受付嬢二年目・海の国編13
大魚の口内に入り海の中を移動したのち。
ほどなくして、私がナンニョクという巨大生物に捕まって海に引きずり込まれた浜辺から、人気のない幾分か離れた岩陰へと到着した。
「いたっ」
ハウニョクは唾を吐くように、岩場に私達をペッと吐き出す。
全員が一度に吐き出されたので何人かと重ね倒れたが、上に倒れ込んできたロックマンの膝がメリメリと音を立てて脇腹に食い込んできたので正直死ぬかと思った。
布一枚隔てているならまだしも、肌が剥き出し状態のところにそれはない。
まぐれでそうなったのなら仕方がないが、こいつのやることなすことに関しては全体的に裏があると思っているので、奴の脇腹に右の拳を丹精込めて食らわせたのはお相子である。
しかし体勢を整えて立ち上がると、皆を送り迎えをしてくれたハウニョクはどこへやら。
彼女は(雌だと聞いた)何も言わず海へ帰ったのか、私達の前から姿を消していた。
「良い女の去り方だね」
「魚にまでですか!?」
腰に手をあて海を眺めるロックマンに、異性の範囲が広すぎやしないか、とウェルディさんは両頬に手をあてて叫ぶ。
今や胸元が緩く袖の長い庶民的な白い上衣を、完璧に着こなしているこの男。黒いスラッとした下衣に包まれた長い足を見せつけるかのように、岩に足をかけて立っている。なんだか見ているだけで腹が立つ。
そんな隊長も好きだけど魚まで……と何かと葛藤しているウェルディさんを横目に、私も海を眺めた。波の音が耳に心地好い。
ハウニョクに力を貸してもらった経緯は帰ってくる途中で聞いていたので知ってはいるのだが、一言ぐらいお礼を言いたかった。
畏れ多くも、聞けばセレイナ王の助け舟だと言うし、王に直接会うことが出来ないというので、せめてハウニョクにはと思っていたのに。
というか脇腹が痛い。
「君達はこれからどうするの? 僕らはセレイナの城に戻るけど」
浜辺のほうに移動すると、ロックマンが空に浮かぶ島を指す。
空は夕焼け色に染まっていた。先ほどまで一面青色の世界にいたせいか新鮮味を感じてしまい、じっと空と雲を眺める。それに私の大好きな兔鳥が飛んでいた。浜辺は岩場より人気があり、今の時間帯のせいか男女が寄り添っている姿が多かった。ゾゾさんがいたらさぞかし面白くない顔をすることだろう。
今更ながら帰ってこられて本当に良かった。
ハウニョクの口の中で海の王国での出来事を根掘り葉掘り聞かれたが、未遂だったものの危害を加えられた覚えもなく、今思い出してもただ観光に行ったような状態だったなと拍子抜けする。
あの魚王子もお姉さんのことが好きで忘れられなくて、顔が似た私に……いや待て、具体的に何が似てるとかは言われなかった気がする。性質が似ているとかそんなことを言われた気がした。
顔が似ているのなら両親や親戚をあたればいいのかもしれないが、まず人魚が人間になること自体あり得るかあり得ないかの話なので、微妙だ。とりあえず終わりよければ全てよしということにしておこう。
連れ去られた時点で危害加えられまくりだとニケは怒っていたが、彼女の怒りようが私が吃驚するくらい迫力があったので、逆に私が落ち着けていた。
こんなときになんだが、本当に良い友人を持ったものだ。
「やっとナナリー連れ戻せたんだし、観光するに決まってるじゃねーか」
「でも僕達が海に入ってから、もう二日経ってるよ」
「は?」
ロックマンが念のためにと、ウェルディさんの懐に入れていたらしい時の砂の瓶。彼女にそれを出させて、ほらと目の前に掲げられる。
小さな木製の台についた硝子の瓶の中には、砂が上下に分かれて積もっていた。硝子には目盛りがついていて、一日経つごとに下へと積もる。よく見れば砂は二番目の線まで積もっていた。
それを円になって囲いこんだ旅行組の私達は、口を開けて瓶を見つめる。
海の王国へ着くまでに一日、帰るまでに一日、計二日の時が流れていたらしい。体感的にはそうでもなかったが、私があの海の王国で目覚めた時点で一日が経っていた可能性もある。
「皆ごめん、せっかくの、せっかくの旅行が」
砂浜に手をつけて項垂れた。冷たい潮風が身に染みる。濡れて束になった長い髪と、セレイナ王国の薄緑色の民族衣装が冷たい。お値段のわりに手触りの良い柔らかな布は、足にぴとりと貼りついている。
あんなに暑い暑いと騒がしくしていたときが懐かしく思えた。
「そんな気にしないの。不可抗力だったし。こう言っちゃ悪いけど普通に過ごしてたら出来ない体験も、あの王国にも行けなかったし、十分楽しかったわよ」
そう言ってベンジャミンは背中を撫でてくれる。
夕陽に照らされた彼女の赤い髪は鮮やかで、空を包み込むそれと同じだった。
「海王様だっけ? すごい大きかったわよね」
「美人な人魚も最後に見れたしよ」
ベンジャミンの言葉に続いて、ニケとサタナースが気にするなと話を始めた。ぐすんと鼻水をすすって目を擦る。
そう言ってくれるのならありがたいが、皆お土産物はまだ買ってないよねと話せば、そうだったとさっきみたいに三人ともまた口を開けた。
本当にごめん。
「ヘルさん、ちょっとこっちに来て」
「ウェルディさん?」
同じような民族衣装を着たウェルディさん。手首につけている大きめな腕輪をジャラジャラと鳴らしながら私の腕を掴むと、彼女は私を三人から離れた場所まで連れていく。
茶色い髪が夕暮れの風に吹かれて、普段はあまり見えない彼女の小さな耳がチラリと見えた。
「海の王国に魔物らしい姿とか見なかった?」
「いえ、見てないです。調査のですか?」
「その、まぁそうね、その一環みたいなものかしら。無ければいいのよ、ごめんなさいね」
揺れる横髪を耳にかけて、ウェルディさんは海を見た。
確か彼等が調査に出たのは魔物の行方と正体を探るためである。ハウニョクの中ではベンジャミンがいたので詳しい話は聞けなかったが、彼等の調査目的場所は海の王国だったはずだ。けれどあの王国では魔法が使えない。
そしてセレイナ王の有志で皆を海の王国まで連れて行ったハウニョクがいなければ、入れなかった王国。
「それと海の王国に行ったということは、周りには話さないようにって殿下と隊長からの伝言よ。セレイナ王からそう言われたらしいわ。一応、それはブルネル達にも話してあるから」
「分かりました」
色々弊害があるのだろう。私はひとつ返事で頷く。
もしかしてロックマン達は、あのとき初めて海の王国に入ったのかもしれない。
気がついたところで首を突っ込むつもりもないが、ウェルディさんの表情を見る限り調査は難航してそうだと気の毒に思った。
一話が長くなりましたので二話に分けます。→