受付嬢になれるまで・6-2
今日はお父さんもお母さんも来ている。座席に座っている姿は見つけられなかったけれど、せっかく私を見に来てくれているのだから、ガッカリされるような負け犬姿は絶対に見せたくない。
それに王族の席の隣、王国の騎士団長や貴族達が座っているところには、ハーレの偉い人も来ているというのだから気が抜けない。
それでなくとも気を抜くつもりは全くないが。
「始め」
先生の合図で、炎に捕まっていない25人の女の子達は一斉に魔法の構えをした。私ももちろんその内の一人。
早く蔓を切らなければ課題は通れないし、上に浮いているあのガラス板の場所まで仲間を運ばなくてはいけない。五分間という時間の中では、移動する時間も仲間を運ぶ時間も限られてくる。
この課題。班というより、25人それぞれの判断や実力で合否が決まるので、ここで失敗したら当然私の責任になる。
……うわ、それ嫌だな。
失敗したら、絶対ベンジャミンからは枕以上に固い物を投げつけられる。
私にはあの赤い髪が燃え盛る炎みたいに、メラメラと揺れ動く姿が容易く想像出来た。
「どうしよう……」
でも先生は蔓を切れと言ったけど、それよりも先に私達はある判断をしなくてはいけない。とても直ぐには出来ない判断だ。
自分の隣を見てみる。
マリス嬢の両手は魔法を作り出す構えをしてるのに、動かないままだった。
「どっちかなんて、先生も簡単に言ってくれますわね。私たちは仲間なのよ? 簡単にはいきませんわ」
炎に包まれていないはずなのに、苦しい声でマリス嬢がそう吐き捨てた。彼女にも当然大事な仲間がいる。五年間一緒の部屋で過ごしてきた友達で、私にとってはニケやベンジャミンのような子達が。迷うのも無理はない。というか、迷って当然だ。
マリス嬢の洗練された赤いドレスの裾はゆらゆら揺れている。
「ナナリー…」
ベンジャミンの声が燃え盛る炎の中から聞こえてきた。
「…っナナリー」
微かに、苦しい息使いのニケの声も耳に届く。
約半分くらいの班はどちらか一方を助けたのか、この場から居なくなっていた。炎に包まれたもう一人の子を残したままで。
とても苦しそうだった。熱いだろうに。
私のほうも、早くしないと二人が熱さでバテてしまう。それに先生は焦げるだかなんだかとも言っていたし、治癒の先生が治せるとは言っても、本人達は現在進行形で熱いものは熱いし、痛いものは痛い。
競技場の上に浮いている時計の時間を見れば、あと三分ほど。
王の力の加わった魔法だと先生は言っていたが、破る分にはそんな高度な魔法は必要ないようだった。
もしかしたら一筋縄ではいかない魔法なのかもしれない、と思っていたのだけれど、どうやらそんなことはないようで、今も違う班の女の子が仲間の一人の蔓を風で切り落として上へと運んで行った。
「私、」
どちらか一方を選ぶ。
熱いのが普段から非情に苦手なニケ。でもきっとどちらを選んでも文句は言わないだろう。
ベンジャミンは魔法型が火だけど、魔法が使えていない今じゃ丸腰も同然。熱いのには変わりないし、他の人同様に皮膚が焦げてしまうかもしれない。
「……」
私は勉強ができる。
新しいことを覚えるのは嫌じゃないし、知識があればある分だけ色々なところで役に立つから。
魔法の勉強を頑張っている理由は、将来なりたいもののために必要だからやっている。それ以上でもそれ以下でもなくて、少しよこしまな考えがあるとすればあの馬鹿炎を負かしたいっていうことぐらい。
「ナナリー?」
「プロスト(霜の鎧)」
呪文を唱えると、自分の身体や服の表面を霜が覆う。足先から頭のてっぺんまで肌が出ているところは全部。
これは最近覚えた魔法で、魔法型が氷の先生に教えてもらった。私は何かと炎の攻撃に身体をやられがちだから、防御できる策はないのかなぁと溢したら、先生にこれはどうかと勧められたのがきっかけ。薄い霜を操るのは繊細な作業で、下手したら皮膚の内側を凍らせ兼ねない。そんな魔法を先生は私に時間をかけて丁寧に教えてくれた。
学年の中で氷の魔法型は結局私だけで、ほかにはいない。違う学年にはちらほらといるらしいのだが、それでも氷型という子は凄く少ない人数だった。
魔法型に分かれて行う授業ではいつも一人だったので、ゆえに先生とは毎回二人きり。
一人というのは心ぼそかったけど、その分じっくりと教えてもらえたので、今になれば一人で良かったとも思っている。それにアイツと全く逆という部分でも良かったと思った。
「あなたもしかして」
まだ構えたままのマリス嬢が、霜の鎧を纏った私を見て何かを言いかける。
「マリス、迷うよね」
「え?」
この課題は私達にどういうことをさせているのか、改めて客観的に考えてみる。
私は目の前の二人に向かって片手を突き出した。
「パゴノ(凍らせよ)」
二人を掴んでいる炎の蔓を氷で凍らせる。
そしてもう片方の手を使い、一人残っている子達の蔓にも魔法を巡らせた。魔力を広範囲にうまく流し込んで、同時に氷結させていく。対象を絞るのはなかなか集中力と手腕がいるのだけど、あぁ、霜を纏ってるのに額から汗が垂れてくる。
間違っても皆を凍らせることだけは避けなくては。
「ナナリー!」
「ナナリー!? やめて!!」
ベンジャミンとニケが叫んでいるけれど一切無視。
これは炎に氷なので、攻魔法としては私にとって相性は良い。つくづく、やっぱり自分は氷で良かったと思う。
「燃えちゃうからやめて!」
パキパキと音を立てて固まった蔓を、指を鳴らして粉砕させる。蔓が無くなった瞬間二人が地面に落ちるのを防ぐために、浮游魔法で浮かせた。
どうやら私が凍らせようとした全ての蔓も上手く氷を纏わせられたみたいで、一人炎に残っていた子達は解放されて地面に横たわっていた。
「良いから! 浮游魔法であそこまで飛ばすからじっとしてて!」
もし私の考えが外れていたら、早速課題には落ちてしまうかもしれない。
だけどどちらか一方を助けて、一方を見捨てて、はい合格。とか言われても全く嬉しくないし後味が悪すぎる。
そりゃハーレの職員に推薦してもらうのも良いけど、こんなことで人格が最悪な奴になるよりか余程マシだ。
でもこれで失格になってしまったら、二人には悪いことをしたと思う。そしたらベンジャミンとニケには、私に好きなだけ枕を投げつける許可をあげようと思う。
「先生は、無事に助けられないって言ったの!でもただ、それだけ、無事に助けられないだけで、二人助けたって失格じゃない!“班”で、あの上に行かなきゃ意味がないんだよ!」
炎が徐々に足元から私を包む。二人を助けたのだからしょうがない。他の人の蔓だってやってしまったし。
どうにか全身を霜で覆ってみているけれど、蒸発して溶けていってしまっていた。まだまだ未熟な魔法だったのかもしれない。それに王様の力が加わっているっていうのもあるからかな。
けれど不思議と、そんなに熱くなかった。
どっちかと言えばロックマンの火のほうが熱いし。野蛮だし。無意識の内に随分鍛えられたものだ。
燃えている私の姿を見て、ニケとベンジャミンが泣きそうな顔をしている。そんな顔をさせるために二人を同時に助けたつもりじゃない。美人二人に目の前で泣かれるのは私としてはとても不本意。
私も浮かせようとしているのか、魔法を私に向かってかけようとする二人の手には蔓の火傷の痕が残っていた。
二人を徐々に上のガラス板まで運ぶ。
「ナナリー!」
「燃えたってなんだって、このくらいの弱い炎じゃ死なないし、ロックマンの炎の方がまだ熱いっての!」
不本意ながら、熱いのなら慣れている。
だってロ…(以下省略)
「っ、カロマギア・ゾーオン(魔法動物召喚術)」
左手の人差し指と親指で丸を作って、横に腕を振るう。
すると私の前にボンと音を立ててララが現れた。いつもより大きな姿なのは、私がこの大きさを願いながら出したからだと思う。真っ白な狼は私を見て吠えた。
「これは!!ご主人様!」
「ララ、わたし、あそこに」
「分かりました!」
ララは熱さをものともせず、私の頬に顔を寄せる。
上にある台に行くように指示すると、ララはクリスタル化して私を背に乗せた。首に手を回して倒れるように凭れる。ララの能力の一つであるクリスタル化は、どんな攻撃を受けても傷一つつかないというもの。
炎に包まれた私をものともせずに軽く運んでくれる。
視界に入っている髪の毛はチリチリと音を立てて焦げていて、あ、どうしよう禿げるかもしれないと場違いにも焦った。霜はとっくに剥がれているし、二人を浮游させているのにも力を使っているのでこれ以上同時に魔法を発動することができない。
嘘でしょ、全然考えてなかったんだけど。このまま燃えてたら髪の毛が焼け焦げて灰になってしまう。水色になってしまった髪だけど、最近ではやっと好きになれてきていたのに……私の毛根が根絶やしに。
やだやだ、どうしよう禿げる!!
嫌だ!!
「うぅ……」
なぜか私の髪の毛は、やっぱりどうあっても燃やされる運命にあるらしい。
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それから約二分後、先生が終わりの合図をかけた。
上空に浮いているガラス板のところへ着いてから目を瞑っていた私は、熱さが引けた感じに目を開けた。私に纏っていた炎は消えて、やっと解放される。炎がないだけで身体がいくらか楽になっているけど、風がちょっと肌に沁みた。
着いてすぐにその場で倒れてしまった私は、正直まわりがどうなっているのか見えていない。
「ベンジャミン、火が消えたわ!」
「ナナリーっ」
その間にも私の傍では熱いのにも関わらず手を握ってくれていたのか、二人の姿が目に入った。横にはララが座っている。
私の皮膚は焦げてなかったけど、焼けて爛れていたようで、皮が捲れていた。目にするまでは痛くなかったのに目にした途端ジワジワと痛みが走る。弱い風さえも激痛の元になっていた。
「足引っ張ったら容赦しないって言ったけど、こんな無茶しなくたって!馬鹿っ!」
「うっごめ、んねナナリー。和らげようとっしたけど、水も効かなかったの。ごめんね、」
ベンジャミンとニケの手も爛れていた。それを見た時、自分の痛みを一瞬忘れてちょっと泣いてしまいそうになる。
美人二人の白魚のような手を、こんな赤く水脹れしてしまった手にしてしまうなんぞ。二人の両親にはなんて謝ろう。将来責任をとりますから、嫁として貰いますとか言った方がいいかな。……いや駄目だ、お前ふざけてんのかとか言われそう。やめておこう。ベンジャミンにはサタナースをけしかけた方が良さそうだし。
「怪我人を治癒しますよ、通してくださいな!」
治癒の先生の声が聞こえて、すぐに駆けつけて来てくれた。
先生は私の手を握っていた二人の手をゆっくりとはがすと、彼女達をあとから来た他の先生のところへと誘導する。そしてまたこっちに戻ってくると、膝をついて私の顔を覗いた。
「もう大丈夫よ、今治すから」
「せ、んせ」
「あぁ、綺麗なお顔がこんな……すぐに取りかかります。この子は一番炎で包まれていた時間が長かったから、最優先です」
先生が顔をしかめて私の額に手を当ててくる。普通の風とは違う風が先生の手から流れてきた。それは傷口に掠めても心地好い風で、全然痛くない。これは先生の治癒魔法だと分かるのにそう時間はかからなかった。いつも治して貰っているからかも分からないけど、心のそこから安心ができる。
ふぅと私が息を吐き出すと、先生が女の子なんだから…、といつかの説教台詞を呟く。やばい、もしかして私説教されるかも。でもこんな時までお説教は嫌だ。説教はお母さんにされるだけで十分。
「でもナナリーさん、あなたは立派だったわよ」
「?」
けれど予想とは違ってそんなことを言われる。
先生の後ろではニケとベンジャミンが他の先生に手首や腕を治癒してもらっているのが見えた。安心した。
「では、通過した班を発表する」
治癒してもらっている間にも、この課題の担当である先生が声を拡張させて競技場中に響かせている。
そうだ、怪我に気をとられていたけどまだ課題の合否を聞いていなかった。
私は耳を済ませて目を瞑る。
「サリー・ボンヌ班、マリス・キャロマインズ班、ナナリー・ヘル班、カーラ・ヤックリン班、以上だ」
言い終わった。
そして私達の名前が大きな紙に掛かれて競技場の上に浮かぶ。それはさっき先生が言った通過者達の名前だった。
私は目を開けて横たわったままマリス嬢を探す。彼女が合格したというなら、同じくこの場所にいるはず。
痛くて首が動かせなかったけど、目だけで必死に探せば、それらしき女の子が私と同じく横たわっていた。
赤いドレスは焼けなかったのか不思議と無傷だったようだけど、そこから覗く四肢は皮膚が焼け爛れていて痛々しい姿が見える。
どうやらマリス嬢も仲間の二人を助けたようだ。
「待ってください!私達は!?」
先生の声に、最初のほうにここへと避難した子達が反論する。
「俺は言ったよな、通れなかった“班”はでられない。無事に助けられなくても、二人を助けることはできる。一人を助ければ合格だといつ俺が言った。仲間を助けろと言ったはずだ」
「そんな、」
確かに先生は無事に助けられないとは言ったけど、一人を助けたら合格とは一言も言っていなかった。それに念をおして言われた『いいか、もう一度言うぞ?通れなかった班は出られない』という言葉。そしてそのあとに先生が説明していた中で『その場所まで来られたら合格』と言っている。
班は三人が揃っての、班だ。一人でも見捨てて欠けてしまったら、班ではない。
「皆の中には破魔士を目指すものもいる。騎士団や将来家を継ぐ奴も」
先生がもう一度大きな声で話し始める。
「これから先、仲間や大事な奴が人質に取られた時、どうするか。相手の要求の裏を読むことも必要だが、これはそんなもんじゃない。己の力量を過信するなとは言わないが、助けられる可能性を限られた中で考え、すぐに行動を移せるか」
「四人は最初こそ迷っていたようだが、ヘルを羽切りにそれぞれ己の最終判断を自分に下した。それがこの結果だ。この対戦は魔法の技術をぶつけ合うのが主だが、目的は前にも言った通り、お前たちが将来行く道に立ちはだかる大人達に見てもらうことだ」
それは、王国の騎士団長や貴族たちのことかな。
あ、私にとったらハーレの人もか。
「仲間を見捨てる強さも時に必要なのかもしれない。が、今回は救う強さを見極めたかった。捕まっている方は仕方なかったかもしれないが、自分達二人を助けようとした仲間を救おうとし、止めもしただろう。その思いあう優しさも必要なものだ」
「課題の合格に目が眩み、非情な判断をした班は、この場で失格とする」
そう言った先生の言葉を最後に、私はまた目を閉じて意識を離した。
閉じる前に見た競技場の空は、綺麗な青だった。