナ様を母上、と呼び彼女の背中に手を回した人物を私は凝視する。
その前に一つ問題がある。
今三人で話しているように思われるだろうが、あと二人私の知り合いがこの場に居るのだ。
そして正確にはその二人は今の今ここに来たのだが、なぜかそのご婦人を母上と呼ぶアイツ、奴、性格破綻者、男尊女卑、スケコマシ、そう――あのロックマンが貴族らしい格好をしてここに来ていた。今日もいつかのように眼鏡をかけている。
え、ちょっと待ってだれがだれの母上だって? え?
若いじゃん、違うじゃん、お姉さんとかのまちがいじゃないのあんた母親って言った?
ここでロックマンに出会ったことよりも母と呼ばれたリーナ様のほうに意識をとられてしまい、もはや頭の中はそれ一色である。
確かに私よりマリスより年上に見えたが、赤ちゃんを抱っこしていたからそう見えるのかなと思うぐらい綺麗で年も離れて見えないし、それにロックマンには兄も一人いて確か弟もいたはずで、それでそれで……四人? 子供四人も産んでるの!? 半端ない!!
そういえばマリスが前にロックマンの母親が四人目を妊娠中だとかなんだとか言っていたような。
「もしかして今日はウォールヘルヌスのことで城へ来たのか?」
固まったままの私を不審がることなく、もう一人の知り合い、いや友人であるゼノン王子が私の肩を叩いて聞いてきた。ゼノン王子までもここへ来てしまうとは何事であるのか。来てしまうと言ってもここはゼノン王子の実質実家みたいな場所というかもろに実家なので居て当たり前である。むしろ私がいることのほうがおかしいのだけど、そんなことをおくびにも出さず今日私が来ていた理由を知ってか知らずかそう話しかけられる。
それに対して首を縦に振ると、そうかよろしくな、と殿下直々に激励をされたのでとりあえず「頑張ります」と気合いを入れて返事をした私だった。
「アルウェス、ゼノン、お待ちになって!」
その直後、また現れた貴族らしき令嬢の登場に私はもう帰ってもいいんじゃないのかとマリスに視線で訴えるも、険しい顔で彼女は私の耳へ口を寄せてきた。
「今の私の恋敵ですのよ」
とても小さな声で告げられる。
はて恋敵とは、まさか最近手紙に度々書いてあった、あのどこかの国の王女のことではなかろうか。ロックマンが政略結婚でどこぞの王女様にとられてしまいそうだと嘆いていたのは先週の手紙のことである。あいつまたそんなことになっているのか忙しい奴だな、ともう驚くこともなく他人事に思っていたが、マリスの想い人である以上まったく無関心を貫くのもどうかと思うので気にはしているけれども、とその王女(まだ分からないけれど)らしき人物を見た。
「ノルウェラ様も、産後はお辛いと聞きますから、あまり無理をしないほうがいいですわ」
「あらありがとう。心配をかけてしまったみたいね」
波うつ黒髪の美女。しかし美女というより、瞳が大きく幼く見えるので可愛いという言葉が合うだろう。瞳の色は澄んだ水色だった。
緑色のドレスの裾を両手でつまみ上げながら優雅にやって来た王女を見て、私は頭を伏せた。