受付嬢二年目編・17
「久しぶりに見たけど、やっぱ大きいわ~」
今私と先輩が来ているのはドーランの城。今日は説明会に出席するため、王の島に来ている。
わーいと気分高めに両手を上げる先輩を見て、私もそれを見上げた。
*
案内状を門番に見せて城の敷地内に入れば、来ることを分かっていたように中へ誘導してくれる人がいて、私達は言われるままに付いていく。
さすがお城仕立ての案内状というか、いちいち高級そうな紙を使っている。貧乏性な私はこれで軽食一品は買えるんじゃなかろうかと手に持つそれをじろじろ眺めた。
お城に入るのは人生で三回目。多いのか少ないのか、一般的に考えてみればまぁまぁ多いほうだと思う。
緑にあふれた庭園をぬけて、城の中門を通り過ぎ、本格的に建物の中へと入っていく。一緒に来た先輩が目を輝かせているのが横目でも分かった。
「一回は入ってみたかったの」
「とても綺麗ですよね」
「ね~」
女の子が憧れる、お姫様が住むようなお城。一度ならだれでも訪れてみたいドーランの名所第一位に毎年選ばれているのは伊達じゃない(流行誌調べ)。
しかしいつ見ても立派で美しいお城だけれども、私もこんなキラキラした瞳で見られたら良かったのに、この三回目で嫌でも目が肥えてしまったのか、また来てしまったという感覚になってきてしまっていた。
貴族でもないくせにこんな残念で贅沢な思考になってしまったのは、全てアイツのせいだろうと下唇を噛んで目を据わらせる。大袈裟に言えば人生を狂わされたも同然である。大袈裟に言えば、だ。
会議という名の説明会が行われる部屋に通され中に入ると、そこには既に何人か席に着いて、もらっていた資料を黙々と読んでいた。シーンとした空間が学校の図書室の空気と似ていて、喋ってはいけない音を立ててはいけないというあの緊張感が私を襲う。
それにしてもどこへ座ったらよいものか。隣にいた先輩に小声で話しかけてみる。
「どこ座ればいいんですかね」
「あそこかも。名前がちゃんと書いてあるみたい」
先輩はスタスタと席まで歩き出した。
私達が席に着くと、そのあとも続々と人が部屋へと入ってきて、まもなくしてほぼ全ての席が埋まった。受付は計六人だと聞いていたけど、見る限り三十人はいるので受付の説明だけではないのだろう。他にも伝達係とか案内係とか保健係とか役割のある人が集まっているのかもしれない。
みなさんお集まりですね、と今日の説明会の代表者みたいな人が最後に部屋へ入ってくる。眼鏡をかけた知的そうな男性だ。騎士の衣装を着ているので騎士団に所属している人なのだろう。
「まずは一人一人自己紹介をしてください」
眼鏡の人が真ん中の席に着くと、全員を見渡して一言そう言った。
言われた通り一番端から順番に立ち上がって皆が自己紹介をしていくが、どうやら城の外から来た人間は私と先輩だけのようで、『大臣』『騎士』『宮廷薬剤師』など城で働く人がほとんどだった。
完璧外野の私達は少々萎縮したものの、自己紹介をすると温かな笑顔を向けてくれたのでとりあえずホッとした。優しそうな人達で良かった。
浮遊魔法で私たちの前に数枚の用紙が配られる。
「質問がある者はその場で速やかに意見を述べるように」
自己紹介も終わった頃、眼鏡の人がそう言うと、それからはまるで辞書がペラペラと喋っているような説明が始まった。
「大会は五日間行われます。初日は式典のみになり、そこで戦う組みを発表いたします。術式にて決めますので、私達が決めるということはありません。二日目と三日目は競技場で対戦となります。四日目は決勝戦のため、場所を空の対戦場へと移し試合を行います。観客の移動はありません。下の競技場からの観戦となります。今回はわがドーラン王国開発研究所にて開発された、同時映写という魔具を使います。遠い場所にあるものを、対象物を追うような形でこちらに念写のような原理で映すというものです。これからはこの念写を映像という言葉に変えて説明をしていきますので、よろしくお願いします」
というか資料に書いてあることを話しているだけなので、資料が喋っているような感じである。一句一句躓くことなく、無駄なところは一切ないという感じだ。
そのあともずっとこのような調子で話が続き、その場で意見を述べるように言われたものの、誰一人口をはさめないでいる。そもそも意見などないくらいに説明をされているので、意見をしようもないのだが。
でも話が妙に長く感じるのは、資料にあることだけを話しているとはいえ、説明内容が膨大だからだろう。
要点をまとめれば、受付である私達の仕事は、
・お金をもらって券を渡すか、券をもらって中に入れる
・無断で入ろうとする人間がいれば捕まえる
・参加者の名の署名に立ち会う
・誰に何を聞かれても良いように、各所の場所の把握や人物の名を一通り覚えておく
この四点を頭に入れておけばいいような感じの内容だった。
書きとめを持って行ってはいけないなんて言われていないので、心配ならこの説明会で聞いたことを書きとめた紙を当日持参していけばいい。
と、横で難し気な顔をして覚えられるかしらと不安を漏らす先輩に提案をしてみた。確かに、なんて手をポンと叩いた先輩は納得のいった様子で用紙に書き記している。
「ヤックリンはこんな日に風邪なんて、当日も大丈夫かしら」
ハーレから三人と言ったが、私と先輩、あと一人は南のハーレで働いているヤックリンさんが選定されていた。本日はあいにく風邪ということでこの場には来ていない。三人というから先輩以外は誰なのだろうと思っていたものの、まだ決まっていないということで所長に聞いたのは一度きり。そしてヤックリンさんが受付だと聞いたのはつい昨日のことなので、話す暇もなかった。
先輩はヤックリンさんと度々話しているようで、この前も風邪で倒れていたと笑っていた。ほんとうに仲が良いらしい。
そしてあれだけ構えていた説明会もあっという間に終わり、眼鏡の人に部屋から退場するように促される。
「せっかちっぽくない?」
「先輩、しー…ですよ」
終了予定時間ピッタリなのでせっかちというよりも時間を重視しているというか、まぁきっちりしているというか。ハーレの会議とは違い、時間外まで話し合うなんてことがなかったので余計そう感じたのだろう。でも無駄な話も一切なく、分からないところは分かるまで説明をしてくれていたので、まったく不満はない。――何様だ私。
島の下へ帰るのは私達だけだったのか、ここまで案内してくれた白い騎士に声をかけられたのは私達のみで、また城の外へ案内すると言われた。そりゃそうだろう。他の皆は城勤めだ。
「肩の荷がちょっと降りたってかんじ。まさか大臣が同席するなんて」
「運営は城の人間が行いますしね」
「私達いらないんじゃない? って途中から思っちゃったわよ~」
「確かに騎士の人もたくさんいますし、今更ですけど何でなんですかね」
「ねー。……ん?」
門の方へ向かうため中庭の横の通路を歩いていると、何やら賑やかな声が聞こえたので先輩とそっちに目を向けた。
貴族らしき男女が数人いる。
「なにかしら」
目を向けながらも止まることはせずゆっくり歩く。
見ればあの集団(というほどの人数ではないが)は貴族の集まりのようで、おくる身に包まれた赤子を抱っこしている黄色の淡いドレスを着たご婦人と、それを囲むように男が数人、女性も数人と和やかに話しているのが見て取れた。
そしてなぜかその中には三人ほど顔を知っている人間がいた。
とりあえずわき目もふらず歩みを速く――。
すると「あら? あらららららら~?」という素っ頓狂な声をあげる赤い令嬢が、その賑やかな輪から外れてこちらまで歩み寄ってきた。
私は先輩の呼び止める声も聞かずに早足を続ける。捕まってなるものか。案内してくれていた騎士にも先に行かないでくれと呼び止められる。
城の中では走るまいと躍起になるが、相手はこの城に来ることも歩くことも、とびきり優雅に速い歩きをするのも私より何倍もなれている。
門を手前にしてようやく出られると思った矢先、ふっと背中にそよ風とは全く違う風が吹いた。背中に他人の体温を感じる。
「ねぇあなた、礼儀を知らなくて?」
肩に乗った華奢な指先が、私の頬を突っついた。