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受付嬢二年目・海の国編14


「寸胴なのに腹出しねぇ」

「いたたたただ!!」


 いつからいたのか。

 後ろからロックマンに脇腹の肉をつねられて腹が捩れた。つねられるなんてものではない、もはや千切り取られる。そこはさっき痛めた場所だ。

 隣にいたウェルディさんはそれを見て自分の腹周りを気にし出したのか、お腹に手を当てて隠していた。


「ウェルディは違うよ。ずっと着ていてほしいくらい綺麗だからね」

「やだもう、隊長ったら、もう」


 ロックマンの言葉に首から脳天までを真っ赤にさせているウェルディさんは、傍目から見ても可愛い。身体をくねらせてもじもじしている。


 というか待て、寸胴だと?

 自慢ではないが、悪いがこれでもダルンダルンにならないよう、私は寮で毎日身体を鍛えぬいている。魔法の精度もそれで多少変わって来るらしいので、学生のときは身体を動かす授業もあった。

 けれど、あれ。

 もしやあのめり込んできた膝を腹の筋肉で受けとめきれずに痛さを感じてしまっている時点で、それは十分に鍛えられていないという証拠になるのでは……?

 なんということだ。


「こんの」


 痛さに涙を溜めて振り向けば、光の加減で一瞬紫色に見えた瞳とかち合う。

 奴は両手を顔の横に上げて、チロ、と赤く濡れた舌を出し私をおちょくっていた。


 この男許すまじ。


 仕返しに宙返りをして脇腹を蹴ろうとすると、同じく宙返りをされて避けられてしまう。

 乱れたその金の髪をもっとぐちゃぐちゃにしてやろう。

 こうなればと最大の脚力を引き出す魔法を両足に溜めて飛びはね、何をするんだと雄叫びを上げながら奴の腹に拳をきめこもうとするが、またもや避けられ片足で背中を蹴られて浜辺に叩きつけられた。

 だがやられてばかりではいられないので直ぐに立ち上がる。

 奴の目を眩ませようと浜辺の砂を掴んで奴の顔にサッと投げつければ、相手は目元に手をあてて怯んだ。


「なにを」

「ホホホホ目眩ましよ!」

「この砂かけ婆が……」


 久しぶりに口の悪いロックマンが顔を出す。


 ひょいひょいと軽くかわす姿が怨めしいことこの上ない。

 帰る前にこいつを一発仕留めてからにしようと考えた私は、「またやってるわ」と呟くニケの愉快そうな視線を背に、再びロックマンに飛びかかっていった。


 しかし飛びかかっていった早々、土産物はどうするつもりなわけとロックマンに言われて我に返る。

 私は大人しくその場に立ち尽くしたあと、志し半ばに喧嘩を中止することに決めた。大袈裟に舌打ちするのも忘れない。


「ナナリー靴って言うか、履き物は?」

「あ! たぶん岩場に置いてきたのかも」


 ニケに足を指差される。海の中にいた感覚を引きずっていたせいか、元がペラペラで薄い履物だっただけに言われて初めて気がついた。

 アホなのか私。足裏の砂の感覚でわかれという話である。


 ハーレの人達やマリスへのお土産物を手に入れるために、私はセレイナ王国の町へと買い出しに行くことにした。

 早く行かなければ、ここから半日以上もかかるドーラン王国へと無事に帰れない。どうもロックマンを前にすると常識と判断力が二の次になってしまう。精神的にもっと精進せねば。


 私は岩場へ置きざりにしていた履き物を取りに戻った。







「それじゃあ女の子二人。気を付けて帰ってね」

「ええ」

「ありがとうございます」


 私が目を離している隙にニケとベンジャミンの身を心配してか、どこから出したのか分からない綺麗な外套を渡しているロックマンがいた。

 本当にどこからそんな物を。

 それを見て嫉妬したのか、ウェルディさんがつかつかと三人のもとへ行き「勘違いしちゃ駄目よ!」と騒ぎだしたのが遠目から見てとれる。

 

「相変わらず女にはとことん甘いよなアイツ」

「あんた当然のように私の隣に来るけど、男じゃないからね私」

「やー。つい」


 ついとは何だついとは。

 腕を組んでその光景を見つめる私の横に、未だボロボロの衣装を着ているサタナースが後ろ首をかきながらにこやかにやって来た。素肌に羽織っていた袖のない上着は姿も見えないし、せめて破けて穴が開いている下の服だけは綺麗にした方がいいと修復の呪文をかける。

 一瞬で元に戻ったそれに当の本人は感嘆の声を出すが、サタナースも出来ないわけではないだろうにと呆れた。

 魔法の使いどころがいまいちよく分かっていないのか、それともわざと使わないのかは謎である。


「でも不思議だよなぁ」

「なにが」

「あんなモテ男に優しくされてんのに、ベンジャミン俺のこと好きなんだぜ?」

「ベンジャミン七不思議だと私は思ってるから」


 ちなみにその内の一つは、あの石のように固い枕である。


「お前は理由を聞いたことはないのか」

「うわ! 急になんだよ黒焦げ」


 サタナースが肩を跳ね上げた。

 ロックマンと同じような胸元の緩い白の上衣を、こちらも同じく完璧に着こなしているゼノン王子。

 脚部を全て覆う、その黒の下衣に包まれた長い足を組みながら、彼はサタナースと私の後ろに立っていた。


「いや、理由なんかどーでもいいけど、たまにもし嫁に来たらいったいどうなるんやら……今のは無しな」

「聞いちゃった」

「聞いたよな」


 私は両手で、ゼノン王子は片手で口元を隠しながら笑う。

 艶のある黒い瞳は楽しげに輝き、ついに言ったかと王子はいやに満足げな表情をしていた。

 なんだかんだでここの二人もやっぱり仲が良いのである。


「俺はめちゃめちゃ胸のでっかい年上が好みなんだっつーの! 初恋だって近所の巨乳のねーちゃんで!」

「はいはい。あ、そうだ。本当に愛してるとね、そういうのが自然と言葉に出ちゃうものなんだって。お父さんが言ってた」

「昔世話になった乳母もそんなことを言ってたぞ」

「お前らなぁ!」


 耳の傍で必死に好みを言われるが、サタナースの好みなど百も承知なので聞き流す。

 さっさとお土産を買わないと日が暮れると言いながら、私はニケ達のもとへ歩み寄った。


「じゃあ行こっか」


 ゼノン王子とウェルディさんにはもう一度深く感謝の言葉を言い、私と三人は町側へ、ロックマン達は城側へ足を向ける。


 互いに背を向けて数歩進みだしたが、しかし重要なことを言っていなかったと、私は足を止めて振り返った。


「次会ったら覚えときなさいよ!」


 大口を開けて叫んだ私の声にロックマンが歩みを止め、肩越しに顔をこちらへ向ける。

 誰とは言わなかったが、自分にかけられた言葉だと認識したらしい。


「その脇腹の贅肉のことなら一生忘れないよ」

「やかましいわ!」


 贅肉だと。聞き捨てならない。

 つまめても指の先ぐらいだと反抗するも、口に手をあて頬を膨らまし、わざとらしく笑われて終わった。

 ナナリーのあれが贅肉なら私のお腹はどうなるんだとベンジャミンが隣でそわそわし始める。本当に売り言葉に買い言葉ね、なんてニケがサタナースに同意を求めているが、サタナースはベンジャミンの脇腹をつまんでいて話を聞いていなかった。ベンジャミンが顔を真っ赤にして怒っている。当たり前だ何やってんだこいつ。


 話は済んだか、とまた歩みを始めたロックマンに気づいた私は、慌てて、一度しか言わないから耳を塞いどけ! と自分でも訳の分からない言葉を言い放った。

 耳の穴をかっぽじってじゃないのかとジト目でニケに突っ込まれるが、口から出た言葉をいちいち戻すつもりはないので、そのまま続ける。






 ――――ありがとう。





 ぶっきらぼうに言い捨てて、そそくさと私は背中を向けた。


「んまー珍しい。思ったよりちゃんと言った」

「ベンジャミンから見てちゃんとなら、大した進歩よ。ね、ナナリー」

「知らなーい」


 一応人として大人の礼儀として、仕方ないが、最低限の感謝の言葉は述べなければ。


 不覚にも今回も前回も奴に借りを作ってしまったわけだが、今に見ていろ。

 またいつ会うのか、半年先か一年先か二年先かは分からないが、その長い足をバキバキにへし折っていつか私より小さくして見下ろしてやる。


 ああ、今気がついたけれど、あいつに見下ろされるのが嫌だったのかと文化館の建物を思い出した。合点はいったが、終着点がロックマンだということにいまいちスッキリしなかった。


「ナナリーはロックマンのことやっぱり嫌いなの?」

「嫌いっていうか、気に食わないっていうか。あっちは私のこと大嫌いでしょ。というか人間って思われてるのかも怪しいし」

「嫌いって言われたことあるんだ?」

「そりゃ当たり前で……」

「どうしたの?」

「当たりま……うん?」


 顔を上へ向けた私に、ベンジャミンが頬を小突いてくる。


 今までの記憶をたどる私の耳に、その光栄なようで実に不快な言葉を探したが。


「そういえば、ううん、そんなはずは」


 今回ばかりは私の記憶違いだろう。そうでなければ、今までのあの奴とのやり取りは何だったのかと疑問にさえ思う。


「嫌い」


 見つからなかった言葉に、少しだけ焦った。

海の国編終了です。

次回から受付嬢二年目編に戻ります。

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