受付嬢二年目編・10-7
私やニケがベンジャミンのため奮闘していたというのに、それをこの男は嘲笑うかのように『ああそのこと』などと言いやがる。
…いや失礼、どうも言葉が汚なくなってしまいがちだ。この心の声を私の両親が聞いたらそんなガサツな女に育てた覚えはないと卒倒するに違いない。私だってこんな野蛮な性格になるとは思わなかったが、もちろん直す気はあれど、もう癖のようになってしまっているためか両親の顔は思い出す前に脳裏から消える。
「それよりまた君はそんな偵察まがいなことをしているの? 懲りない女だな」
「舞踏会のこと口にしないでくれない。忘れたいんだからねこっちは」
もう二度と金色の蝶の君とか呼ばれたくない。
青ざめた顔で自分の両腕を抱きしめた私にロックマンは鼻でフッと笑うと、サタナースのことだけどと話を始めたので鼻で笑われたことは一時的に見逃すことにした。
「ウォールヘルヌスに出るらしい」
「サタナースが?」
「ハーレの掲示板にも破魔士同士で仲間を集めているだろう。それを見て参加を決めたって言ってたよ。仲間には女性もいて、最近は仲間集めのために飲みに出かけたりしているとか」
建物の壁にもたれて腕を組むロックマンは、胸のポケットから一本の茶色い葉巻を取り出すと、指先から火を出してそれに着けた。
邪魔たらしい横髪を耳にかけ眩しい火の明りに目を細めながら葉巻を吸えば、顔を天へ向け、今度は口からフゥと白い煙を出してひと息つく。
初めて吸っている所を見た。
驚きとは違うが、葉巻などは父親やそこそこお歳の召した人間、つまり大人が吸うものだ認識していたので、こいつでも吸うんだなと変に感心した。
同時に奴と同い年である私も、そういえば大人なんだったな、そういう歳になったのかと自分の年齢を再認識する。
葉巻の白い煙を魔法で操っているのか、動物の形に変えたりなどしては空へと飛ばして遊んでいる。
こちらは真剣に聞いているというのにまったく緊張感の欠片もない奴である。
「ベンジャミン抜きで?」
しかしそれならそうと正直に言えばいいものを。
男女の間柄では、話し合いは口付けよりも大事なことであると母が昔言っていた。言葉足らずが何よりも駄目なのらしく、何故なのかと聞いたら『言葉足らずの奴が口付けしたら、そのまま言葉を全部飲み込んじゃうのよ。言わせたいなら簡単に口付けさせちゃいけないんだから。ナナリーも大きくなったら気をつけなさいね』なんてことを言っていた。
母の恋愛遍歴は知らないが、ことそういう類いの話題に関しては言葉が尽きない。
「フェルティーナに言ってないことは聞いていたけど、サタナースにも考えがあるんだろう。けして彼女が心配になるようなことにはなっていないと思うよ。意外と一途だしね。どこかの馬鹿氷みたいな図太い神経をもつ女性には分からないことだろうけど」
「ハッキリお前だって言ったらどうなの」
一言余計な、いや二言余計な上に嫌味たらしい奴である。氷なんて言っている時点で誰のことを言っているのか丸わかりではないか。
それにしてもサタナースがあの大会に出ようとしていたとは。しかもロックマンの話によればキャンベルが見たサタナースと一緒にいた女性というのはその仲間内の人であるという可能性が高い。
「それにもう飲みには来ないと思うよ」
「なんで?」
「キャンベルがここで働いてるでしょ。この前それにやっと気がついたみたいだよ。そういうことに関してはよく勘が働くから、もう違う所に行ってるんじゃないかな」
「はあ!?」
そういうことに関してとは、キャンベルからベンジャミンに情報が流れてしまいバレる可能性があるということを察知してということだろうか。
なんにしても要領の良い奴である。
何だかんだ魔法学校でも自分は頭が悪いと自虐しているくせに、のらりくらりと重要な試験も突破し、破魔士の職にも難なくつき、階級もいつの間にかイーバルからクェーツになっているだけのことはあるものだ。
それと今回のことを結び付けるのは些か違う気もするが、とにかくアイツはまるで風のようにスルスルと障害を避けていく。
魔法型が風だけに風の魔法使いはそういう性質なのかとふと思うが、それは偏見だろうと首を振る。あれはアイツの性格だろう。
店の中へ戻ったらいち早く彼女へ伝えなくては。
「そういえばウォールヘルヌスの開催、なんで反対なの?」
「君聞いてたの?」
「聞こえてきただけ」
「ふーん」
蔑んだ瞳で見られる。身長差により眼鏡の縁の下からジロリと見下されている形なだけに威圧感が半端ない。だが怖くもないし、盗み聞きをしていたわけでもない。たまたま、耳に入ってきたので気になっただけだ。
ウォールヘルヌスと言えばデラーレの店内にも貼り紙がしてあったように、国中、大陸中がお祭り騒ぎになる大会だというのに。
それなのにこの男はまるでくだらない茶番劇だとでも言うようにウォールヘルヌスの開催を否定する発言をしていた。何事にも執着せず色々な意味で寛容そうな奴の言葉にしては、珍しく感情的になっていた節がある。そこまでこいつに言わせる問題が、ウォールヘルヌス関係で何かあるのかと疑問に思った。
別になにか問題でも? と腰に手を当てて首を横に倒せば、地獄耳だなと小さく悪態をつかれる。いやお前が言うな。
私はこいつが黒髪になったり声が変わっていてしまったらそんなに関わらない限りは気づかない自信があるというのに、私の正体を一発で見抜いたその目も地獄耳ならぬ地獄眼だと言えよう。
開催の反対について今度はこっちから問い詰める形になると、ロックマンは少し視線を横に流したあと小さく下唇を噛んで私を見た。
「オルキニス女王が、何を集めていたのかは知っているよね」
会話が誰かに聞かれないようになのか、奴はひとさし指を上に向けてクルクルと回すと、私達二人の周りに防音の膜を張り出す。
あのロックマン流血瀕死身代わり事件の実質犯人であるオルキニス女王の名前を出したということは、けっこう機密的な話なのだろう。
それとウォールヘルヌスに何の関係があるのかは預かり知らないところだが。
「うん。一応」
確か氷型の乙女の血だった。
目的は聞かされることなく、私は分からず仕舞いだったが。
「今ヴェスタヌで身柄を拘束されている、そのオルキニス女王の元側近が、最近妙なことを話していてね」
「妙?」
「氷の血を集めれば命を再生できる。女王はそう悪魔にそそのかされたのだと」
悪魔?
不思議そうな顔をすれば、悪魔はつまり魔物のことを指しているのだと言われる。
魔物に、そそのかされた?
しかしそもそも。
「魔物が言葉を話すの?」
「さぁ。でも僕達が見た……君もいたよね? あの時。ドーラン王の住むシュゼルク城で見た魔物は、少なくとも人間と意思疎通の図れるモノだ」
シュゼルク城で見た魔物。シュテーゼルがどうのこうのと意味深な言葉を残して消えた、あの得体のしれない魔物のようなよくわからない物体。
もしかするとそれが、オルキニス女王に取り憑いていたと、側近の言っていた魔物かもしれないのだと奴は話す。
「女王が氷の血だけを集めようとしていた理由だけど」
「何だったの?」
「『幼い頃より愛していた少女を甦らせるため』というのが、オルキニス女王の言い分だったんだ」
「甦らせる……」
『このうえないほど愛しく想っていたのだ、毎夜夢に見るほど、ひとつになってしまいたいほどこの胸に』
「結局甦らせられることもなく、彼女は息絶える時までそう言っていた。だからその理由に嘘はないと思うんだけどね」
その時のことを思い出しているのか、視線が上を向いている。
また女王のその言葉の経緯は定かではなく、ロックマンもその少女が何者なのか、女王との関係についてを私に話そうとはしなかった。
「血はごくわずかにしか残っていなく、ほぼ行方は知れない。だとすればなぜ悪魔と呼ばれるその魔物は、女王の弱味につけこみ、生き返るなんていう戯言を信じさせ、魔法使いの血を集めていたのか。これは魔物が女王にそうそそのかしたという前提で考えて」
「氷だけの血を? それとも他の型の血も順番に集めているとか?」
「それが分からないまま大会が開かれようとしているんだから困りものだよ。六つの型の魔法使いたちが大陸中から集まるんだからね」
何が起きても大丈夫だと言い切れるほど、こちら側にはその魔物の正体についての情報は少ない。そんな中このドーランで大会が開かれるというのだから、国を護る、王を護る身としてはウォールヘルヌスの開催を快くは思っていないのだ、とロックマンは葉巻を最後まで吸うと地面へ放り投げた。
「それともう一つ」
手をはたく動作をするロックマンは、目の前に立つ私を見下ろすとさらに一歩踏み出し近づく。
思わずして聞けた騎士団側の事情に、これは私が聞いても良い話なのかと内心戸惑っていたせいで、手の平一つ分の距離に奴がいる状況にまったく嫌悪感を抱くことなく、次は何を言い出すのだろうかと相手の目を見てただ待った。
ロックマンは首を横にゆっくりと傾けながら、私の瞳を見つめ返してくる。
「君って――」
「わっ、押すな馬鹿野郎!」
「お前らもうちょい下がれ! ……あ」
デラーレの店先から聞こえてきた声に、二人してバッと顔を向ける。
するとそこには、ロックマンの隣に座っていた騎士と、奥のほうで飲んでいた騎士の男達が雪崩を起こしながらこちらを見ていた。
いくつもの目と目が合う。
やぁ、と騎士の一人が苦笑いで私に手を振った。
私もつい反射的に手を振る。
と思えば次の瞬間には、男たちの頭はたちまち火に包まれていった。
「はげる!! はげるぅ!!」
「やめて隊長!!」
私も髪を燃やされているときはあんな感じなのか。
叫び転がる騎士たちを眺めつつ、じろ、と私はロックマンを見る。
「そんな目で見ないでくれないかな。あれは本当の火じゃないから大丈夫だよ」
部下の教育は骨が折れる。
そんな鼻につく発言を聞いたのち、騎士達はロックマンに平謝りをし、奴を含め皆デラーレの店の中へと戻っていった。
一人路地に残された私は思う。
「結局なんだったの」
ロックマンから聞いた話を頭の中でグルグル回しながら、私も店の中へと戻ったのだった。