受付嬢二年目編・5
最近はやたらとお化け虫が湧いていて、この前も似たような依頼を破魔士が受理していった。お化け虫は楕円系で身体が白く透けており、それなのにも関わらず心臓や器官がまるで見えない幽霊のような生き物だ。
大きさは大人の男性の足ぐらい。
お化け虫がわくのも魔物と同じく時期があり、光の季節の始めの頃に大量発生の報告が多くあった。
駆除するには意外と手間がかかる。手で触れると皮膚がかぶれてしまうため、大抵は蔓の呪文で操ったり、浮遊魔法を使ったりして住処にしている屋根裏や草むらから引っ張り出す。そして火炎の呪文で燃やすなどなんなりし処分をするわけなのだが、お化け虫には親玉がいるので、それを見つけなくては永遠に繁殖が止まらない。
人に直接危害を与える生き物ではないけれど、湧きすぎると周りの生命力を奪うのか、体調を崩したり病気になる人間が出てくるという事例もある。詳しい原因は解明されていないが、そういう面では害虫の類いであることに間違いない。
一匹二匹ならば一般の人でもなんとかなるが、大量となり、親玉も探すとなると破魔士に頼ることは少なくもなかった。
「でもこれは王国が報酬を出してくれるんだろ?」
ふくよかで、口の周りにモジャモジャの髭を携えた破魔士が、依頼書を見下ろして腹を撫でている。受付台に置かれた三枚の依頼書の真ん中の紙を手に取れば、それに顔を近づけて文章をよく読んでいた。
男性は大剣を背負っている。
剣を扱う人は、私がもつデアラブドスのようなもので、剣に魔法を宿らせて戦うことが多い。
「騎士をそこに割くわけにもいかないようで、徐々に王国から破魔士に依頼する事案が増えているんですよ」
「ほぉ~。仕事が増えるのは良いこった!」
じゃあ俺がちょっくら行ってやるよ。
そう言って男性は依頼書に調印を済ませて、ポヨポヨとお腹を揺らしながら張りきって扉から出ていった。
魔物の依頼もそうだが、王国から破魔士へ報酬を出す依頼が以前より多くなっている。
破魔士達は仕事が増えたと嬉しそうにするし、民間の人は助かると安心した声をいただくことが多いのだが、微妙に、ほんの僅かに魔物の量が増えていたり異常現象が長引いていたりと、所長が眉間にシワを寄せる案件が増えていた。
もちろんそれに気づかない私たちでも、ましてや騎士団を含めた王国の上層が気づいていないわけがないだろう。
「これで何件目?」
「今ので十五件目です」
ぽっちゃり破魔士が出ていったのを見て、後ろで珍しく書類仕事をしていた所長が聞いてきた。
いつもは所長室で仕事をしているので新鮮味を感じる。
「じゃあ一先ず終わりなのね」
「今日だけで三件ぐらいでしょうか?」
「こっち二件やったから五件よ~」
ハリス姉さんが手をヒラヒラと動かして教えてくれる。
おばけ虫に関する依頼は十五件あったので、さっきの破魔士が受けてくれたもので最後だった。
一時的に人がはけた受付台で所長とハリス姉さんの三人で顔を合わせて笑っていると、一枚の紙がゾゾさんとチーナのいる依頼人受付から飛んできた。片手で掴んで二人のほうに顔を向けると、苦笑いをしている。
もしかしてと思い紙に目を滑らせると、案の定あの依頼だった。
「……一件増えたわね」
「……はい」
手にある依頼書はおばけ虫関連。
ハーレに来た破魔士には基本的にその人に合った依頼や好みの依頼を勧めることが多いのだが、緊急の物や先に処理してもらいたい依頼の時はこちらから破魔士へ営業をかけなくてはいけない。
営業をかけると大半は引き受けてくれるが、おばけ虫駆除の依頼は思うほど高額な報酬でもなく寧ろ安いので、嫌がられることがしょっちゅうであった。
貴重な仕事の時間を安い報酬のために削る謂れはないという理由も分からなくはないので、本当に快く引き受けてくれる破魔士を見つけるまでには根性がいる。
「おばけ虫の馬鹿野郎がっ」
「まぁまぁ姉さん」
ハリス姉さんはさっと愛用の眼鏡を外す。そしてそれをパシーン!と良い音を鳴らしながら床に投げつけていた。私はそれを横でたしなめる。
彼女の眼鏡の素材は特殊合金で出来ており、巨人に踏み潰されても炎で焼かれても雷に射たれても筋肉ムキムキ人間にへし折られようとも、まるでびくともしない。
「物に当たらない。受付でそういうことをしない。ハリス?」
「あぁ~もう」
昨日彼女は破魔士におばけ虫の件で散々嫌味を言われた挙げ句、ババァなどと隣にいた私でも聞き捨てならない言葉を吐かれていた。
そこは他の破魔士もいたゆえなるべく綺麗な言葉で返り討ちにしていたが、周りにいた破魔士がいなくなったあと「お前の見た目どうにかしてから言いな!」とこれまた眼鏡を床に叩きつけていた。その時も所長が眼鏡の仇とでも言うように彼女の脳天を叩いて反省させていた。荒ぶっている。
眼鏡をそんな風に扱って良いのかと思うところはあるけれど、それで彼女の心が守られるのならば良い。ちなみにこの眼鏡は生成水から与えられたものだと聞く。性格を考慮してとは言うが、ギグネスタイネロはこれを見越していたのだろうか。
シャキッとするシャキッと! なんて所長は項垂れる私とハリス姉さんの肩を揉むと、受付台に置いていた筆を持ち後ろの席へと戻った。