受付嬢二年目編・10-3
あの集団の中にはたして奴やゼノン王子がいるのかは定かでない。
窓の外を凝視する私。
あいつの身長は同世代の中でも高かったが騎士団の中でも抜きん出て高かった。
そして後ろ姿だから分からないが、頭の形、骨格、髪の毛の雰囲気(どんな雰囲気だ)からして、それに該当する人物が約一名見える。
何を迷うことがあるのか、さっきからドルモットの店の前にいるというのに黒い集団は中々その中へ入っていこうとしない。
何をモタモタしているんだ早く入ればいいじゃないか。
確か騎士の男達は、以前もドルモットの店へ行っていたはず。
デラーレの店をいかつめの騎士、つまり団長らしき人が眺めているのが伺えるが、早くそのお色気むんむんの薄桃色の城へ入っていってもらいたい。
しかしなにやら今この店から出ていったお客と話をしている。
何を話しているのか知らないが世間話だろうか。
「ドルモットの店に入るんだよね」
「うん。たぶん……」
「たぶん?」
ナナリーがいるとこういうことがよく起きるから分からない、と赤い髪を揺らし首を振るニケ。
なんだと聞き捨てならない。
そんなに面倒な事態を引き起こした覚えはない。
「よぉー。今日は珍しく混んでるが、良い女が揃ってんだって?」
友人の言葉に横目を向いて訴えていると、扉の鈴を鳴らして体格の大きい一人の男が入ってきた。
「まぁまぁ騎士団長さん珍し。いつもはドルモットんとこ行ってるじゃないのさ」
男はまさかの騎士団長だった。
何をしにやって来たのだろう。
騒がしい店内の中、耳を澄ませて僅かながらに会話を聞き取る。
「これだけ混んでたら気になるだろうや」
「言っとくがウチの子たちは売り女じゃないからね」
「つれねーなぁ。…………まぁいいか。おいお前ら、今日はデラーレで飲むぞ!」
ウェラさんと話をしたのち、騎士団長がそう叫んだのが聞こえた。
「入ってきたけど!?」
私達の予想に反し店の中へ騎士達が続々と入ってくる。
悠長にそれを眺めていた私は、ニケの背中をバシバシと叩いた。
「つっかれたな~」
仕事終わりだからか両手を組んで伸びをしながら入ってくる騎士の姿も見える。格好よく締まりのよい黒の騎士服だが、今だけは少々窮屈そうに見えた。
しかし今更ながら、幻影の魔法で空いている席を無くしてしまえばよかったのにと悔やまれる。
何で入ってくるんだ。
いつもドルモットの店に行っているのならそっちへ行けばいいではないか。何も混みあっている店内へわざわざ来なくともいいではないか。
「お祓いしたばっかなのにっ」
汚れのないピカピカの天井を仰ぎ見た。
クルクルと茶色い換気羽が回っている。
私はこの遭遇率を低下させたいとかねてより思っていたのだが、ついに先日神殿へ行き親女様と呼ばれる神殿に勤める女性にお祓いをしてもらった。
祈りを捧げる場でお祓いなどするものではないが、基本神道に反さないことであれば快く受けてくれる。親女様は背のお高い美人さんだった。
何を祓いたいのですかと言われた時に血走った目で「誰とは言いませんが火の魔法つかい特に男で金髪の奴にあしき呪いをかけられているかもしれなくてですねやたら嫌な奴とあちこちで会うものでもはやこれは私の周りの何かがそういうものを引き寄せてしまっているのではないかと思いまして今日は……」と息をつくひまもなく喋りだした私を温かな眼差しで見ていた親女様は、何も言わずそっと私の頭に手を乗せて清めの言葉を唱えてくれた。
帰り際に感謝の気持ちの分だけお払い料を払うのだが、お給金の3分の1を握りしめそれを渡した私に、こんなにいりませんよと今まで落ち着きをはらっていた親女様があたふたしていたのを思い出す。これで悪いことが減るなら大したものではない。
それに世の中は所詮お金である。
神の使いと言えど神殿にも神殿を支える人もお金が無ければ始まらない。
救いの手を伸ばしてくれた人間に対してのせめてものお礼だと言って神殿をかっこよく去った私だが、何故だ。
「ほんとに行ったのね」
「有言実行だよ」
「ときどきナナリーが馬鹿なのかアホなのか分からなくなるわ」
どういうことだ。
「おーいねーちゃん、刺肉一本くんな!」
「こっちもなー!」
「は、はーい!」
いけない、今は仕事中だった。
お客さんの声で我に帰る。
私は冷静に注文用紙へ刺肉と記入し、ウェラさんがいる調理台へと飛ばした。
「キャンベルー! 騎士さん達を席に案内してやんなー!」
「はーい!」
キャンベルが急ぎ足でカウンター前まで行き、母親に頼まれて彼らを席まで連れていく。
「君かわいーね」
「ワージマル酒ある?」
ぞろぞろと扉から店内へと入ってきた騎士達は、混んで熱気のある店内に顔をしかめることなく、まるで何度も来たことがあるように、席へ案内されながら慣れたようにキャンベルへ飲み物やつまみを頼んでいた。
二、十人、十五人……あれ、外にいた人数より少ない気がする。もっとこう、三十人くらいいたはずだ。
もう一度窓の外を見る。
やはり十五人くらい、残った半分ほどの騎士達がドルモットの店の前におり、店から女性が出てきたと思えば、扉の中へと順々に消えていった。人数が多いから分かれたのだろうか。
……まぁそんなことはどうでもいい。
店内へ入ってきた騎士達のほうを、持っていたおぼんを盾にしてニケと共に遠目で確認する。
もちろんお客さんに頼まれた刺肉を持ってくるついでにだ。
「ん? いない?」
すると金髪は何人かいたが、あいつ、アルウェス・ロックマンはいないようだった。
「なんだ、良かった」
「良かったぁ」
ん?
「ニケ? 良かったの?」
「あ、え……」
ニケと言葉が重なった。
あの同僚たちを見て安心したのだろうか。
いいや普通は逆だろう。
現にさっきあんなに恥ずかしがっていたばかりか、怯えていたというのに。
ニケは目を泳がせてどきまぎとしていた。
「ロックマンがいなかったからとか?」
そういえばゼノン王子の姿もない。今日は一緒に来ていないのだろうか。
公務など最近はやけにまた忙しいそうだとニケから聞いていたので、こういう場にくることはあまりないのだろう。それに今更であるが王国の王子様にそんなホイホイ会えるなどと考えること自体間違っている。
意識改革をしなくては。
本日二話更新。