受付嬢になれるまで・7
二話に分けます。
六年生になった。
18歳になり、卒業も間近。
私や皆は、卒業後に向けて学年の始めから動き出していた。
マリス嬢は侯爵家を継ぐと言っていたので、卒業後は貴族本来の生活に戻るらしい。領地の運営やその他諸々をご両親から教えてもらうのだと言っていた。女侯爵はわたくしぐらいですわ、と話していたけれど、他の女の子達は家に戻ってもパーティーやら遊びまくる日々が待っているのだという。
ただ戦争等になったときは少なくとも貢献しなくてはいけないらしいので、魔法の訓練もお家で続けていく。
それも一種の花嫁修業だと言っていた。
ベンジャミンは破魔士として生活を始めるのだと言っていたので、長期休暇中はハーレに行ってご両親が付き添いのもと、簡単な依頼から魔物退治の基本を勉強したりと忙しい様子だった。
ニケは王国の騎士団に入るため、日夜魔法の腕や身体を鍛えている。私もたまに特訓に付き合っており、この前はお互いがボロボロになるくらいまでやり合った。
だんだんニケも容赦がなくなってきたので、私としても楽しくやらせてもらっている。入団試験が一週間前に行われたばかりで、まだ結果は届いていない。良い知らせか悪い知らせかは、必ず学校に届く手筈になっているらしいので、傍で見守っている私やベンジャミンはドキドキだった。
私の場合は五年生の時にハーレへの推薦状をだしてもらい、それもあちらに見事通ったので、卒業後はそこで働くことに決まっている。仕事内容等の資料を学年の始め頃に送ってきてもらえていたので、それからは六年時の勉強と平行して頭に叩き込んでいた。
資料を見ると、一番最初の項目に『ハーレは破魔士に仕事を提供する所』と書いてある。当たり前だが私もそれは知っている。
そして次の項目には主な勤務内容とあった。
まずはハーレに依頼を持ってくる依頼者の情報管理。次に依頼内容に不備がないか、依頼者と共に確認をする。そして魔物退治系になると、依頼者側から貰った情報をもとに、こちらが依頼内容の下調べをしに行かなくてはならない。どんな所で何が起きているのか、地形はどうなっているのか、また依頼の値段交渉などもハーレの職員が行う仕事なのだ、と書いてあった。
仕事を提供する側としての責任があるため、破魔士よりも先に現地に行き、情報が少ない中で確認をしに行く職員は命の危険を背負っている。
そして私が希望している受付はその一連の中の業務で、主に女性が交代制で勤めているらしい。ひとえに受付と言っても、依頼内容から破魔士たちの情報まで全てを把握しなくてはいけない、ということで受付以外でもハーレの仕事全般をこなす必要があるという。
だからハーレの職員になるためには、優秀な魔法使いの腕と知力が求められるのだ。と。
……なるほど、だから学校で上位の成績を取らなくてはならなかったのか。
「肩が……」
筆を置いて両腕を上に伸ばす。肩が凝った。かれこれ二時間ここにいる。
この図書室は放課後、六年生だけは寮の消灯時間十分前まで利用しても良いことになっていた。
時計を見ると、まだその時間まで一時間以上ある。それなら三十分くらい頭を休めようかな。
自分が座っている席以外を見てみれば、来た時には生徒が二十人くらいいたのに、いつの間にか私と、本棚の前で立っている男子生徒だけしかいなかった。
「あの、ヘル……」
息を吐いて目を休めようとしていたら、誰かに話しをかけられる。
「? 何?」
頭を軽く振って座っている身体を横に向けると、そこには本を片手に持った男の子がいた。さっき本棚の前に立っていた子だった。
確か名前はティトス・ハミルトンという名前で、隣の教室の子。
「ヘル、良かったら今度の……」
「今度の?」
「今度の「ちょっとナナリー! またこんな所にいましたの?」
マリス嬢がハミルトンの声をさえぎって図書室に入ってきた。図書室なのだから静かにしたらどうなのかと思ったけれど、私とハミルトンしかいないので気にしないことにする。
「まさか、わたくしとの約束をお忘れではないでしょうね?」
「な、なんでしょうか」
「ダンスを貴女に教えてさしあげるから、部屋でお待ちになっていてと昨日言いましたでしょう!? ……あら貴方、何か御用?」
彼女の赤いドレスがメラメラと燃えている。
もちろん比喩的表現だが、それくらい勢いが凄かった。もとはと言えば、約束をワザと忘れていた私が悪いのだけど。
「え、あの」
マリス嬢に声をかけられたハミルトンが口ごもる。
さすがに彼が可哀想なので、さっきまで私と話してたんだよ、と言えば彼女は『それは失礼いたしました』と素直に謝った。普段からの言動で少し勘違いされがちなマリス嬢だけれど、根は真面目な女の子なので、好感が持てる。
「どうしましたの?」
「い、いいえ!」
彼女に謝られたハミルトンは、滅相もありません! と言うと慌てて図書室から出て行った。そういえば彼は私に何を言おうとしていたんだろう。聞き返したけど結局最後まで聞けなかった。しかし行ってしまったということは、それほど重要なことでもなかったのかもしれない。
とりあえずマリス嬢に見つかってしまったので、私は早々に本を片付ける。主に資料のほうを見ており、本は一冊だけしか目を通していなかったので簡単に片付いた。
これならわざわざ此処に来ないで部屋でやった方が良かったな、なんて思ったが、彼女から逃げるためにここに来たようなものなので、ここから出るのは名残惜しい。
「そんなに踊るのが嫌ですの?」
「ん~」
資料を持って図書室から出れば、扉口で待っていた彼女にダンスが嫌なのか、と聞かれる。
目の前の廊下が、急に長く感じられた。
明後日。
六年生には、卒業前にアポフィティシー・パーティーというものがある。簡単に言えば卒業パーティーだ。
その日は学校内の大広間を使い、盛大にパーティーをやる予定で、飾りつけから料理まで何から何まで全て先生たちが準備をしてくれるらしい。大変だけどなかなか楽しい作業だよ、と先生たちは笑って言っていた。
主役である私たちは礼装に着替えて……つまりドレスなのだけれど、それに着替えてパーティーに臨む。
しかもそこでは円舞曲を踊るとかなんとか。けれどそれは個々の自由で、踊りたい人だけ踊ればいいらしい。しかし意中の相手がいる人や、恋人達が周りにいる中あぶれたくない人等は、パートナーを事前に見つけたりなどして、ダンスの相手を見つけるのに必死になっていた。
皆の目は、あの攻守専攻技術対戦を控えていた時のようにギラギラと光っている。
「だって踊らなくても良いんでしょ……」
「だまらっしゃい!」
「耳が痛い!」
マリス嬢の声が鼓膜にキーンと響く。
だって私はそもそもの話、ダンスなんてしたことがない。将来に必要なものだとは思っていなかったし、貴族でもない限り教わろうとは普通に思わない。
今回はドレスが必須だと言われていたので、人生で初めてお母さんにドレスを買ってもらったのだけれど……。
なので一部の先生達は、そんな子達のために放課後の時間を使って、ダンスの練習に付き合ってあげたりしていた。貴族の中でも寛容的な子達は、庶民の友達に身振り手振りで教えてあげているという。随分仲が良い。
私としてはダンスをしたいとかも思わないし、ましてや好きな人もいない。やらなくても良いのならダンスはしないし、美味しい料理が出るならばそっちに集中したい。
それにダンスをしている時間があるならば卒業後の為に時間を使いたいっていうのが私の考えであり、曲げるつもりはない。つまらない奴だと言われるだろうが。
しかし私みたいなのが沢山いてもパーティがシラケるだけなので、周りが騒いでいる分には客観的に楽しく見ていられた。
そんな私の話をどこの誰に聞いたのか、いきなり私の席まで来て『ダンスをお教えしますわ!』とマリス嬢が鼻を鳴らしていたのは昨日の放課後のこと。
やらないよ、と断ってもなかなかしつこく、結局今日に至るまで追いかけられている。
この前の話になるけれど、サタナースのことが好きなベンジャミンが思い切って彼をパートナーに誘っている所を見た。それは学校の裏庭で、たまたまそこを通りかかったニケと私は、状況に気づいてサッと身を隠した。その時に転んで膝小僧を擦りむいたが、その痛みを感じないくらいに私はドキドキしていた。本人でもないのに。
そして結果を言えば、彼女と彼は見事パートナーを組めた。
部屋に戻ったベンジャミンを二人でからかったけれど、本当に嬉しかったのか顔が真っ赤になっていて、それを見ていた私たちもつられて顔が赤くなってしまった。
「時間もないので、基本だけは覚えていただきますわよ」
「うそーやだー」
「だまらっしゃいペチャパイ」
「うるさいよ!」
結局ニケとベンジャミンに見られながら、寮の部屋で彼女の指導を大人しく受けた私だった。
私の周りにはお姉さん属性が多い。
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この学校にいるのも、あと数日になる。
今日は自習という名の自由時間。
先生がいない教室なんかでは、昔だったら話し声が凄かったのかもしれないけれど、今では皆自分のやるべきことに集中していて、とても静かだった。
誰も席を移動することはなく、自分の席に着いて淡々と筆を紙に走らせていたり、本を読んでいたりした。
例に洩れず私もひたすら魔法植物の本を読んでいる。この際色んな知識を頭に入れて、私に分からないものは無い! と誰にでも言えるくらい、学べるものは学びまくろうではないか。
魔法植物には前々から興味があって、塗りつけるだけで人間の傷を一瞬にして治してしまう花の蜜から、人を食べて成長する人食植物というものまでたくさんある。毒になるものから薬になるもの、一体何の役に立つのかと疑問に思わずにはいられないような不思議な能力を持ったものまであり、魔法植物には果てが見えない。
ちなみに魔法型が地の人は、呪文次第でその植物を地から生やすことが出来るという。『地の血』と言う地の魔法型専門書にはその呪文が沢山載っているらしいけど、私が見た所でなんの役にも立たないので悔しい。
「……?」
次のページを開こうとすると、本の上に一枚の小さな紙が落ちてきた。
ヒラヒラと舞って私の机に来たその紙には、何か文字が書かれてある。誰かが落としたのかと思ったけど、ここは一番後ろの席なのでそれはあり得ない。そうすると、誰かが私に手紙を寄越したということになる。
『ヘル。放課後、裏庭に来てほしい』
紙を見ると、そう書いてあった。
名前は何処にも書いてなくて、誰が書いたのかは分からない。
「え……」
するともう二枚が私のところに飛んでくる。なんだなんだと声に出さず焦っていれば、そのうち一枚はロックマンのところに行き、もう一枚は私のところに落ちてきた。彼も気づいたようで、紙に書いてある文字を読んでいる。そ~っと何が書いてあるのかを見ようと極限まで目玉を端に寄せれば、そんな私の気配を察知したのか、直ぐに胸ポケットにしまってしまった。……いいじゃないか、ちょっとくらい。
くそう、と私は自分に来たもう一枚の紙を見る。そこには、
『今日の放課後、噴水の前で待っています』
と書かれていた。しかもまた名前がない。なんて不親切な手紙なんだろうか。名前さえ分かれば今すぐにでも用件を聞きに行けるっていうのに。でもわざわざ手紙を寄越したくらいだから、この場では話せないような内容なのかな。……いや、話せないような内容ってなんだろう。そんな話を私にするような人って誰だ。これはマリス嬢の字ではないし、特定が出来ない。
筆跡はさっきの物と違う。
「……」
放課後に用事が二つも出来てしまった。
せっかく勉強をしていたのに集中できない。
そうしている間にも、私の頭にカサリと紙が落ちてくる。またかよ! と紙を見た私には本日三件目の用事が出来てしまう。
こうなってくると私は段々この手紙の主たちに怒りが湧いてきた。だって名前くらい書いてくれたっていいじゃない。なんで無いのさ。
もうこうなったら手紙をそれぞれの場所に置いて『用事があるのでごめんなさい』とトンズラしてしまおう。あっちもこっちも行っていられない上、どうせどれか一つに行ったとしても他の二つの用事にはいけないのだから。
自習の時間が終わって、皆が教室から出る。今日の授業はもうこれで終わりなので寮に帰る人は寮へ、それ以外に何か用がある人はそれぞれの場所に向かって行った。私はニケに今日も遅くなる、と隣の教室へ顔を出した後、自習中に用意した紙切れに断りの返事を書き、呪文をかけてそれぞれの場所に飛ばす。
ふぅ、これでなんとか無視したことにはならないよね。
「アルウェス様! お待ちになってください」
そして今日も図書室へ行こうと廊下を歩いていると、貴族の女の子が小走りでロックマンを追いかけているのが目に入った。ピンクのドレスが綺麗な波を描く。
自分を呼ぶ声に立ち止まった彼は、その場でじっと女の子が追い付くのを待っていた。
「サリー?」
「私、あの……」
最近、ロックマンはいつも以上に女子に群がられていた。本人も嫌な顔を一切しないので、基本寄り付きやすいのだと思う。何せ『女の子は大事にしなきゃね』とか、真面目な顔をして平気でさむイボが立つようなことを言う奴だ。
なら私は女ではないと遠回しに言われているようなものなので、若干イラっとする。
「アルウェス様、あの、私と共に、パーティーへ行ってはいただけませんか?」
聞こえてきた内容はそんなもので、どうやらパートナーになってほしいと女の子が申し出ているみたいだった。
少し気になって聞き耳を立てる。
近くを通る生徒が私を不審な目で見てくるので、口笛を吹いて首を捻った。私は何にもしてません。
「誰とも行くつもりはないけれど、ダンスなら喜んで踊るよ。ただ、他の子とも約束をしているから後になってしまうけど、それでもいいの?」
「構いません!」
女の子が言い切った。
マリス嬢によれば、女性から男性を誘うなんて、社交界では恥ずかしい行為だと聞いていた。けれど親も家も世間も関係ない学校のパーティなのだから、と最後に後悔をしたくない子達が必死になっているのだという。
そういうマリスは? と聞いたら、三番目に予約しましたわ、と誇らしげに言っていた。あの彼女の性格でいったら、三番目なんて普段なら嫌がりそうなのに。それを全然感じさせないということは、よっぽどあのロックマンと踊りたかったということなのだろう、と涙が出そうになった。
あの男も随分罪作りな奴だと思う。私だけでなく、次にマリス嬢も泣かせたらただではおかない。
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パーティ当日。
昨日は寝た時間が遅かったので、昼過ぎに起きた。窓から射し込む日が眩しい。起きた、と言っても自力で起きたのではなくニケとベンジャミンに叩き起こされた。ベッドから落とされたのにも関わらず寝続けていた私に、渾身の蹴りを浴びせたベンジャミンの足の逞しさを、これから先もずっと忘れることはないだろう。……痛い。
「あ~サッパリする」
私達はシャワーを浴びて髪を乾かす。ドレスはまだ出番ではないのでベッドの上に置いておいた。
パーティまであと二時間ちょっと。豊富な時間……と言えるような言えないような時間なので、急ぐことにこしたことはない。
私はベンジャミンの髪を櫛で梳いて、本を見ながら髪を結う魔法をかける。あれが良いかも、これかなぁ、と三人で想像しながら試していった。本当は何日も前からこの髪型が良いとか話していたのだけれど、やっぱり直前になって悩むのが女というもの。それでも何とか彼女に似合うものを決めて、お化粧もバッチリしてあげることが出来た。……お化粧のほうはほとんどニケがやったが。
ニケのほうも私が髪に魔法をかけて、お化粧はベンジャミンが丁寧にやってくれた。二人とも良い仕上がりで、もともと美人だったのに、今は女神様のように神々しい。眩しすぎて目がチカチカする。
「ほら、次はあなたよ」
んー、と目を両手で隠していると、今度はナナリーの番よ、と言われた。
そうか、二人はもう出来あがったから私の番になるのか。
「水色の髪、いつ見ても綺麗ねぇ」
ニケが私の髪を手にとる。
「う~ん、どの髪型が良いと思う? いつも下ろしているから、うなじを見せるのも良いかもしれないわ。ニケはどう?」
「後ろは編み込みにして、前は少し垂らしましょうよ。あと髪がこの色なら、小さな白い花をまばらに差し込むのもアリね」
「それ良いかも!」
私に意見を聞かないままどんどん進行していく。とても楽しそうでなにより。二人が楽しんでくれれば、私はそれだけで十分だ。
髪型は終わったのか、今度はニケが私の前に移動してきて、お化粧道具を取り出す。
「じゃあ目を瞑ってて」
肌に滑る毛の感触がこそばゆい。
「一度でいいからナナリーの顔にお化粧したかったの。いつもやらせてくれないんだから、もう」
「えー、だって」
「でもこのパーティがあって良かったわ。おかげでナナリーの晴れ姿を私たちが手をかけることが出来たんだもの」
「晴れ姿って……」
随分と大袈裟なことを言っている。
お化粧が終わると、私たちはベッドの上に置いておいたドレスに着替えた。ベンジャミンは紫色のエレガントなドレスで、赤い髪の毛にぴったりだった。ニケは黄色の明るいドレスでブロンドの髪と相性が良い。私は淡い碧色のドレスで、お母さんが瞳の色と合わせたものを選んでくれた。
こんなに肩の開いた物や裾の長いドレスを着るのは初めてなので、丈が短いのよりも逆にソワソワする。しかもこれから踵の高い靴を履かなくてはいけないのだと思うと、貴族の人って大変なんだなぁと場違いにも思った。
「じゃ、あとでね」
私達はお互いに最終確認をしあって、寮の部屋から出る。
サタナースと約束をしているベンジャミンは男子寮のほうへといくために分かれて、またニケのほうはニケのほうでお誘いがあったらしく、待ち合わせ場所に向かって行った。その際に二人からは『『変なことをされたらすぐに凍らしちゃいなさいね。ね?』』と言われたのだけれど、その変なこととは何だろう。
具体的に教えて欲しい。
そんな疑問を抱えながら、私は一人会場へと向かって行った。