受付嬢二年目編・10-2
「ポッケル肉の揚げ物3つですね」
注文を用紙へ記入し、カウンター内で調理をしているキャンベルのお母さん、ウェラさんへと紙を飛ばす。
壁に貼り付けてある品書きの金額を頭に入れては札に書き足していった。
ふとその横を見れば、品書きの紙の横にはウォールヘルヌスの貼り紙があった。
最近はどこのお店でも、ゾゾさんと行く草食狼のお店にも貼り紙がしてある。
「これ持ってってちょーだい!」
「はい!」
店内は賑やかだった。
男の人の笑い声があちこちから聞こえてきて、ウェラさんの声もわずかに聞き取れるくらいである。男性割り引きの日らしいので、男性が多いのも無理はない。今のところ女性客は来ていないようだった。
「お金よろしくねー!」
「はい!」
注文をとっては運び、洗いものを魔法で済ませてはお客さんのお会計をとる。
「ふぅ」
後ろで丸く纏めた長い髪を片手で直して、横の後れ毛を耳にかけた。
なんだか暑い。
「まーナナちゃん、肩直してあげるからちょっと待ってな!」
「あ、ありがとうございます」
肩が出ている服を着ていた私は、さらにずり落ちそうになっていた服の袖をあげてもらいながら調理台に立つウェラさんにお礼を言う。
恥ずかしい。
キャンベルの着せかえ攻撃に折れて着てみたものの、中々慣れることはできそうにない。
「それにしても、焦げ茶色も似合うじゃないか」
「一応変装はしておこうと話していたので。さすがに声までは変えませんでしたけど」
ニケも私も髪色だけは変えている。
ニケのほうは赤色に変えていた。
ベンジャミンだけ変装したところで、私達が先にバレてしまっては元も子もない。
「女と男ってのはむっずかしーんだ。メダちゃんには頑張ってほしいよ」
「ウェラ、今日は可愛い子達揃えてどうしたんだい? ついにそっちの商売でも始めるつもりか?」
「違うよ違う、色々あんだよ。男にはないしょさ、ね、ナナちゃん」
クルリと癖の強い金髪を横に一つに結い上げているウェラさん。
キャンベルは母親似なのか、ウェラさんも緩やかで優しげな垂れ目だった。
またふくよかなのでおっとりとしていそうな印象だったが、さすがこの裏街で酒場を営んでいるだけあって、お客に対しても私達に対しても積極的でかつ面倒見があり、大きな声で豪快に笑ってはお喋りもよくしてくれる。
ベンジャミンの恋を知っているのか、悪戯な笑みを浮かべている。
「ナナちゃんって言うの? 明日もいる?」
「いいや、今日だけだよこの子達は。だから思う存分飲んでってくんな」
今も男性のお客さんに話しかけられては、娘と同じ八重歯をのぞかせて楽しそうに話していた。
「今日だけぇ~? ケッチいなぁ~ねぇナナちゃ――」
「こら、その手をもがれたいのかい」
「いったたたい!」
私へ向けて腕を伸ばしてきた恰幅のよい男性客の手を、ウェラさんがバチンと横から叩き落とす。
彼女が着ている前掛けは黄ばみのある普通のもので、キャンベルと違いフリフリのレースはついていないが、娘に作ってもらった物なのだとお店が開店する前に教えてもらった。
普段からこのお店はウェラさんがたった一人で切り盛りをしているそうで、キャンベルが帰省しているときは娘に手伝ってもらっているそうなのだが、基本はウェラさんのみなのだと言う。
父親は違う仕事をしているようで、店のほうは完全に母親であるウェラさんの領域。
ただ自分の住むところが少しでも汚れているのが嫌いなので、店の掃除や家の掃除だけは譲れず毎日ピカピカにしているのだと聞いた。
ひとりでに動いている箒は父親のものらしい。
「それにしてもこんなにお客さん……。本当にいつもお一人でやられているんですか? 大変じゃないですか?」
料理皿を調理台に並べるのを手伝いながら、店内を見回す。
全ての席が人で埋まっていた。
これを一人で回すのは並大抵ではない。
「なーに。いつもはこんなたくさん来たりしないよ。ベンジャミンちゃんニケちゃん、ナナちゃん達のおかげで、今日は繁盛どころじゃなく大繁盛になりそうだ」
毎日繁盛とまでは行かないが常連客もおり、一人で回せるくらいの今がちょうど良いということで人を雇う気はないらしいとキャンベルから聞いている。
しかしこれのどこが繁盛ではないと言うのだろうか。
半端ない。
そしてそれを聞いた私達が今日一日ここで働くことが迷惑にならないだろうかと心配すれば、そんなことはないとウェラさんは首を振ってガハハとこれまた豪快に笑ってくれたのだった。
気をつかってくれているのかは見ぬけられないけれど、とにかく迷惑をかけないようにと仕事を頑張ることにしている。
もちろんサタナースの件も頭に入れながらだ。
「あれ、メダは?」
「お手洗いに行ったよ」
料理を運びカウンターに戻って来たキャンベルが、キョロキョロと店内にいるはずのベンジャミンを探す。
私は変身魔法が解けそうになってきたから直してくる、と少し前に声をかけられたことを思い出してキャンベルにそう伝えた。
メダとはベンジャミンの中間名で、今日はそれで通すことにしている。変装しているのに間違っても実名で呼ぶことがないようにということだった。
ベンジャミンの変装も完璧だった。
魔法で肩上まで髪を短くし、髪色も赤から薄桃色に変わっている。また声も声帯変異という呪文で全く違うものに変えており、話していてもその人間がベンジャミンであるとは中々見抜けない。
それほど手を加えていないのに、髪と声が変わるだけでずいぶん違う。
そういえば公爵と仮面舞踏会に潜り込んだとき、私は声までは変えなかった。
今思えば粗のある変装であったと恥ずかしくなる。
*
「おねーちゃん、注文よろしく~」
「はい!」
手を上げているお客さんのところまで行き注文をとり、私はまたカウンターの方へと急ぎ足で戻る。
「あっごめんニケ」
「うん」
「……ニケ、どうかした?」
同じく注文をとっていたニケとすれ違い様に肩が当たったのでごめんねと謝る。
けれどどこかニケの様子がおかしかく、私はとっさに彼女の腕をつかんだ。
「へ?」
「そわそわしてるっていうか、ずっと窓の方気にしてるから」
さっきからずっとだ。
サタナースを気にして外を見ているのかと思っていたが、ベンジャミンが気にするならともかく、先程からニケが不安そうに、けれどどこか恥ずかしげに服の胸元を正しながら窓の外を見ていることに、どうも違和感が拭えない。
私より露出の多い部分において恥ずかしがってしまうのは仕方のないことだとは思うのだが、そういう様子とは少し違っていた。
「ううん別に大丈……!!」
「ニケ!?」
気もそぞろになっている姿を見ると私も心配になるので声をかけたが、変わらず窓の外を見ていたニケの動きが突然固まり、しかもその場で伏せはじめたのでこれは何事かと更に心配になる。
しゃがんで俯いているせいで、結わずにそのまま下ろしている彼女の赤色の長い髪の毛が背中と顔を覆っていた。
「おねーちゃんどうした? 具合悪いんか?」
「新人のナナちゃんナナちゃん、酒持ってきてくれ~」
「やっと来たメダちゃん! 新しい杯よろしくー」
ニケの様子にお客さんが声をかけてくれたり、遠くからまた注文の声が聞こえたりと、夜に近づいていくにつれ忙しくなってきた。
お手洗いから戻ってきたのか、さっそくお客さんのお気に入りになったベンジャミンが呼ばれている。
「ニケ、立てる?」
「うん、ごめんナナリー。……立てるけど、外に……」
ニケの言葉に、彼女を立たせながら窓の外を見てみた。
窓はキャンベルの父親のお陰で、一点の曇りもなく綺麗だ。
また夜になっても外は店の明かりや道脇にある街灯で明るいため、道行く人達や外の景色がよく見える。
そんな中、ドルモットの店の前。
デラーレの店の前でもあるそこに、黒色の集団が見えた。
「え」
そこには何故か、王国の騎士団がいた。