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受付嬢二年目・海の国編3

 私が苦手としていたドレスより断然着心地が良い。

 露出という点ではこの民族衣装の方が勝っているというのに、なぜだろう。腕や足が動きやすいせいだからだろうか。


 ドーランの花の季節と比べ物にならないほどセレイナ王国の気温は暑いけれど、それのせいであるのかもしれないし、とてもじゃないがここにララを野放しには出来ないくらい本当に暑かった。

 夜はそうでもなかったのに……朝もそれほど暑くはなく涼しかったが、昼に差し掛かる今は身体の芯から溶けそうな程に暑くなっている。


 とは言え、涼し気な衣装も気にならないのは道行く人も同じような格好をしているし、何より解放感が凄まじいからだというのが私が今心底感じている事であった。


「ついに来たわね」


 大きなつばのある帽子を被り、惜しげもなく出した腕や腰、胸元を晒して私の横に立つのはニケ。


「ドーランにある湖なんてこれじゃ池だわ」


 いつもとあまり変わらないけれど、今日は胸当ての色が少し派手目なベンジャミン。


「ボンキュッボンが……」


 そして砂浜にいる美女達をガン見する男が一名。


 青い空、

 青い海、

 白い雲、

 白い砂浜。


 どれ一つをとっても、素晴らしい光景が私達の目の前に広がっている。


「これが海……」


 何度も言うようだけれど、私、私達は海を実際に見たことがなく、今回が初めての海との対面だ。

 旅行誌を繰り返し見ながらどんな所だろうと色々妄想しては、また旅行誌にある海の絵を見て想いを馳せていたのもつい昨日のこと。

 友人からウザがれるほどにそれはそれは楽しみにしていたものが今手の届くところにある現実に、これは逆に落ち着かなければと胸に手を当てた。


「行っくわよー!」


 と思っていたのは私だけのようで、ベンジャミンはサタナースの手を引っ張り、あの大きな水の大群、いいや海の方へと駆け足で向かって行く。昨日はいの一番に海へ行くと興奮気味に話していたのだから、当然の反応だった。そしてベンジャミンに引き摺られているサタナースの姿には、ああこいつ将来尻に敷かれるなと目を遠くして思う。

 私とニケも二人のその姿を見て笑い合えば、あとを追うように砂浜に足を踏み出していった。


「これが海の香り?! なにこれすごーい!!」

「あはは、ナナリーはしゃぎすぎ!」

「でも砂浜って大きな砂場みたいなんだね~」

「すっごいサラサラしてる」


 サクサクと裸足で砂を踏む感触は、小さい頃に近所の幼馴染たちと砂場で遊んだときのことを思い出す。

 あの頃は遊びに全力で、人の目も気にしないまま自分がしたい遊びをめいっぱい楽しんでいたような気がした。大きくなるにつれて、しちゃいけません、女の子がはしたない、らしくない、なんて学舎の先生からは言われるようになっていったけれど。

 でも女の子だからどうとか男の子だからどうとか、大きいからどうだとか小さいからどうだとか、それほど重要なことじゃない。人生は短いんだからめいっぱい楽しんだ者勝ちなのよ、全力で良いと思ったことをやりなさい、とこれは当時学舎の先生から言われたことを母に言ったときに、母が私に言ってくれた言葉だった。


 おかげ様で私は自分でも言うのもなんだが伸び伸びと育ったと思うし、やりたいこと、なりたいモノの為に自由に学校に行かせてもらえた(最初はやんわりと止められたけど)。


「ねぇねぇいきなり水がバッてこっちまで来たらどうする? 本で見たけど、みちしお、っていうのがあるんだって」

「なにそれ」

「海の水でその場所が埋もれるんだって」

「うそ~すごーい! 見たーい!!」


 アハハ、ウフフ、キャッキャと人目も気にせずはしゃぐ。


「冷た!」


 海の水にゆっくり足をつけると、ピリリと電気が走ったような衝撃が私の身体を襲う。鳥肌がたったけれど、波がちゃぷちゃぷと寄せては返して足に当たりとっても気持ちいい。

 足を覆っている薄い布を膝までたくしあげて海の水を蹴り上げると、水飛沫が日に当たってキラキラと輝いた。近くでサタナースと水の掛け合いをしていたベンジャミンはそれを見て何を思ったのか、私と同じように水を蹴り上げるとこちらに向かってその飛沫を飛ばしてきはじめる。そしてそれに私もやり返すとまた彼女は水を蹴り上げてきて、ようは水の掛け合い合戦が始まった。


「もし、お嬢さん」


 そうしてバシャバシャとニケも入り交じり四人で笑いながら濡れていると、毎日この辺を散歩しているという現地のお爺さんに声をかけられ「わしにも水をかけてくれ」と謎のお願いをされた。よく分からないが暑いのかと思ってニケと一緒に水をお爺さんにかけたら、ありがとうと両手を合わせて言われたのでやっぱり暑かったのかと笑う。

 お爺さんがその場から去ったあとにそれを見ていたサタナースがひと言、俺と同じ匂いを感じる、とか言い始めたが無視した。


 私達以外には観光で来ていそうな人達が大多数で、さっきのお爺さんのように現地人で散歩をしているような人達がたまに砂浜を横行したりしている。


「私ちょっと休憩~」

「私も私も」


 はしゃぎ疲れたから一端休憩、ということで砂浜の木陰に四人で避難した。

 暑いけれど風が涼しい。魔法で出す風もいいけれど、自然の風にはやはり負ける。とても心地が良かった。

 ごろんと木陰に寝そべった私は、何となしに浜辺を眺める。

 海万歳、海って最高。ありがとう母なる海。


 しかしふと視界に入ってきたものに、私は勢いよく上半身を上げた。 


「え、待ってちょっとあのさ、私のほっぺ叩いてくれない」

「いいわよ」


 その返事と共にベチンッ、と凄まじい音を立ててベンジャミンは私の頬を容赦なく叩いた。


「あ、ありがとう」

「とんでもない」


 真っ赤に腫れ上がる左頬を押さえて、私はさっきというか今も視界に入っている人物が幻覚でも夢でもないということを確信する。

 関わりがあるだろうニケにもそれを見てほしくて、私は彼女の肩を叩いた。


「ねぇニケ、あそこ見て」

「あそこ? なにが……あれ?」


 ニケも気づいたようなので、やはり私だけが見えているわけではないらしい。

 良かっ……いいやそんなに良くない。気分が良くない。


「隊長と殿下……? なんでいるのかしら」


 なんとあの金髪スケコマシ野郎が、普段見ないような庶民的な服を着て砂浜を歩いていた。ベストも着ておらず素朴な格好で、動きやすい服装ともとれる。

 髪の毛も以前よりまた伸びたのか胸元まであった。変態は髪の毛が伸びるのが早いらしいが関係あったりするのだろうかと的外れなことを考える。


 ……いやいや、そんなことは本当にどうでも良いことだろう。

 思考がたまに脱線してしまうのが私の悪い癖である。

本日三話更新。

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