受付嬢二年目編・12
いつもお読みくださり、ありがとうございます。
このたび「魔法世界の受付嬢になりたいです」
書籍電子版が10月12日より配信となりました。
よろしくお願いします(。-ω-。)
それから翌日。
通常通り朝一で魔導所に出勤した私はいつもの受付の席に座った。夜間勤務の先輩から申し送り、記録の引継ぎを受けて、制服を整えつつ、麻袋の中から緑色の筆を取り出して握る。今日は一週間の中で最も破魔士が少ない日なのであまり人が来ないことを想定しつつ、そしてそんな日には必ずお喋り好きのおじさま破魔士が来るので、その人用に紹介できる依頼はないかと人もまばらな時間帯に探しだす。
「お! ヘルさん今日はいたね! いやぁ聞いてくれよ」
と思えば予想より早く来てしまったお喋り好きのおじさん。
乱雑に生えたひげをジョリジョリと太い指先で撫でながら、受付台に肘を置いて椅子に座りだした。かすかに煙草の匂いが香る。
しょうがない、話を聞きながらさりげなく探そうと右手を動かし時おり下をチラチラ見ながら依頼書を探すことにする。おじさんは話すことに夢中なので私の行動を見ているどころか逐一反応などしない。
「かみさんにウォールヘルヌスに出るの反対されちまってさぁ」
「それはきっとテグさんのことが心配なんですよ」
「んなこと言ったってよ~。俺も良い歳だぜ? 冒険してくるわけでもあるめーし」
ここでもやはり、破魔士達が集まる所だけに大会の話が尽きない。
テグリズ・アルナードさん。50歳。
白髪混じりの茶色い短髪を、細めの目をさらに細くしながらガリガリとかきむしる。
そのかみさんがテグさんのために作ったのだという灰色のローブは、今日も彼の身に隙間なく纏われている。
ふてくされた顔で頬杖をついているテグさんにどの依頼を受けますかと、探していた書類を何枚か出して聞く。
「今日はなぁ。そういう気分でもねーっていうかよ~」
じゃあ何故来た。
「奥様に反対されたのが堪えましたか」
「優勝者には一生暮らしていけるほどの賞金がもらえるんだぞ? 賭けにいってみたいと思うだろ?」
そりゃそうだが。
「では奥様が大会に出ると言われたら、テグさんはどうされますか?」
「そんなもん反対するに決まってるだろ」
「なんでですか?」
俺を差し置いて出るなんて許さない、みたいな感じだろうか。
「あんな危ねー大会に誰が出させるかってんだ。周りからは俺の稼ぎが疑われるだろうしよ」
そもそもかみさんを危ないめに合わせる旦那がどこにいるんだ、なぁ? と隣の受付で依頼を選んでいる同期の破魔士に絡みだす。今日は一緒にここへ来たようで、依頼は共にしないもののよく二人で来るのを見ていた。歳は同じく50歳。
隣はゾゾさんが担当しており、彼女が応対していた破魔士の人はテグさんの肩を叩いて笑っている。
「旦那をあぶねー場所に笑顔で喜んで見送るかみさんがどこにいるんだ? 戦争でもねーのに」
ちっとはかみさんの気にもなれや。お前50だろ。
とその人はテグさんをなだめていた。
「いやいや戦争でもねぇのに反対する意味がわからねぇし」
しゃーねぇな俺この依頼行ってくることにするわ。
そう言ってテグさんはひとしきり騒いだあと、友人と共にハーレをあとにした。
その姿を見て、ふと私はサタナースのことを思い出す。
もしかしてあのクルクル頭がベンジャミンを誘わなかったのは、もしかして。
「かみさん、だって。あーー言われたい」
「あら、誰にですか」
「もちろんまだ見ぬ未来の旦那様によ」
今しがた彼等の後ろで順番待ちをしていた女性の破魔士が、擦れ違い様に去っていったおじさま破魔士達を見て溜め息をつく。
デジーノ・ゴナス。恋人と別れ、未だ新しく愛を分かち合う相手を探し続けている黒髪の美女。
まだまださ迷っているらしい。
今日もまた色っぽい仕事はないのかと聞かれたが、色っぽい仕事など何度も言うがそんなものは無い。
「そういえばこれこれ、報酬ってもう少し弾んでくれないのかしらね」
「これですか?」
一枚の依頼書を指差して唸る彼女。
内容はモノケロースの天敵バウドラを退治するというもの。
これは王国裁判院から出された破魔士向けの依頼書であり、他にも何件かある。国からの依頼は主に裁判院を通して行われていた。
バウドラは竜の祖先と同類だと言われており、体長は本物の竜と比べて小柄なものの気性の荒い肉食獣である。硬い鱗の代わりに身体を覆うのはふさふさの体毛。竜との見た目の違いはその辺りぐらいだろうか。
「魔物と同等くらいの厄介さなんだもの。それを800ペガロってねぇ?」
「どれくらいがお望みです?」
「1500くらいかしら」
1500。
確かに危険さを考えればそれが妥当だろう。
「少々お待ちください。交渉してみますので」
「えっ、してくれるの?」
「してみます」
依頼者が依頼を持って来た際、破魔士も依頼者も納得するような内容を提示するのが私達の仕事である。けれどたまに不相応とも思える報酬内容が混じっていたりするので、その時は迷いなく依頼者へと連絡をとることも業務の一つだった。
「ゾゾさん、指定風口の暗号ってこれで良かったでしょうか」
「ん? ええそうよ。あら、これって王国裁判院の暗号じゃない。どうしたの?」
受付へ来る人が途切れたのを見計らい、王国裁判院の風口の暗号を彼女へ確認した。
風口とは離れた相手と会話をする際に使う魔具である。暗号は相手と話す際に使う大事な物で、相手の風口に繋ぐための呪文のようなものだ。繋がり先ごとに暗号はあり、ハーレ魔導所にもハーレ魔導所の風口の暗号というものがある。
「この依頼書なんですが」
デジーノさんが見ていた依頼書を見せる。
「破魔士の方たちがこの依頼にまったく目を向けないのは、仕事の内容に対して報酬が少ないせいかと」
「それ東のパーチスが受理したやつじゃない。あそこの人達、王国裁判院の奴等に対して押しがちょっと弱いのよねぇ。でもナナリーが話をするの? 王国裁判院よ? 大丈夫?」
「所長に許可取ってからしますので。やってみないと分からないですし、今後のためにもお話してみます」
「そう?」
すぐに所長室へと行き許可をとり、頑張ってと親指を立てられて所長から見送られた私は、デジーノさんがいる席へと戻り風口の道具を机下から取り出した。
箱形のそれから伸びる細い筒を掴み、紙に軽く要点を書き出したのち、箱の表面にある四角い枠に暗号を調印する。
しばらくして王国裁判院の窓口に繋がった。
依頼管理の人間と話がしたいと言えば、少し時間をおいて責任者が風口先に出た。
「バウドラ退治の依頼書についてですが、一点ご相談がありまして」
『ああ、あの一ヶ月前から頼んでいる依頼ですか。破魔士は見つかりましたか?』
しゃがれた男の声が耳に響く。
「いえ、単刀直入に申し上げますが、報酬内容を見直していただきたいと思っております。バウドラはモノケロースを狩る極めて危険な生き物です。その獰猛さは時に魔物をも上回ります。しかしそのバウドラ退治の報酬内容なのですが、800ペガロ、とは些か少額かと思われまして。一ヶ月前から依頼書を破魔士に出し続けていますが、ほとんどの者が目を通してすぐに他の依頼書へと手を伸ばしてしまっている状況です」
『そうですか。けれどそれを売り込むのがハーレで働くあなたたちの仕事ではないのですか?』
なんだとこいつ。
若干険しくなった私の顔を見たゾゾさんとデジーノさんがお互いを見合って肩を上げた。
「一般国民の方が魔物退治を依頼する際に払われている額は、最低でも1000ペガロ以上になります。それは命を懸けて立ち向かう破魔士に敬意を払い、またお金では買えない命の無事を祈ってこその額です。しかしそれに対し、今回の額はあまりにも少ないかと」
『だがバウドラは魔物ではない。そこの点もよく視野に入れていただきたいものだ』
「しかし魔物であるなしに関わらず、命の危険を伴う依頼にはそれ相応の報酬をかけていただかなくてはなりません」
『絶対などという決まりはない』
「では労働法第46条についてお伺いいたします」
風口先の男に対し、要点をまとめた紙に予め綴っておいた文章を読み上げる。
「就業における報酬規定について。『その第三に、働く者の命を脅かすとされる就業には、支払い者がその危険さに応じそれ相応の対価を払わなくてはならない』とあります」
『今回の額はそれ相応の対価だ。何も問題はない』
「でしたらこの依頼は破棄となる場合がありますが、よろしいでしょうか」
『何を脅しのようなことを。それがハーレのやり方ですか』
「いえ、一ヶ月過ぎてしまった依頼は再度依頼のし直しをしていただかなくてはなりません。そして民間からの依頼ではなく王国からの依頼ということなので、内容の改善が見られない場合は、王国裁判院の管理者となられているゼノン殿下の元へと直接持って行かせていただきます」
このような人達が一番嫌がるのは、自分達を飛び越えて上の人間のところに行かれてしまうことである。と所長が言っていた。私も脅しのようなことを言っていると自覚はあるが、所長から『殿下の名前出しちゃってもいいわよ』と指示をいただいていたので、遠慮なく使わせてもらう。
それから数分やりとりしたのち、ありがとうございます、とお礼を言って風口の筒を閉じた。
「1550で通させていただきました」
受付で待たせてしまっていたデジーノさんに向かい頭を下げる。
「王裁相手に法律を持ち出すなんて……勇者だわ」
隣ではゾゾさんが口を開けて私を見ている。
そうは言うが、ゾゾさんもゾゾさんで王国裁判院相手に啖呵を切っていたところを私は見たことがある。
「ヘルさんありがとう~!」
デジーノさんにガシッと手を握られた。
「もしかしたら国からのお金をちょろまかしてるんじゃない? 王国への申告は1000にしているくせに破魔士には800しか払わないで、あとの200は誰かの懐にってやつよ」
ゾゾさんが王国裁判院の態度を思ってか、舌を出しておどけた。
まぁ何はともあれ、今日も無事に受付業務を遂行していけたらいいなと、私は背筋を伸ばして笑顔を向けた。
次話、来週金曜日更新。