受付嬢になれるまで・6-3
涙が出そうだ。
「ナナリー・ヘル、一位おめでとう」
待ちに待った瞬間が今、私に訪れている。
この五年間ずっと私が求めていた頂点の数字。聖なる数字。神の数字。学校に入ってから一度も取ることが出来なかった『一位』という称号が、今、目の前に。
これまで頑張ってきて良かった。来る日も来る日もアイツの隣で二位という看板を背負い泣きを見ていたけれど、これで万年二位のヘルなんて誰にも言われることはない。直接言われたわけじゃないが、ヒソヒソと皆が今でも言っていたことを知っている。
でももうそれは気にしない。
だって私は一位だもの。
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「では、男子はアルウェス・ロックマン、君が一位だ。おめでとう」
「ありがとうございます」
隣でロックマンがそう讃えられた瞬間、拍手が沸き上がる。
今私が立っているのは競技場の表彰台。個人戦で一位を取った者だけが上がることの許された場所。
見晴らしも良くて、競技場中をここから見渡せる。お父さんとお母さんの姿もさっき見つけることが出来た。大きく手を振れば、目立つ場所にいる私の姿を見て二人とも手を振り替えしてくれた。それに表彰台の下には五学年の生徒が全員いて、ニケやベンジャミン、マリスの姿もよく見えた。
横ではロックマンが先生から金の卵をもらっている。この金の卵はお湯で温めると中から欲しいものが一個だけ出てくるという、たいへん面白い品物。でも卵の大きさに見合ったものだけという制限つきで、比較的小さいものしか望めない。けちな卵だ。
私は自分の手に収まったそれを見て、ぷるぷる震える。
なんで、なんで、なんで、
「なんで男女別なの!」
男女別じゃ意味ないじゃないか!
先生そんなこと一言も言ってなかったじゃん!
すると、うるさい、なんて横にいるアイツから苦情が来る。
「だ、だって……」
ええ、一位は取りましたよ一位は。
けれどあろうことか、個人戦も課題同様に男女別だった。
どうしてだ、これでは本当の一位だと到底言えるわけがない。先生が一位だぞヘル、良かったな、なんて今まで一位を取れずにいたことを思ってか涙ぐんで私に言ってきたが、私は違う意味で泣きたくなった。本当に泣きたい。
五年生になってからは、打倒ロックマンと掲げて日々この日の為に特訓を重ねてきていたというのに、これで私の計画が台無しじゃないか。コイツを打ち負かした上で、ハーレのお偉いさんに自分を売り込もうと思っていたというのに、なんということなの。
女子で一位になったので悪い印象ではないのだとは思うのだけれど、それでもやはり腑に落ちなかった。
アイツに負けるのはもちろん悔しいし嫌だが、負けているのに勝ったような扱いをされるのはそれ以上に気にくわない。別に勝ってないけど。
私が万が一おくがいちでもアイツに負けているとは限らないけれど、今までの成績を見ても皆から見ても万年二位のヘルが『女子』で一位になった、という見方しか出来ないのに。
あのあと。
課題を終わらせたあと、私は先生の治癒でどうにか身体の傷を完治した。先生の魔法は本当に凄い。私も治癒の魔法を使えるけど先生ほどに上手く使いこなせてはいないし、あんなおっかない火傷を傷ひとつ残さないで完璧に元通りにするなんて、もはや神業だった。
それからしばらくの間はベッドの上にいたけれど、個人戦が控えているからと男子の課題が終わる頃に競技場に戻った。マリス嬢や他の子は一足先に戻っていたようで、ベッドがある部屋には私しかいなく、少し焦っていたというのもある。
いつまで寝ているつもりなんだ、と自分自身に説教をした。
私は急いで競技場の扉を開けた。けれど男子が何の課題をしていたのかを知らなかった私は、競技場の座席へ出た瞬間、目にした光景にビックリする。
なぜなら男子の半数、いや半分以上が裸になって倒れていたからだ(下着は着ている)。もはや裸祭り。
私はまた何かのパーティにでも紛れ込んでしまったのかと目眩を起こした。
だって、なにこれ。なんで裸?
課題をやっているんじゃなかったっけ?
ニケとベンジャミンがいるところまで移動した私は、これは一体なんなのかと訪ねる。
すると『魔法を使わずに敵の身ぐるみを剥がす(下着は駄目)』という課題らしいわよ、と返ってきた。
裸にされた者が二人以上いたら、その班は失格なのだという。
いや嘘でしょ、馬鹿でしょ。どういうこと。
私たち女子の課題と、随分いろいろな意味で重さが違うではないか。先生はこれを将来道に立ちはだかる大人達に見せてどうするつもりなんだ。逞しい肉体を見せるってことなのか。なんなのだ。
ついでに言えば魔法を使うはずの大会で、魔法を使わないとはどういう要件だ。だいたい身ぐるみを剥がすなど、結構な技が必要だろうに。庶民の服ならまだしも、貴族の服なんてコートやシャツやベストやらを着ているわけで、ましてやズボンを脱がすなんて簡単には出来ない。
……相手を気絶させるくらい殴り飛ばせば出来るが。
貴族の女の子達は顔を赤くして手で顔を覆っているけれど、指の隙間からチラチラと覗き見ている様子。
淑女の仮面は惜し気もなく剥がれていた。
すると『キャー! アルウェス様!』と声が上がったので思わず競技場を見てしまう。
視線の先には、今にもサタナースに身ぐるみを剥がされそうになっているアイツがいた。
さっきまでロックマンを応援していた声が『サタナース! やっておしまいなさい!』という声に変わっていく。
淑女の皆よ、どうしても見たいのか、そいつの裸が。
アイツは脱がされまいと、サタナースの顔や身体をボッコボコに殴っている。
必死過ぎる様子に、なんか笑えた。
ついでにベンジャミンの声もサタナースを応援する言葉から『ロックマン! 剥がして! 剥がすのよ!』に変わっている。
そんなに見たいのか、裸が。
とにかく混沌、無秩序な光景だったことには間違いない。
ゼノン王子は追い剥ぎの達人なのか、来る敵来る敵の服を見事に剥いでいた。無双だった。
王子とロックマンは同じ部屋なので班が一緒。あそこの班が破れることはないだろう。
そしてこの課題を通ったのは、サタナースの班と、私の予想通り王子の班だけだった。
しかしその数六名。なんという少なさ。
競技場の中心では気絶した男子たちが裸で転がっていて、私はひっそりと手を合わせる。大丈夫、君たちは何も悪くない。悪いのはこの課題をやらせた先生たちの方なのだから。庶民はまだ良いけれど、貴族の子供達に何ということをさせているのだろう。
あとで苦情が来ても私は知らない。
そして問題の個人戦。
なんと先生は『男子、女子、別れて個人戦を行う』と言い出した。
私は耳を疑う。
え、男女別?
今男女別って言った?
やだ何よ、ちゃんちゃらおかしい。なぜここまで来ておいて、男女別で戦わなければならないのだ。拳で戦うならまだしも、魔法で戦うのだから男女なんて関係ないはずなのに。
けれどよくよく思い起こしてみれば、攻守専攻技術対戦の内容を話された時、男女別だとは言われなかったけれど男女混合とも言われていなかったことに私は気づく。
早とちりか!
それでも現実を受け止めきれなくて先生に猛抗議したけれど、アッハッハと笑われて聞き入れてもらえず、私の思いも虚しく男女別で個人戦は行われて、結果は女子では私が一位、男子ではロックマンが一位となった。
「いいから。静かにしなよ」
「だって……私はアンタと戦えるのだとばっかり思ってたのにっ」
表彰台の上でキィィ!と金の卵を噛む。凄く固かった。
女同士の戦いもそりゃ悪くなかったし、ニケやベンジャミンは手強かった。ベンジャミンにはまた髪の毛を燃やされそうになったし、ニケには容赦なく水の中で溺れさせられそうにもなった。
しかし誰にも負けない自信を常に持つようにしているので、負ける気はしなかった。言っておくが、これは自意識過剰でもなんでもない。ただの思い込み作戦だ。自分が負けると思ったらもうそれ以上にはいけない。
ロックマンの方はゼノン王子とサタナースに随分手こずっていたけれど、ご覧の通り男子の一位として君臨している。
「じゃあこれが終わったら殴りに行くから待ってて」
「誰が待つか!」
「逃げる気?」
「逃げない!」
私は殴りたいのではなくて、ただコイツを正式な場で負かしたいのに!
競技場中の皆が表彰台に意識を集中しているのを忘れて、言い合いを始める。
周りからは背が高いロックマンにちんけなネズミが突っ掛かっているようにしか見えないだろうが、くそ、首が痛いな。なんで男は身長がこんなに高くなるんだ。遺伝子の問題ではないのかもしれないけれど、私のお父さんの背ははっきり言ってそんなに高くない。
顔面偏差値では敗北し、身長でも高さは負け、コイツは凄くモテている上に、頭も魔法の腕も良い。
……あれ、私成績以外でも何も勝ててなくね。
「こらナナリー、この場で喧嘩はやめなさい」
「う、はい」
「ロックマンも挑発するなよ」
「……なんで僕まで」
先生に怒られた。
「これが終わらないと来賓達が帰れない。……ところで二人は卒業後、どうしたい?」
そういえば、まだ王様もお妃様も帰っていない。これが終わるまで帰れないのかな、と思っていたけど、先生がそんなことを言ってきたので私達のせいだと悟る。
帰るのが延びてしまってごめんなさい。
無駄な喧嘩しました。すみません。
「僕は王国の騎士団に入ります」
「私は、ハーレの受付の人になりたいです」
「……え?」
先生は以前から知っていたので驚きはしなかったけれど、ロックマンの方はもちろん、私がこの学校に入った訳もなりたいものも一々話したことはなかったので、今まで見たことも無いような間抜けな顔をされた。今なら穴という穴に氷を埋め込めそう。そのくらい変な顔をしていた。でもそんな間抜け顔でも幾らか格好いい様になっている。
確か私、自分が成績一番になってコイツを負かしたいということしか周りに言って来なかったので、将来の話をしたことがなかった気がする。ニケは騎士団に入ると言っていたし、ベンジャミンは破魔士になると言っていたのは聞いたことがある。けれど、たいていじゃあお前はどうなんだと聞かれた時は『まずはロックマンに勝ってからじゃないと!』と意味不明……ではないが、いつもそっち方面に話を流してしまっていたので、多分誰にも話していない。
……いいや、多分ではなく全く誰にも話していない。
「受付……? そんなに魔法を極めて、受付になりたいの?」
「そうだけど」
ロックマンが騎士団に入るとか何とかは、マリス嬢から聞いていたので驚きはしない。
しかしその言いかた、受付の仕事を軽んじているように聞こえてならないぞ。これだから金持ちの坊っちゃんは何も分かっていない。
「今ここに、学校から二人の推薦状を出すようにとあって、用意をしている」
先生が私達二人に向けて紙を渡してきた。
紙に目を通せばそこには私の名前が一番最初に書いてあり、徐々に目を滑らせていくとその内容を理解する。
『ハーレ・モーレン様。本日はドーラン王国魔法学校、卒業予定ナナリー・ヘルを紹介させていただきます。本学生は、優秀な人材でありますので、そちらでお役に立てる存在と存じます。ご指導ご鞭撻、宜しくお願い申しあげます』
と、ざっと訳せばこんな感じだった。
すなわちこれは、あのハーレへの推薦状?
「先生、これって」
「二人の希望先から、今日の対戦を見て是非卒業後にと言われてな。だから早速推薦状を作らせてもらった」
「~っやったー!」
な、ななななんと。
ハッ、ハハハハーレへの推薦状を勝ち取ったり!!
今、これまでの全てのモヤモヤが一気に晴れた気がする。だってあのハーレへ、まさかこんなに早く推薦状を作って貰えるなんて思ってもみなかった。
私がハーレだということはロックマンは騎士団への推薦状ってことになるのか。
チラっと隣のアイツの紙を盗み見ようとしたけど、バレていたのかサッとそれを伏せられて見ることが出来なかった。目敏い奴だ。
「六年生では、もしその希望が変わらないのであれば、卒業後に向けて希望先からの資料を元に勉強をしてみろ。もちろん六年時の学習を疎かにしろとは言わないが、頑張れる範囲でやってみるのも良いんじゃないか」
「はい!」
ロックマンと共に舞台から下りて皆の所に行く。
王族のほうの席を見ると、ちょうど帰るところだったのかちらほらと皆席を立っている様子だった。保護者なんかは朝から夕方まで座りっぱなしで疲れたろうに。お父さんお母さんも早く帰って休んでほしい。二人にはまた長期休暇の時に会えるし、卒業したら家には帰るわけだから寂しくない。
下に戻るとサタナースやニケ達が金の卵を触りたがってきたので、いいよ、と笑いながら触らせてあげた。ベンジャミンはなぜか私がさっきやったように金の卵を噛んでいる。なにしてるの、と聞いたら、こういうの固そうなの見ると噛みたくなるのよねと言われた。
……彼女は本当に固いものが好きらしい。
こうして私の五年目は過ぎていった。
しかし私は学年末でまた二位を取る。
言わずもがな、一位はアルウェス・ロックマンだった。
あと1話で学生編終了です。