受付嬢二年目・海の国編 2
セレイナ王国ベルバーノ街。
夜になり暗くなってしまったので、私達はセレイナ王国に着いて直ぐに宿をとることにした。日が暮れると早い。
本当は観光をしたかったが長時間空を飛んでいたので皆疲れている。
ニケなんかは部屋に入るなり直ぐ様寝台に横になっていた。仕事でもこんなにとんだことないわ、と使い魔で蛇のパウラの頭をよしよしと撫でている。
私も空を長い時間頑張って飛んでくれたララの頭をぽんぽんと撫でた。明日の夕飯は奮発してあげなければ。
ちなみに今日の夕飯は宿につく前に軽く済ませたので、皆お腹は空いていない。
「早く観光したいな~」
そう言って寝台の上で足をバタバタさせた私に、なんでそんなに元気なんだとベンジャミンとニケに指をさされたが、その指の先にサタナースもいたので、なんだか分からないがこいつと一緒くたにされることが多いなとマリスを思い出した。
マリスも来られればよかったのだけれど、貴族の女性が単独で旅行なんて論外だとご両親から言われたらしく(私達がいても)、しかも王女様の都合により国外旅行はできないということでやむなく断念した。貴族なんて嫌だと初めてそんなことを口にしたマリスに、今度行くときはご両親に真っ正面からお嬢さんと旅行に行かせてくださいって頼むからとニケとベンジャミンと私の三人でマリスを抱き締めた。このときの私達の気持ちは一緒だったはず。
マリス、可愛い。あとごめんね。
「それにしても綺麗ね」
ベンジャミンが窓の外を覗いて頬笑む。
「本当にね」
セレイナ王国の夜は煌びやかだった。
窓から見える丸く赤い街灯に、色とりどりの淡い光を放つお店の看板、夕陽色の明かりが漏れた店通り。この国特有の民俗衣装を着た人々は、昼も夜も関係ないとばかりに外を歩いていた。ドーランでは見ない葉の先がクルンと丸まった大きな木が道の横に生えている。国特有の物というのはそれだけで価値があるし、ドーランにもドーラン特有の植物はあるけれど、こう間近で見たことのないものが当たり前に生えてたりあったりすると、羨ましい気分になる。隣の芝生は青い。
それにベルバーノの街には大きな時計塔もあった。
夜のある時間帯になると音色が街中に響き渡るらしいのだが、運良く聞けたらいいなと胸を膨らませる。これもドーランにはないのでわくわくした。
「ちょっとサタナース、あんた床でなにしてんの」
「寝てんだよ」
奴は腕を組んで枕にして床に寝そべっている。へそが出ていてだらしない格好だった。
「部屋あるんだから部屋で寝てよ」
「やだね。寂しいじゃん」
「……全く。じゃあほら、こっち使って良いからベンジャミンもここ座って」
部屋に寝台は二つ。
そう、ここは二人部屋だ。
三人部屋は無く四人部屋も空きがなかったので仕方がない。
部屋割りはもちろん私とニケ、ベンジャミンとサタナースだ。当然のように決まったこの部屋割りに誰も文句を言う人間はおらず、別れても結局一つの部屋に集まってしまうので普通に寝床にしきりを付けただけという感じだった。部屋の壁は煉瓦模様で床は木の板。小さな暖炉があるけれど今のこの暑い季節にはたして用途はあるのかと思ったが、お洒落なのでまぁいいかと疑問を右から左へ流す。
しかし湯浴み場も付属してあるし、なかなか良い宿屋だ。
「そうだ、明日どこ行く?」
「海に決まってるじゃない!」
旅行誌のセレイナ王国の観光情報が載っている項を開いて見せると、ベンジャミンが拳を突き上げて私達を見た。鼻を鳴らす勢いである。
この王国に来て海に行かない人間など人間では無いと言い切る彼女を横目に他の二人にも意見を聞けば、二人共やはりベンジャミンと同じ答えだった。
かくいう私もそれがここに来ての一番の楽しみだったので、満場一致で明日は海へと一直線に行くことに決まる。
そしてここに滞在中は、この国の民族衣装を着ようということに決めていたので、さっそく一階の売店に行き、明日から着る各々の服を購入した。
「これくれ」
「200トールです」
私達が時間をかけて選んでいるのに対しサタナースは店に入って即行服を手に取り会計に行く。男の買い物は早い。いやこいつだけなのかもしれないけど。
そして私達が選んでいる間よほど暇になったのか、そこらへんで女性を軟派し始めた。私達のように女二人旅をしに来ている旅行客っぽい女性を捕まえて話している。ここまで来て宿内で軟派とは懲りない奴だ。隣で一緒に服を選んでいたニケと呆れた顔をしながら反対側にいたベンジャミンに声を掛けようとすると、そこにもう彼女はいなかった。
「迷惑だからやめましょうね」
サタナースの両耳を引っ張ってズルズルと引きずって行った光景に、ニケと二人で『慣れてるな』と感心する。
「二人とも決まった?」
「そういえばベンジャミンは持ってきてるんだっけ?」
「うん、お母さんがいっぱい持ってるから」
実はこのセレイナ王国はベンジャミンの母親の故郷で、この国の民族衣装は少々露出が激しいのだけれど、考えてみれば彼女の服装はいつも足がむき出しだったりお腹が出ていたりと派手目だったので納得だった。
それにあのベリーウェザーさんもセレイナ王国の出身で、小さい頃にこのドーラン王国に来たのだという。
セレイナ王国には「ベ」から始まる名前が多いそうで、ベルさんの場合も露出が多いという点を含めて納得だった。
ドーランでは「ア」の発音から始まる名前が多く、アルケスさんもそうだしアルマン王太子殿下やロックマンの名前もそうだった。また「ス」で終わることも多いことから同じ名前の人が多い。なので中間名で呼び合うこともあったりする。
区別がつかないから仕方がない。
「明日朝早いから、寝坊しないでよね」
二階にある宿の部屋前で、ベンジャミンに耳を引っ張られているサタナースに念をして言う。分かった分かったと軽い返事をされたが本当に分かっているのだろうか。こいつのことは、あとはもうベンジャミンに託すほかないのでよろしく頼む。
「ベンジャミンお願いね」
「任せて」
そして私達は明日に備え部屋で休んだ。
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